「天姫、一緒に祭りに行かないか?」
「お祭り‥ですか?」
朝餉の箸の手を止めて、天姫が言葉を返す。
手にしていた味噌汁の腕を膳に置くと、鞘丸が天姫に視線を戻した。
「ああ。陛下の生誕祭だ。国を上げての大きな祭りでさ」
列王は今年で齢六十になる。生誕祭は勿論毎年あるが、今年はいつも以上に大きな祭りが予定されていた。
「天姫は臨ノ国を出て、直ぐこの里に来たから列ノ国の王都を見れてないだろ。良かったら一緒に行かないか?」
確かに臨ノ国を出て真っ直ぐに忍びの里に来た為、天姫は列ノ国を殆ど知らないと言って良い。
何より、普段忙しく留守にしがちな鞘丸からの初めての外出の誘い。勿論答えは決まっていた。
「はい、行きたいです!」
天姫は花のような笑顔を見せて嬉しそうに答える。
我慢出来ず、鞘丸が天姫の頬に手を伸ばそうとした時だった
「てゆーか、お祭りとかの前にいい加減祝言が先なんじゃないんですか。天姫様が里に来られてから、もうひと月経ちましたけど?」
「言ってやるな楓。若頭だって今日にでも祝言を挙げたい気持ちはあるんだ。だが中々任務が片付かない。毎晩哀愁漂う背中で自室に戻って行く姿を、よく知っているだろう」
「お前ら‥天姫と二人の時は部屋に入るなって言っただろうが」
ガクリと肩を落とす鞘丸に、いつ間にか部屋の隅に揃っていた楓と彦次郎の二人が野次を飛ばした。
「二人とも、おはようございます」
そんな二人を特に気にする事もなく、天姫は笑顔で挨拶をした。
「おはようございます、天姫様!昨夜もよく眠られましたか?」
嬉しそうに楓が天姫に近付く。
このひと月で、すっかり打ち解けた二人。
楓は天姫を慕い、今では鞘丸よりも完全に天姫の味方なので最近では鞘丸への扱いが彦次郎と同様にやや雑になっていた、
鞘丸曰く「まあ天姫が楽しそうだし?やっぱり護衛に任命して間違いなかったな‥うん」とは言っていたが本当は護衛で四六時中天姫と一緒の楓が羨ましくて仕方ないのを必死で隠しているらしい。特に隠せてはいないが(彦次郎談)
「さっきの祭りの話だが、陛下の護衛の任務もあるから祭りのニ日間ずっと一緒にって訳にはいかないんだ‥。でも一日目は一緒に回れる。俺がいない時は楓と彦次郎を護衛につけるから」
鞘丸が話を戻し、天姫に向き直る。
「そんな‥忙しいのに時間を作ってくれるだけで嬉しいです」
健気に笑う姿に、鞘丸は天姫の手を優しく握った。
「かなり待たせてしまってるが、この生誕祭が終われば任務も一区切りになる。そしたら祝言を挙げよう」
「はい‥!」
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
自然に囲まれ和を感じさせる忍びの里とは打って変わり、列ノ国の王都は煉瓦造りの建物が多い。
祭りでいつも以上に賑わい、街は祝いの花で溢れていた。
しかし
「嫌だ。俺は行かない。天姫と一緒にいる」
そんな祭りの空気とは真逆の、不貞腐れた鞘丸がいた。
「気持ちは分かりますけど、いくら何でもダメですよ」
「陛下の命令ですからね」
楓と彦次郎が呆れ顔で鞘丸を見る。
中々一緒にいられない天姫との、初めての外泊。
鞘丸はそれはもう楽しみにしていた。天姫と何処を見て回ろうか。今日はずっと一緒に過ごして、天姫を目一杯楽しませてやろう!とウキウキで王都にやって来た訳だが
「鞘丸様。お待ちしてました。陛下がお呼びです。今直ぐ城に向かってください」
到着早々、列王に呼び出しをくらったのだった。
「護衛は明日の式典の筈だろ‥!」
「緊急だったら不味いので、良い加減諦めてください」
「そうですよ?天姫様なら私達が祭りをご案内するので。若頭は安心して仕事しててください」
「何も安心出来ない。嫌だ。彦次郎代わりに行ってくれ」
「陛下は若頭を呼んでるので無理です」
さっきからずっとこの調子である。
「もー、天姫様からも言ってやってくださいよ」
良い加減面倒臭くなってきた楓が、駄々を捏ね続ける鞘丸をおろおろと見ていた天姫に話を振った。
「あの、鞘丸‥‥列王様のお話を断るのは流石に良くないかと‥。先ほどの伝令の方が、夕方までには戻れる筈と言ってましたし」
天姫が広場の大きな時計塔に視線を向ける。早朝に里を出たのでまだ昼前である。
生誕祭の夜は花火も上がる。夕方までには戻れるのならば、それは一緒に見られるだろう。
「日中は楓と彦次郎に一緒にいてもらい、夕方まで待ってますから。花火は鞘丸と一緒に見れたら嬉しいです。どうか、お仕事頑張ってください」
「天姫‥」
天姫に笑顔でそう言われてしまえば、鞘丸も駄々を捏ねるのを諦めた。
「ごめんな、一緒にいれなくて。速攻で終わらせてくるから、花火は絶対二人で見よう」
「二人で」という言葉を強調しながら、鞘丸はいつもの調子に戻ると「じゃあ行ってくる」と、内心かなり後ろ髪を引かれつつも去って行った。
「良かった。やっと行ったわ」
その背を見送り、楓も彦次郎もやれやれという空気だった。
「そういえば、天姫様は祭りは初めてですか?」
彦次郎が問いかける。
「いえ。幼い頃に父上が何度か連れて行ってくれた事はあるのですが‥こんなに大きなお祭りは初めてですね」
天姫は周りの出店達を見る。
見た事ない菓子や、煌びやかな宝飾品達が並んでいる。
確かに鞘丸と一緒に見て回れたらとても楽しかっただろう。天姫も今日を楽しみにしていた。しかし仕事であれば仕方ない。言葉にはしないけれど、やっぱり少し寂しい。
そんな天姫の空気に楓も気付く。
「天姫様、じゃあ今日は目一杯楽しみましょう!あの出店の菓子も、あそこの店もどれも美味しいですよ!気になるお店は全部行きましょう!荷物は全部、彦次郎が持つんで大丈夫です!」
そう言って天姫の手を引き歩き出す。
「いや、お前も持て楓」
彦次郎も二人の後を追った。
楓がさっそく買った菓子を天姫に手渡す。
控えめに口に含むと、柔らかな甘さが広がり頬が緩む。
こんなに外の世界に触れるのはいつ以来だろう。
臨王に閉じ込められてすっかり委縮してしまっていたが、天姫はもともと明るい性格の持ち主である。忍びの里にきてからは少しずつその性格を取り戻しつつあった。
鞘丸がいないのは残念だが、今日はこの二人がいてくれる。
「では楓、彦次郎。少しだけお付き合い願えますか?」
「勿論です!」
「承知しました」
楓は笑顔で、そして彦次郎はいつもより少しだけ表情を柔らかくして頷いた。
「お祭り‥ですか?」
朝餉の箸の手を止めて、天姫が言葉を返す。
手にしていた味噌汁の腕を膳に置くと、鞘丸が天姫に視線を戻した。
「ああ。陛下の生誕祭だ。国を上げての大きな祭りでさ」
列王は今年で齢六十になる。生誕祭は勿論毎年あるが、今年はいつも以上に大きな祭りが予定されていた。
「天姫は臨ノ国を出て、直ぐこの里に来たから列ノ国の王都を見れてないだろ。良かったら一緒に行かないか?」
確かに臨ノ国を出て真っ直ぐに忍びの里に来た為、天姫は列ノ国を殆ど知らないと言って良い。
何より、普段忙しく留守にしがちな鞘丸からの初めての外出の誘い。勿論答えは決まっていた。
「はい、行きたいです!」
天姫は花のような笑顔を見せて嬉しそうに答える。
我慢出来ず、鞘丸が天姫の頬に手を伸ばそうとした時だった
「てゆーか、お祭りとかの前にいい加減祝言が先なんじゃないんですか。天姫様が里に来られてから、もうひと月経ちましたけど?」
「言ってやるな楓。若頭だって今日にでも祝言を挙げたい気持ちはあるんだ。だが中々任務が片付かない。毎晩哀愁漂う背中で自室に戻って行く姿を、よく知っているだろう」
「お前ら‥天姫と二人の時は部屋に入るなって言っただろうが」
ガクリと肩を落とす鞘丸に、いつ間にか部屋の隅に揃っていた楓と彦次郎の二人が野次を飛ばした。
「二人とも、おはようございます」
そんな二人を特に気にする事もなく、天姫は笑顔で挨拶をした。
「おはようございます、天姫様!昨夜もよく眠られましたか?」
嬉しそうに楓が天姫に近付く。
このひと月で、すっかり打ち解けた二人。
楓は天姫を慕い、今では鞘丸よりも完全に天姫の味方なので最近では鞘丸への扱いが彦次郎と同様にやや雑になっていた、
鞘丸曰く「まあ天姫が楽しそうだし?やっぱり護衛に任命して間違いなかったな‥うん」とは言っていたが本当は護衛で四六時中天姫と一緒の楓が羨ましくて仕方ないのを必死で隠しているらしい。特に隠せてはいないが(彦次郎談)
「さっきの祭りの話だが、陛下の護衛の任務もあるから祭りのニ日間ずっと一緒にって訳にはいかないんだ‥。でも一日目は一緒に回れる。俺がいない時は楓と彦次郎を護衛につけるから」
鞘丸が話を戻し、天姫に向き直る。
「そんな‥忙しいのに時間を作ってくれるだけで嬉しいです」
健気に笑う姿に、鞘丸は天姫の手を優しく握った。
「かなり待たせてしまってるが、この生誕祭が終われば任務も一区切りになる。そしたら祝言を挙げよう」
「はい‥!」
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
自然に囲まれ和を感じさせる忍びの里とは打って変わり、列ノ国の王都は煉瓦造りの建物が多い。
祭りでいつも以上に賑わい、街は祝いの花で溢れていた。
しかし
「嫌だ。俺は行かない。天姫と一緒にいる」
そんな祭りの空気とは真逆の、不貞腐れた鞘丸がいた。
「気持ちは分かりますけど、いくら何でもダメですよ」
「陛下の命令ですからね」
楓と彦次郎が呆れ顔で鞘丸を見る。
中々一緒にいられない天姫との、初めての外泊。
鞘丸はそれはもう楽しみにしていた。天姫と何処を見て回ろうか。今日はずっと一緒に過ごして、天姫を目一杯楽しませてやろう!とウキウキで王都にやって来た訳だが
「鞘丸様。お待ちしてました。陛下がお呼びです。今直ぐ城に向かってください」
到着早々、列王に呼び出しをくらったのだった。
「護衛は明日の式典の筈だろ‥!」
「緊急だったら不味いので、良い加減諦めてください」
「そうですよ?天姫様なら私達が祭りをご案内するので。若頭は安心して仕事しててください」
「何も安心出来ない。嫌だ。彦次郎代わりに行ってくれ」
「陛下は若頭を呼んでるので無理です」
さっきからずっとこの調子である。
「もー、天姫様からも言ってやってくださいよ」
良い加減面倒臭くなってきた楓が、駄々を捏ね続ける鞘丸をおろおろと見ていた天姫に話を振った。
「あの、鞘丸‥‥列王様のお話を断るのは流石に良くないかと‥。先ほどの伝令の方が、夕方までには戻れる筈と言ってましたし」
天姫が広場の大きな時計塔に視線を向ける。早朝に里を出たのでまだ昼前である。
生誕祭の夜は花火も上がる。夕方までには戻れるのならば、それは一緒に見られるだろう。
「日中は楓と彦次郎に一緒にいてもらい、夕方まで待ってますから。花火は鞘丸と一緒に見れたら嬉しいです。どうか、お仕事頑張ってください」
「天姫‥」
天姫に笑顔でそう言われてしまえば、鞘丸も駄々を捏ねるのを諦めた。
「ごめんな、一緒にいれなくて。速攻で終わらせてくるから、花火は絶対二人で見よう」
「二人で」という言葉を強調しながら、鞘丸はいつもの調子に戻ると「じゃあ行ってくる」と、内心かなり後ろ髪を引かれつつも去って行った。
「良かった。やっと行ったわ」
その背を見送り、楓も彦次郎もやれやれという空気だった。
「そういえば、天姫様は祭りは初めてですか?」
彦次郎が問いかける。
「いえ。幼い頃に父上が何度か連れて行ってくれた事はあるのですが‥こんなに大きなお祭りは初めてですね」
天姫は周りの出店達を見る。
見た事ない菓子や、煌びやかな宝飾品達が並んでいる。
確かに鞘丸と一緒に見て回れたらとても楽しかっただろう。天姫も今日を楽しみにしていた。しかし仕事であれば仕方ない。言葉にはしないけれど、やっぱり少し寂しい。
そんな天姫の空気に楓も気付く。
「天姫様、じゃあ今日は目一杯楽しみましょう!あの出店の菓子も、あそこの店もどれも美味しいですよ!気になるお店は全部行きましょう!荷物は全部、彦次郎が持つんで大丈夫です!」
そう言って天姫の手を引き歩き出す。
「いや、お前も持て楓」
彦次郎も二人の後を追った。
楓がさっそく買った菓子を天姫に手渡す。
控えめに口に含むと、柔らかな甘さが広がり頬が緩む。
こんなに外の世界に触れるのはいつ以来だろう。
臨王に閉じ込められてすっかり委縮してしまっていたが、天姫はもともと明るい性格の持ち主である。忍びの里にきてからは少しずつその性格を取り戻しつつあった。
鞘丸がいないのは残念だが、今日はこの二人がいてくれる。
「では楓、彦次郎。少しだけお付き合い願えますか?」
「勿論です!」
「承知しました」
楓は笑顔で、そして彦次郎はいつもより少しだけ表情を柔らかくして頷いた。
