君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

鞘丸達が里に戻って数日後の事。
屋敷の廊下がいつになく騒がしい。

「ちょっと!何よそれ!若頭が、婚約者を連れて来たですって!?」

「喧しいぞ、楓(かえで)」

同僚・彦次郎の突然の報告に、任務を終えて里に戻ったばかりであったくのいちの楓は声を荒げた。
寝耳に水、とはまさにこの事。

「ついでに、若頭がお前を天姫様の護衛に任命したいそうだ」

「はあ!?」

次々に冗談じゃない!そう告げようとしたところで廊下の向こうから話題の一人、鞘丸がやって来た。

「お!やっと戻ったか、楓」

「若頭‥!」

楓の存在に気付いた鞘丸が声を掛ける。

「彦次郎から聞いたか?俺の婚約者、天姫の護衛兼世話係をお前に頼みたい。慣れない里の暮らしで大変だろうし、年の近い奴の方が話もしやすいだろうしな!よろしく頼むぞ」

楓の肩を軽く叩くとじゃあ俺も任務行ってくるから、と鞘丸は行ってしまった。
彦次郎も、相変わらず感に触るその面倒臭そうな目で早く行けと訴えてくる。楓はわなわなと震える唇を噛み締めて、八つ当たりで彦次郎の脛に一発蹴りを入れるとその場を後にする。
痛みに蹲りながら、彦次郎が何やら文句を言っているのが聞こえたが無視をした。


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鞘丸の部屋から新しく別で自室を用意してもらった天姫は、やや手持ち無沙汰に庭を眺めていた。
この屋敷の庭には草花がとても多く、昨夜遅く降った雨で庭に咲く露草についた雫がキラキラと太陽の光に照らされていた。

戦は終わったが、まだ幾つか仕事が残っているようで鞘丸は朝の挨拶を済ませると早々に行ってしまった。
若頭なのだ、忙しいのも無理は無いのに鞘丸はマメに自分に時間を割いてくれていた。しかし、鞘丸の仕事が落ち着かねば祝言を挙げるのは難しいだろう。
それまで、一体どう過ごそうか。


「失礼します」

襖が開き、一人の少女が現れた。

「楓といいます。若頭の命で本日より護衛に就かせていただきます」

今朝鞘丸から、歳の近いくのいちがいるので護衛兼世話係として呼ぶ事にすると伝えられていた。自分がいない時にはその者を頼ってほしいと。

「鞘丸から話は聞いています。天姫と申します。楓さん、よろしくお願いします」

天姫の言葉に楓が反応する。

「楓、で構いません。何かあればお申し付けください」

何か‥‥‥正直鞘丸もいない今、特にやらねばならない事も、用事もない。そう、天姫は時間を持て余してしまっていた。
天姫は少し考えると、思いついた事を口にする。

「楓、里の中を見て回ることは出来ますか?」


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「あちらが住居区、大抵の忍びの住まいになります。里の中に店はありませんが、月に何度か馴染みの商人達が来て店を開き市のようなものがあります」

天姫の望み通り、楓は里の中を案内する。


「まあ!是非見てみたいわ」

こんな忍びの里の市に、貴族の姫が喜ぶような物なんて無いと思うけどね‥と出かけたやや皮肉な言葉を楓は慌てて飲み込んだ。

まだ屋敷の案内しかされなかった天姫は物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回す。外自体が珍しいのか、飛んだ箱入り娘ね、なんで若頭はこんな人‥と楓はその姿を見ていた。

ふと、子供達がたくさん集まる場所を天姫は見つけた。
皆、的に向かい手裏剣を撃ったり、武具を振るったりと各々が体を動かしている姿が見える。

「楓、あそこの広場は何ですか?」

「鍛錬場です。この里の子供達は皆、小さい頃より忍術を仕込まれ成長すれば忍び隊として陛下に仕えます」

天姫の質問に答えていると

「あ!楓姉ちゃん!」
「手裏剣教えてー!」

二人に気付いた子供達が駆け寄って来た。

「今は護衛の任務中よ。また今度ね」

楓が子供達を軽くあしらうと、その視線は隣の天姫に集中した。

「お姉さんは誰ー?」

「俺、知ってる!鞘丸様の婚約者だろ!」

「え、鞘丸様の?すごーい!」

矢継ぎ早に話しかけられ、天姫は思わず圧倒される。

「天姫といいます。まだ里に来たばかりなので分からないことも多いのだけど、よろしくね」

子供達の目線に合うように蹲み込み、にこりと微笑む天姫に子供達も思わず見惚れていた。

綺麗な人、忍びには似つかわしく無い。
楓は胸がチクリと痛んだ気がした。



鍛錬を続ける子供達に別れを告げ、天姫と楓は屋敷へ戻る道を歩いていた。
前を歩く天姫の背を見つめながら楓は思う。

なんて事はない、非力で一人じゃ何も出来なさそうなただの姫君。家柄だって、ただの貴族の出らしい。
それでも、若頭は彼女を選んだ。なんでも彼女は未来を見通す不思議な力、千里眼とかいうのを持っているそうで、きっとその力で若頭に取り入ったのだろう。


‥‥‥
楓は鞘丸の実母、芳乃の存在を思い出す。
若頭だって、陽炎様のようにいずれは列王の血を引くお方と結ばれるのだと思っていた。

彦次郎から若頭は片想いを拗らせてると聞いた事もあった。確かに若頭が時々そんな事を言っていた姿を見た事もあったが、そんなの一時の気の迷いかと思っていたのに。
信頼と尊敬を寄せる若頭だからこそ、相応しい人を選んで欲しかった。
じゃないと淡い自分の思いも浮かばれない。恋と尊敬、どちらとも言い難い。けれど、厳しい修行に耐える凛とした横顔が好きだった、部下にも優しいところが好きだった。だから‥

「楓、今日はありがとうございました。無理を言って案内をお願いしてしまいごめんなさい」

無言の帰り道に何か思ったのか、天姫がこちらを振り返る。
綺麗な瞳が、自分の醜い感情を見透かしているような気がして目を逸らす。

「楓‥‥?」

「私、気に入らないのよ。急に現れた女に、自分の上司が取られたのが。なんで若頭は、こんな何も出来ない、弱い人を」

思わず溢れてしまった言葉に、天姫はきょとんと大きな瞳を丸くしていた。
白い肌や綺麗な指は、くのいちとして生きる自分とは違い過ぎる。居た堪れなくなり、己の拳を爪が食い込みそうな程強く握り締める。それに気付いた天姫が、心配して楓の手にそっと触れた時だった。

急に天姫の動きが止まったかと思うと、勢いよく顔を上げた。

「楓‥‥!子供達が危険です!!」

顔面蒼白の天姫に何事かと思ったが、直ぐに気付いた。まさか此れが彼女の力?

「昨夜の雨で、鍛錬場の裏の山が土砂崩れを起こします!‥待って、楓!」

天姫をその場に残し、話を最後まで聞かず楓は全速力で鍛錬場へ走った。


視界に入って来た鍛錬場では、まだ子供達が手裏剣を撃ったりしていた。

ー良かった。間に合ったー

「あれ?楓姉ちゃんどうしたの?」

息を切らし戻って来た楓の姿に、皆不思議そうに動きを止める。

「皆んな、今すぐここを離れ‥」
楓の言葉を遮る様に、ゴゴゴゴと地鳴りの様な音が響いた。

「何の音!?」
「土砂崩れだ!!」

裏山の方から木々が倒れ、土砂が広場に流れ込んで来る。

「早く!走って!」

楓の声に子供達も弾かれた様に走り出す。しかし、一番幼い少女が足をもつれさせ転んでしまった。

ダメだ、間に合わない‥!そんな楓の横を天姫が通り過ぎ、疼くまる少女を抱き抱えた。どうして彼女が。

「て、天姫様!!!!!」
「楓、早く他の子達を!」

天姫の声を掻き消す様に、一層大きな音を上げ土砂が押し寄せた。


楓は何とか子供達と安全な場所まで逃げれたが天姫達の姿は見えない。

「そんな‥天姫様‥」

呆然とする子供達の横で楓は膝から崩れ落ちる。
護衛失格だ。それに自分は、彼女になんて言った。

ー何も出来ない、弱い人ー

「天姫様‥‥」



「だから無茶し過ぎなんだって天姫は」

楓の後ろから鞘丸の声が響く。
勢いよく振り返ると、鞘丸が天姫と少女を抱き抱えて立っていた。

「若‥頭‥」
「若頭!天姫様もみんな無事だー!!」
「良かったー!」

子供達がわーッと駆け寄る。

「護衛、失格なんじゃないか」

いつの間にか現れた彦次郎が楓に言い放った。
間違いなく、その通り。
俯く楓に、その言葉を聞いた天姫が鞘丸の腕から離れると慌てて声を上げる。

「違います!楓は悪くありません!私が無茶を承知で飛び出したのです。あのままでは、楓もこの子も‥」

天姫の言葉に何か引っ掛かった。
私も?
楓が天姫に近付く。

「もしかして天姫様、子供達だけじゃなくて私も守る為に‥?」

未来を視た、というあの時に自分は彼女の話を最後まで聞かずに飛び出してしまった。

「はい‥私が視たのは楓とこの子が土砂に呑まれる未来‥。だから‥」


だから、自分とその子を守る為に天姫自身が行動したと‥?ただのくのいちの一人と、見知らぬ子供を守る為に。

「そんなの、婚約者のアンタがする事じゃないわよぉ」

楓の目からボロボロと涙が溢れ、その場にしゃがみ込んだ。。
楓の前に天姫も膝を下ろすと優しく笑い、その肩に触れる。

「楓が無事で良かった」

「天姫様が‥無事で良かった‥‥!!」

天姫の膝に縋り付き泣きじゃくる楓の姿に、鞘丸も彦次郎もやれやれと笑みを溢す。

天姫の手も着物も草履も先に鍛錬場へ向かった楓を追いかけ、子供を助け、くのいちの自分と同じくらい泥だらけだった。