4.
部内の百射会が開催されることとなった。百射会とは、文字通り1日かけて百射行う会のことで、俺も調整のため参加することになった。 スランプの激しくて腕を払っては流血していたようなスランプ期間ならば、参加を見送ったかもしれない。しかし、多少復調の兆しが見られつつある俺は弦にぶつけたりはしなくなっていた。1度に5射、それを20回繰り返す。
1年生が矢の回収やスコアボードをつける中、2年3年が何チームかに分かれて、弓を引く。こまめに引くと言え、体力的にはわりときつい。
俺は、午前の50射中33射、白石先輩は45射的中させた。
昼休憩中に、経口補水液を飲みながら、今日コンビニで買ってきた卵のランチパックを口に運ぶ。同期と食べようとしたところ、普通に白石先輩が寄ってきて、そそくさと退散されてしまった。その上進藤先輩と渡辺先輩もやってきて、完全にインターハイ団体出場者の会となっていた。
「まじで三浦は腕払わなくなったね」
「そうだな。本当に良かった」
「確かに。的中率はまだまだなんですけど、怪我はしてないです」
進藤先輩と渡辺先輩が気遣って会話をしてくれる。白石先輩はマイペースにお弁当を食べている。
「やっぱり白石の見取り稽古がきいたのかね」
渡辺先輩が白石先輩をちらりと見る。すこしからかうような目線だった。
「そうかも」
そしてそれを否定しない。渡辺先輩は、ははと笑って、「その調子で後輩のモチベあげてやれよ」と言った。
「三浦くんは体力あるから、みんながバテる後半でも伸びるよ」
こちらを見やる白石先輩にぎくりとする。
「確かに入ってきたときから、姿勢よくて筋力あったもんな。なんかやってた? 」
「小学校まで体操やってました」
ちなみに中学は全く違うバスケをやっていた。高校だって、バスケを続けていたかもしれない。本当にクラスメイトと白石先輩さえいなければ。すると、皆がああと納得したような顔をした。
「お、初めて知った。体操習ってたのか」
「なるほど。姿勢や筋力においては、弓道に向いてるな」
「たしかに」
3年生組で盛り上がられて、なんだか居心地が微妙に悪い。俺は困ったように笑った。
「今は心が落ち着いていないのかもな」
焦らなくて大丈夫だ、と進藤先輩がこちらを見て優しく微笑む。
「三浦くんはそんなやわじゃないよ」
「お前、もっと後輩に優しくしなさい」
「元々、県大会個人でも入賞したのは、白石と三浦だけだしな」
渡辺先輩がとりなすが、俺には厳しいより信頼に聞こえてならなかった。やわじゃない、実直、綺麗、揺るがない。白石先輩にかけられた言葉だ。俺は案外、この人から評価されている自信があった。
「俺、午後はもっと的中させます」
「うん」
白石先輩が俺の言葉に力強く頷く。それを見て、進藤先輩と渡辺先輩は目を見張った。
午後からは、50射はさらに大事にしようと決めた。白石先輩の期待してくれるのがわかって、それだけでこんなにもモチベーションが上がっているのだから分かりやすい。
俺は、心を鎮めて矢を番える。ぴんと体を張り、身体が充足したところでそれを手放した。
重い矢の的中音は、ずっしりしていて気持ちが良くて、心の靄が晴れるみたいな感覚に襲われる。大前が鋭く的中させると、後に続く先輩たちも雰囲気が良くなるのを感じるのだ。そういう弓を俺は引きたい。
落の白石先輩にも、俺の背中を見て安心して欲しい。
みんながバテてくる80射の段階で、55射中り。午後の30射のうちだと、7割台へと乗るようになった。俺の変わりぶりを見て渡辺先輩は背中を叩いてきたし、進藤先輩は褒めてくれた。白石先輩は、同じグループで的前に入ったときに微笑んできた。あのとろりとする笑顔ではなく、よかったねというような顔で。
あと20射、俺は後輩が回収してくれた5本の矢を足元におく。
まだ、集中力は切れてない。むしろ、回数を重ねるごとに研ぎ澄まされるようで、もっと弓を引きたくなった。余計なことを考えず、周りの余計な音も聞こえない。俺は矢から手を離し、皆中した。ぼーっとする頭で、的前から外れ、スコアボードを見る。午前完璧だった白石先輩も外しだしている、と漠然と思う。次の周りで一緒になるだろうか、と頭をかすめる。
次の5射の際、白石先輩と一緒になる。俺は、1番右で、白石先輩は1人挟んだ左にいた。
また足元へと矢を置いた。俺がゆっくりと引き分け、完全に張り詰めたところで息を吸う。吐くと同時に、矢を離した。重い的中音が響き、弓道場が静寂になる。
気持ちいい、と思った後に軽快な弓の音が続く。白石先輩だ。思わず横を見ると、白石先輩は楽しそうに笑っている。
100射が終わり、進藤先輩が締めの挨拶をして、矢取りや弓道場の清掃が行われた。的貼りなどの次の練習の際に必要な準備を行うと、次々と帰宅していく。俺は、頭をすっきりさせたくて、弓道場に残っていた。壁に体をもたれかかっていると、白石先輩がにんまりして、こちらに寄ってくる。
「後半すごかったね」
「ありがとうございます」
「なんかいいことあった? 」
「いえ……とくに」
いいこと、と言えば白石先輩からの期待だったけど、言葉にはしなかった。
「楽しかった」
「え」
「楽しかったね、最後」
あのときの追いかけるような射の話をしているのだとすぐわかった。規則正しく、俺と白石先輩で会話しているような、そんな音だった。
「──はい、とても」
微笑む俺に、白石先輩が頬に手を伸ばした。撫でるように触れられて、白石先輩の顔を見る。白石先輩は、幸せそうに口元を上げていた。
部内の百射会が開催されることとなった。百射会とは、文字通り1日かけて百射行う会のことで、俺も調整のため参加することになった。 スランプの激しくて腕を払っては流血していたようなスランプ期間ならば、参加を見送ったかもしれない。しかし、多少復調の兆しが見られつつある俺は弦にぶつけたりはしなくなっていた。1度に5射、それを20回繰り返す。
1年生が矢の回収やスコアボードをつける中、2年3年が何チームかに分かれて、弓を引く。こまめに引くと言え、体力的にはわりときつい。
俺は、午前の50射中33射、白石先輩は45射的中させた。
昼休憩中に、経口補水液を飲みながら、今日コンビニで買ってきた卵のランチパックを口に運ぶ。同期と食べようとしたところ、普通に白石先輩が寄ってきて、そそくさと退散されてしまった。その上進藤先輩と渡辺先輩もやってきて、完全にインターハイ団体出場者の会となっていた。
「まじで三浦は腕払わなくなったね」
「そうだな。本当に良かった」
「確かに。的中率はまだまだなんですけど、怪我はしてないです」
進藤先輩と渡辺先輩が気遣って会話をしてくれる。白石先輩はマイペースにお弁当を食べている。
「やっぱり白石の見取り稽古がきいたのかね」
渡辺先輩が白石先輩をちらりと見る。すこしからかうような目線だった。
「そうかも」
そしてそれを否定しない。渡辺先輩は、ははと笑って、「その調子で後輩のモチベあげてやれよ」と言った。
「三浦くんは体力あるから、みんながバテる後半でも伸びるよ」
こちらを見やる白石先輩にぎくりとする。
「確かに入ってきたときから、姿勢よくて筋力あったもんな。なんかやってた? 」
「小学校まで体操やってました」
ちなみに中学は全く違うバスケをやっていた。高校だって、バスケを続けていたかもしれない。本当にクラスメイトと白石先輩さえいなければ。すると、皆がああと納得したような顔をした。
「お、初めて知った。体操習ってたのか」
「なるほど。姿勢や筋力においては、弓道に向いてるな」
「たしかに」
3年生組で盛り上がられて、なんだか居心地が微妙に悪い。俺は困ったように笑った。
「今は心が落ち着いていないのかもな」
焦らなくて大丈夫だ、と進藤先輩がこちらを見て優しく微笑む。
「三浦くんはそんなやわじゃないよ」
「お前、もっと後輩に優しくしなさい」
「元々、県大会個人でも入賞したのは、白石と三浦だけだしな」
渡辺先輩がとりなすが、俺には厳しいより信頼に聞こえてならなかった。やわじゃない、実直、綺麗、揺るがない。白石先輩にかけられた言葉だ。俺は案外、この人から評価されている自信があった。
「俺、午後はもっと的中させます」
「うん」
白石先輩が俺の言葉に力強く頷く。それを見て、進藤先輩と渡辺先輩は目を見張った。
午後からは、50射はさらに大事にしようと決めた。白石先輩の期待してくれるのがわかって、それだけでこんなにもモチベーションが上がっているのだから分かりやすい。
俺は、心を鎮めて矢を番える。ぴんと体を張り、身体が充足したところでそれを手放した。
重い矢の的中音は、ずっしりしていて気持ちが良くて、心の靄が晴れるみたいな感覚に襲われる。大前が鋭く的中させると、後に続く先輩たちも雰囲気が良くなるのを感じるのだ。そういう弓を俺は引きたい。
落の白石先輩にも、俺の背中を見て安心して欲しい。
みんながバテてくる80射の段階で、55射中り。午後の30射のうちだと、7割台へと乗るようになった。俺の変わりぶりを見て渡辺先輩は背中を叩いてきたし、進藤先輩は褒めてくれた。白石先輩は、同じグループで的前に入ったときに微笑んできた。あのとろりとする笑顔ではなく、よかったねというような顔で。
あと20射、俺は後輩が回収してくれた5本の矢を足元におく。
まだ、集中力は切れてない。むしろ、回数を重ねるごとに研ぎ澄まされるようで、もっと弓を引きたくなった。余計なことを考えず、周りの余計な音も聞こえない。俺は矢から手を離し、皆中した。ぼーっとする頭で、的前から外れ、スコアボードを見る。午前完璧だった白石先輩も外しだしている、と漠然と思う。次の周りで一緒になるだろうか、と頭をかすめる。
次の5射の際、白石先輩と一緒になる。俺は、1番右で、白石先輩は1人挟んだ左にいた。
また足元へと矢を置いた。俺がゆっくりと引き分け、完全に張り詰めたところで息を吸う。吐くと同時に、矢を離した。重い的中音が響き、弓道場が静寂になる。
気持ちいい、と思った後に軽快な弓の音が続く。白石先輩だ。思わず横を見ると、白石先輩は楽しそうに笑っている。
100射が終わり、進藤先輩が締めの挨拶をして、矢取りや弓道場の清掃が行われた。的貼りなどの次の練習の際に必要な準備を行うと、次々と帰宅していく。俺は、頭をすっきりさせたくて、弓道場に残っていた。壁に体をもたれかかっていると、白石先輩がにんまりして、こちらに寄ってくる。
「後半すごかったね」
「ありがとうございます」
「なんかいいことあった? 」
「いえ……とくに」
いいこと、と言えば白石先輩からの期待だったけど、言葉にはしなかった。
「楽しかった」
「え」
「楽しかったね、最後」
あのときの追いかけるような射の話をしているのだとすぐわかった。規則正しく、俺と白石先輩で会話しているような、そんな音だった。
「──はい、とても」
微笑む俺に、白石先輩が頬に手を伸ばした。撫でるように触れられて、白石先輩の顔を見る。白石先輩は、幸せそうに口元を上げていた。
