君と僕の秘密~永久の鏡~



〇大学民俗学サークル・部室(放課後)
部室は静かだった。
窓から入る夕方の光が、古い資料の背表紙を淡く照らしている。

大学2年目の圓藤真道は資料を読みながら、
視界の端に“新入生”の姿を捉えていた。

白杜あずさ。
入部して数日。
まだこの部屋の空気に馴染めていないのが分かる。

真道(……届かないだろ、それ)

棚の上段にある分厚い資料に、
あずさが背伸びして手を伸ばしている。

指先がかすかに触れて、それでも届かない。

真道はページをめくる手を止めた。

真道(……誰かが気づくだろ……)

そう思ったが、他の先輩は談笑していて、
誰も見ていない。

真道(……はぁ……)

立ち上がる。
あずさの背後に影が落ちる。

真道「……それ、上の段?」

あずさが振り返る。
驚いたように目を瞬かせる。

あずさ「えっ……あ、はい……」

真道は無言で近づき、
棚の上段からその資料を取って渡す。

あずさ「ありがとうございます」

真道「……別に」

それだけ言って席に戻る。

でも戻りながら、
真道は自分の行動に小さく違和感を覚えていた。

真道(……なんで俺が行ったんだ)

他の新入生が困っていても、
自分から動くことなんて滅多にない。

なのに、あずさのときだけは、
身体が勝手に動いた。

真道(……まあ……たまたま、だろ)

そう思って、
資料に視線を戻した。

けれど、胸の奥に残った“微かなざわつき”は、
そのまま消えなかった。

それだけの会話だけでも、
あずさの胸には小さな印象が残る。

あずさ(……無愛想だけど……
 優しい人……なのかな……)

真道はあずさの反応を見ず、
自分の席に戻って行ってしまった。

けれど、あずさは気づいていない。

真道は、あずさが棚の前で困っているのを
ずっと横目で見ていたことに。


〇民俗学サークル・作業日

部室は静か。
各自が作業している。紙の音だけが続く。

あずさ「あの……先輩、この注釈って……どういう意味なんですか……?」

真道、顔を上げる。
普段より、わずかに話し方が柔らかい。

真道「……ここはな、“口伝”って意味で使われてる。
 文章の流れだと……こう繋がるんだ」

指先で、あずさのプリントの該当箇所を静かに示す。

あずさ「……この資料のここの意味って……どう読むんですか……?」

真道「……ここはな、“祭祀の継承”って意味で使われてる。
 前後の文脈で……こう繋がる」


あずさ
「……あ、分かりました……
 ありがとうございます……」

真道
「……ああ、気にするな。」

視線を戻すが、一拍だけ遅れる。
自分でも気づかない。

ふだんよりも丁寧に説明した自分に、
理由のない違和感が残る。

真道(……なんで、あずさのときだけ………)


〇民俗学サークル・作業日
部室の机には、
調査資料やコピーが広げられている。

真道はコピーした文献を整理しながら、
視界の端であずさを捉えていた。

他の先輩たちは談笑しながら作業を進めているが、
あずさは静かにプリントをまとめていた。

あずさふと、胸の奥がざわつく。
理由の分からない不安が、一瞬だけ呼吸を乱す。

あずさ(……また……)

あずさの肩が、ほんのわずかに揺れた。
胸を押さえ、一瞬だけ目を伏せた。

誰も気づかないはずだった。
あまりにも小さな変化だから。

真道(……まただ)

真道には、その“揺れ”がはっきり見えた。
真道が手を止め、あずさを見る。

真道「……大丈夫か」

あずさが驚いたように顔を上げる。

あずさ「えっ……あ、はい……」

真道はそれ以上何も聞かない。
それ以上何も言わない。

でも、あずさの胸には小さな衝撃が残った。

あずさ(……なんで……
 真道先輩だけ……気づくの……?)

その“気づかれてしまう”感覚が、
あずさの心に静かに刺さる。

あずさ(……真道先輩……優しい……
 でも……それを見せないようにしてるの?……)

胸の奥が、ふっとあたたかくなる。

そして真道もまた、自分の反応に気づいていた。

真道(……なんで俺は……
 あずさのときだけ……気づくんだ)

他の誰かの異変には反応しないのに、
あずさだけは違う。

視界に入る。気になる。
放っておけない。

視線は自然とあずさのほうへ向いてしまう。

その理由に、まだ名前はつけられなかった。