君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

「本当に私が護衛のままで良いんですか?」

鞘丸が子供達を家に送り届け、彦次郎と他の忍び達が土砂崩れの被害の確認をしている間に泥だらけだった天姫と楓は湯浴みを済ませ新しい着物に着替えた。そして現在、天姫の自室で向かい合って話していた。

上司の婚約者を危険に晒しただけでは無い。その前に自分はとんでも無い暴言も彼女に吐いたというのに。
なのに天姫は「楓にこのまま護衛を続けて欲しい」と鞘丸に告げた。


思った事を直ぐ口に出してしまうのは、楓の悪い癖だといつも彦次郎に怒られていた。
腕っ節だけじゃなく、もっと思慮深さや配慮を身に付けろとよく言われた。今回の一件はどう考えても良くて護衛解任、下手したらこの里に居られなくなる位だというのに。

「若頭に言えば、私を里から追放することだって出来ますよ」

優しい彼女がそんな選択をする訳がないのに、つい口を出てしまう。つくづく自分は捻くれている。

「‥そうかもしれませんね。でもこれは、私達二人の話ですから。他の方に介入して頂く必要はありません」

「何よ、それ」

楓が思わず眉を寄せる。

「変わらない日々が変わる事も、いつもある場所に突然誰かが加わる事も、それをどう受け取るかはその方次第です。初めから全てを受け容れてくれる方などいません」

鞘丸の婚約者になったとはいえ、天姫は余所者、この里にとってはまだ異物なのである。
天姫は少し俯くと自分の掌を見つめた。

「ですが私にはもう帰る場所は無く、この力さえ無ければ何一つ取り柄の無い身です。だから助けてくれた鞘丸の力になりたい。鞘丸が大切にしているこの場所に、受け容れてもらえる様な存在に私もなりたいのです」

楓に言われた「何も出来ない弱い人」それは天姫にとってその通りだった。
天姫は楓に向き直り、笑いかける。

「そんな私の思いも、貴女の思いも同じ様なものかと」

その優しい笑顔に楓は思わず目を逸らした。

「私のなんて、ただの嫉妬と我が儘よ」

「あら、私だってただの我が儘ですよ」

天姫の言葉に思わず楓の顔にも笑みが溢れた。
この方は優しい。
地位にも力にも驕らないで楓と向き合う事を選んでくれた。若頭がこの人を選んだ理由が分かった気がした。


楓は決めた。
だったら此れからは私も守ろう。
尊敬し慕う若頭の、大切なこの姫君を。


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日も沈み、作業を終えて天姫の自室を訪れた鞘丸は今日のことを振り返る。

「今回は俺と彦次郎が早めに里に戻って来てたから良かったものの‥ 天姫の気持ちも分かるけど、本当無茶は程々にしてくれよ」

「すみません‥」

大切な人の無茶は肝が冷える。
しかし天姫のお陰で、起こったであろう最悪の事態「楓と子供の死」を避けれた。

「‥‥でも俺は大切な部下も里の子供達も失わずに済んだんだよな。ありがとう」

「鞘丸‥」

「だけどなあ。天姫が無茶ばっかするから、護衛をあと十人くらい増やすかなー」

「さ、鞘丸‥それはちょっと‥」

流石にその人数は気が休まらないかもしれないし、護衛の人達にも申し訳ない気がする。

「嘘嘘。俺がもっと側にいれたら良いんだけどな」

それは鞘丸の本心でもある。

「やはり、まだ暫く忙しいのですか?」

「もう少しな。早く祝言挙げないと、こちとら生殺しだからな‥」

「生‥?」

鞘丸の発言に首を傾げる天姫。

婚約者と言えど正式な夫婦になるまでは寝所を共にするなと母の芳乃にキツく言われていた為、鞘丸は夜もふける前に天姫の部屋を去る日々だった。天姫と同じ様な箱入り娘であった母の言い分は、分かるつもりではいる。

しかし今の天姫の格好は就寝前であった為、寝巻姿でいつもの着物よりも生地が薄く色々とよろしくない。まあでも、少し位良いだろう。だって婚約者だし。

「天姫、抱きしめても良いか?」

優しい声だが、少し熱を帯びた瞳で見つめられ天姫はあわあわと瞳を泳がせる。そして頬を染めながら小さく頷いた。

「好きだ。天姫」

天姫の額にそっと口付けを落とす。
これ以上はダメだな。鞘丸は心の中で己を制する。

「それじゃあ、おやすみ。また明日」

鞘丸の出て行った戸を見つめながら、天姫は暫くぼーっとしていた。少しだけ、口にされるのを期待していた自分がいた。

「は、はしたない‥」

思わず両手で頬を押さえる。

「私も好きです、と言いそびれてしまったわ‥」

次は自分から告げてみようか。そしたら鞘丸はどんな顔を見せてくれるだろう。


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自室へ向かう廊下を歩きながら、鞘丸が呟いた。

「盗み見なんて趣味が悪いぞ、彦次郎」

天井板がスッとズレると彦次郎が音も無く降りて来た。

「盗み見じゃありません。控えていただけです」

同じだろうが。全くコイツ‥


「若頭の読み通り、あの土砂崩れは人為的なものでした」

彦次郎の言葉に、鞘丸の目付きが変わる。

「やはりな。あの程度の雨で、ああはならない」

土砂崩れの発生地点には、意図的に爆発を起こした様な跡が残っていた。里では火器の訓練や実験も行う。多少の破裂音は気にならない。上手く隠されたものだ。

「狙いは、里の者‥‥いえ‥」

「‥恐らく天姫だ。今は様子見だろうが」

「相手の見当も」

鞘丸の表情が一瞬険しくなった。

「‥大方ついてる。だが、父上達にはまだ知らせるな。お前はこのままもう少し、兵ノ国を探ってくれ」

「分かりました」


下がろうとする彦次郎の背に声を掛ける。

「あと、俺と天姫の二人の時は部屋を覗くなよ」

「‥‥‥」

「おい、返事」



彦次郎が立ち去り、鞘丸も自室に戻る。
布団に突っ伏すと、鞘丸の口から深いため息が漏れた。
大方見当はついている。でもまだ確証は無い。
彼が天姫を狙う理由も。


「何が目的だ‥‥兄上‥」


誰にも届くこと無く、鞘丸の言葉は夜の闇に溶けていった。