一矢、その先へ。

5.
『ただいまより、男子団体予選、第12立の行射を行います。大前、榛名高校、吉田優斗君。中、榛名高校、三浦 晃君。落、榛名高校、白石 由貴君。』
 俺は、去年の冬のインターハイのときは中だった。落は白石先輩。そのときから落ち着き払っていて、2年生には見えない人だった。
 8位入賞争いの行射だったが、大前の先輩が調子を崩して、何度か外してしまっていた。だけど、その直後俺が重く的を射抜くと場内から「よし!」と声が響く。その隙間に、ふ、と息を漏らす音が聞こえた気がした。何故か分からないけど、白石先輩だと直感した。
 その後、バスで帰宅して帰ろうとするところを引き止められたのだ。
『ありがとう』
 そのときは、喋ったことなんか数回しか無かった先輩からかけられた言葉。何がですか?とは言えずに、「いえ、」と曖昧に濁した。
『きみの音、俺は好きだな』
 それだけ言って、白石先輩は会話を終わらせてしまった。憧れの人だったのに、特に会話をできずに。
 後日登校すると、『祝!全国選抜大会弓道部 男子個人3位2年白石 由貴』という旗が校門にかかっていて、その横に『祝!全国選抜大会弓道部 男子団体8位2年 吉田 優斗・2年 白石 由貴・1年 三浦 晃』という旗が並んでいた。俺はしばらくその旗を見てから、後ろに誰かいないか確認して、写真を撮った。彼と並び立てたかのような気分になった。

「──三浦くん」
 その声でふと意識が戻り、目の前の人を見る。
「三浦くん、隣いい? 」
 さっきから声掛けてたんだけど。と言いながら、白石先輩はバスの隣の座席に座る気は満々だった。俺は、どうぞと軽く返す。過去に思いふけってしまった。
「緊張してる? 」
「あんまりしてないです」
「さすが」
 実際百射会のあとから調子が戻り、前よりも的中率は上がっていた。安定感も出てきたからか、顧問からインターハイの団体選手として名前を呼ばれたとき安心感よりも納得感の方が強かった。今の自分のことは信じれると思えていた。
「会場遠いの面倒だね」
「そうですね」
 わざわざ市外の遠い体育館まで移動しなければならないのは確かに労力がいる。
「楽しみ」
「楽しみ? ですか」
「団体」
 本当に嬉しそうにそう言った白石先輩に目を丸くする。緊張ではなくて、楽しみ。
「三浦くんの射が、この榛名のいちばんを切り開くのが」
 呆気にとられて、俺は何も言えなかった。

 会場に到着するとすぐに、皆着替えをし、巻藁でアップをした。2射引いただけでも頭が十分さえる。巻藁の段階から既に他の生徒たちからは見られているから、何か独特な緊張感がある。だけど、そんなことはあまり気にならなかった。その後に、巻藁をしていた白石先輩はもっと多くの強い目を寄せられていて、あれでよく平気で弓が引けるなと思った。終わった白石先輩がこちらを見て、軽く手を振った。俺は、振り返していいか分からず、ぺこりと会釈をした。

 開会式が行われ、俺たちは第10立までは俺たちの出番は来ない。約3時間はわりと暇と言っていい時間ができる。進藤先輩に誘われて、隣で観戦することになった。決勝で当たりそうな高校が、第4立で行射をする。部員たちや観客が「よし!」や感嘆の声をこぼす中、俺たちは冷静に視察をする。
「3年の大前がいいな」
「ちゃんと会が作れていて気持ちいいですね」
「精神的支柱に彼はあるように見える」
「自分もそう思います」
 進藤先輩が眼鏡越しに、射場で弓を引く彼を見つめる。他の選手がどれだけ崩れていても、1射で流れを変える。自分の役割がどれだけ大事か、再度痛感した。
 観戦が終わったあと、白石先輩とすれ違った。どうやら渡り廊下でストレッチをしていたらしい。俺も何となくそれにならってストレッチを始める。数秒の沈黙の後、俺はそういえばと思い出した。
「そういえばカラー、枯らしてしました」
 中性洗剤とか入れたり水切りしたりして大事にしてたんですけど。と付け加えた
「カラーって」
「2週間くらいしか切り花って持たないんですね。せっかくもらったのに」
「別に、そんなのいつだって、」
 と言ったあと、口を噤んだ。
「大事にしたかったんです、白石先輩」
 俺がそう切実に言うと、白石先輩がこちらに手を伸ばしかけて、その手を下ろした。
「……また買ってあげる」
 白石先輩は何か言いたげなところを飲み込んで、それだけ言った。

 そして、予選第一回目の行射が始まる。俺の歩みから会場内への入場は始まる。ぽんと白石先輩に背中をはたかれて気が引き締まった。
『ただいまより、男子団体予選、第10立の行射を行います。大前、榛名高校、三浦晃君。二的、榛名高校、吉田 優斗君。中、榛名高校、渡辺 翔太君。落前、榛名高校、進藤 恒一君。大落、』
『──榛名高校、白石由貴君』
 白石先輩の名前が呼ばれたとき、少しだけ場内がざわついた気がした。持てる射は4射。それを5人で行うから全て的中で20射。
 そして、最初の1射。これで全てが決まるような気さえした。周りの目線も雑音も気にならない。ただ、俺は俺自身のより良い射を引いて、先輩たちへとあとを引き継ぐだけだ。
 1礼を深くして、矢を番える。見据えるのは目の前の的のみ。俺は深く深呼吸をして、矢を離した。重い音が的中を知らせる。完璧な残心だった。
「今回は午後まで堅実に弓を引き、明日の予選まで駒を進めることが出来ました。俺はこれを嬉しく思います。団体出場メンバーも、また着いてきてくれている他の部員たちも各々が出来うる全ての力を尽くして、明日の予選を勝ち抜きましょう。インターハイ目指して頑張りましょう」
 進藤先輩の力強い言葉と部員たちの大きな返事が響いて、1日目が終了した。