0.
県大会団体決勝。妙に調子が良かった。
目の前の的を前に、打起し引き分ける。その勢いを殺さぬまま、弓から手を離す。
──中《あた》る。
確信して、胸を開いた状態を保つ。遅れて、重い的中の音、「よし!」という部員の声と感歎が響く。
俺が残心を終え、ふと横を見る。
美しい顔と目が合った。彼は、切れ長な瞳をきゅうと細めて、とろりと笑った。
1.
「あ、」
ばしん、といやな音がして、俺は弦で自分の手を払ったことに気付く。入部してから、こんなことは片手で数えられるくらい少なかった。
「スランプって聞いたけど? 」
弓道場に入る前に藁打ちをしていると、3年生の渡辺先輩が声をかけてくる。
「渡辺先輩。なんか、まあ……そんな感じです」
煮え切らない返事に対して、渡辺先輩が笑う。
「お前が意外と繊細なのか 」
俺の体を抱きしめて、「この筋肉だと、繊細じゃなさそう」と言った。
「まあ、冗談はそれくらいにして。早気もありそうだし、型崩れも気になるな」
びしりと、自分の気にしていたことを指摘されて、顔が強ばる。
「白石に、見取り稽古でも頼もうか? 」
白石先輩。県大会個人1位、3年のエース。
「白石先輩に悪いですよ」
「……悪いとかじゃなくて。インハイ前に、大前がそれだと」
少し、口ごもったように渡辺先輩が言った。
「お前はうちのエースなんだから」
大前、とは団体弓道において最初に弓を射る。一番槍のようなものだ。的中率が高い人がその役割を負う。でも、俺は今腕に弦をぶつけ、払ったりしてばかりなのだった。
「お前が、白石とあんま絡んでないのは知ってるから。ちょっと接しにくいかもだけど、多分あいつが適任だから」
渡辺先輩が、交友関係を把握していることに舌を巻きつつ、こくりと頷いた。インハイは、先輩たちや俺たちの進路にも関わってくる。一人の問題じゃないとそう思った。
「じゃああいつにラインしとくから。見取り稽古してもらいな」
渡辺先輩はそう言って、俺の頭を撫でた。背丈は変わらないけど、手は彼の方が大きく安心感があるような気がした。
──白石 由貴《しらいし ゆき》先輩。春の大会は、県大会個人1位、去年全国3位の化け物。この強豪よりの中堅の高校から出てくる逸材ではなかった。弓道をやっているものなら、彼の名前を知っているし、大学からの推薦も内定しているという噂だってある。
それになにより、あの華やかな美貌。焦げ茶の少しパーマがかかったような髪、形の良い生え揃った眉毛や、長いまつ毛にかかった切れ長な瞳、緩やかな曲線を描く鼻筋、そして、少し厚い唇。たぶん、すべてが完璧だった。
スランプなど言っているが、春の大会で俺が的中した後、彼の笑った顔にまだ魅入られている。弓を打起すとあの光景ばかり思い浮かんで、離すべきではないところで離してしまう。形も崩れる。
性質の問題か、白石先輩とは喋ったことがなかった。白石先輩は、華やかなのになんというか不思議で掴みどころがない感じがした。俺は、全て言葉に出ていて明確な関係に安心するから、会話していて噛み合わないことが多かった。実際、部の中でも彼は浮いて見える。多分、これはいい意味で。
合わないと直感する彼に、惹き付けられるのは射か、それともあの美貌か。
