君と僕の秘密~永久の鏡~

〇あずさの部屋・夜

時計の針の音だけが、やけに大きく響いていた。

あずさはベッドの上で膝を抱え、
スマホの画面をぼんやりと見つめていた。

胸の奥が、じわじわと重くなる。

あずさ「……また……来てる……」

部屋の隅。
そこに“いる”気配。

姿ははっきり見えないのに、背中のあたりに、
冷たい何かが貼りついている感覚だけが濃くなる。

喉がひりつき、呼吸が浅くなる。

あずさ「……やだ……やだよ……」

視界の端で、黒い影が揺れた。
次の瞬間、背中から一気に冷たさが這い上がってくる。

あずさ「……っ、やめて……!」

声を出した途端、胸の奥を誰かに掴まれたように、
呼吸が乱れた。

──体が、自分のものじゃないみたい。

指先が勝手に震え、喉から押し出されるように、
かすれた笑いが漏れそうになる。

あずさ「……やだ……やだ……っ」

スマホが手から滑り落ちた。
床に落ちた画面には、
さっきまで開いていたメッセージアプリ。

一番上にある名前──「真道先輩」。

あずさ「……真道……先輩……」

自分の声なのに、
どこか遠くから聞こえるようだった。

背中に貼りついた“何か”が、
さらに深く入り込もうとする。

視界の端が暗く染まり、
部屋の輪郭が歪んでいく。

あずさ「……たすけ……て……」

その言葉だけは、
自分の意思で絞り出した。

震える指で、
床に落ちたスマホを掴む。

真道の名前をタップする。
通話ボタンを押す。

耳に当てる前に、
背中から胸へと冷たさが一気に流れ込んだ。

あずさ「……っ、あ、あ……」

喉が勝手に震え、
笑いとも泣き声ともつかない音が漏れそうになる。

そのとき──
通話が繋がった。

真道『……あずさ?』

真道の声が、暗くなりかけた視界に
一筋の光みたいに差し込んだ。

あずさ「……ま……真道……先輩……」

真道『今、あずさの家に向かってる。
声がいつもより、変だ……今どこだ』

あずさ「……部屋……です……」

言葉を紡ぐたびに、
背中の“何か”が抵抗するようにざわつく。

真道『……今、家の前に着いた。』

あずさ「……っ……」

真道『あずさ……玄関まで来られるか?』

あずさ「……い、きます……」

自分の足じゃないみたいに重い足を、
なんとか床に下ろす。

立ち上がった瞬間、背中から首筋にかけて、
ぞわりと冷たいものが這い上がった。

あずさ「……っ、やめて……」

誰に向かって言っているのかも分からない。
ただ、そう言わずにはいられなかった。

ふらつきながら廊下に出る。
壁に手をつきながら、玄関へ向かう。

あずさ「……真道……先輩……」

震える手で鍵を回し、
ドアノブを掴む。

背中の“何か”が、
最後の抵抗のように胸を締めつけた。

あずさ「……っ、あ……」

扉を開けた瞬間に真道の手が、
あずさの肩をしっかりと掴んだ。

真道「……あずさ」

真道の声に胸の奥で暴れていた冷たさが、
一瞬だけ怯んだ。

あずさ
「……真道……先輩……こわい……です……」

真道は迷わずあずさを抱き寄せた。

〇あずさの部屋

部屋に戻ると、真道はドアを閉め、
あずさをそっとベッドの端に座らせた。

あずさの背中には、
まだ冷たい気配がまとわりついている。

真道「……まだ、いるな」

あずさ「……ごめんなさい……また……」

真道「謝らなくてもいい……」

その言葉と同時に、真道はあずさの背中に手を回し、
そのまましっかりと抱きしめた。

あずさ「……っ……!」

胸と胸が触れ合う距離。
真道の体温が、背中に貼りついた冷たさとぶつかる。

真道「……聞こえるか。俺の声だけ、聞いてろ」

あずさ「……真道……先輩……」

真道の手が、
あずさの背中をゆっくりと撫でる。

その動きに合わせて背中の“何か”がじりじりと、
後退していくのが分かった。

真道「……あずさは、ここにいる。
 ちゃんと、自分の体に戻ってこい」

あずさ「……わたし……ここに……います……?」

真道「ああ……ここにいる。
 俺が、そう言う」

その言葉が、胸の奥に深く沈んでいく。
背中の冷たさが、少しずつ薄れていく。

あずさ「……真道先輩……あったかい……です……」

真道の腕の力が、
ほんの少しだけ強くなる。

あずさ「……真道先輩……どうして……
 こんなに……してくれるんですか……?」

真道「……あずさが、怖がるのが嫌なんだ」

あずさ「……どうして……?」

真道は少しだけ目を伏せ、
言葉を選ぶように口を開いた。

真道「……理由とかじゃなくて……大切なんだ。
 あずさを守りたいって……心が言う」

真道は、あずさの耳元で小さく息を吸った。

真道「……放っておけないんだ。
 あずさが苦しむの……嫌なんだ」

あずさ「……っ……」

背中にまとわりついていた“何か”が、
完全に剥がれ落ちたように感じた。

胸の奥の冷たさが消えた代わりに、
真道の体温だけが残る。

あずさ「……真道先輩……」

真道「……不安な夜は、俺を呼べ。
 あずさが落ち着くまで、そばにいる」

あずさの目に、涙がじわりと滲んだ。

あずさ「……わたし……
 真道先輩に……守られても……いいんですか……?」

真道「……守らせてほしい」

その言葉は、祓いの言葉よりもずっと強く、
あずさの胸に届いた。

あずさは、真道の胸に額を預けた。

あずさ「……ありがとうございます……真道先輩……」

その夜、あずさは初めて、
“守られる安心”というものを知った。

真道は、あずさを抱きしめたまま、
あずさの呼吸が落ち着いたのを確かめるように、
胸の奥の熱を静かに受け止めるように、
目を閉じた。