君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

列ノ国は緑豊かで、他国との貿易も盛んな活気ある国である。

聡明な国王に、大きな軍事力。そしてそれを支えるのは古くから王族に仕える忍び達。
そんな忍びの里は、王都から少し離れた山間に存在していた。


「鞘丸!降ろしてください!このくらいの山道なら自分で歩けます…!」

「そう言って、さっきも転びそうになってたろ。大人しく運ばれてくださーい」

軽い口調だが嬉しさを滲ませつつ、鞘丸は天姫を抱きかかえながらスイスイと足場の悪い道を進んでいく。
そんな二人を部下の忍び達が追いかける。その中の青年の一人、彦次郎(ひこじろう)はここ数日のことを思い出していた。


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先の臨ノ国と列ノ国の戦は、鞘丸の活躍により列ノ国が勝利を治めた。

臨王はあの性格から、民にも圧政を敷いており国民たちの暮らしは酷いものとなっていた。臨王への正式な処罰はまだ先だが現在は臨王の息のかかった者達と共に幽閉され、臨ノ国の領土は列王の預かる所となった。
疲弊しきった民からは大きな反発も無く、臨ノ国という名前はいずれ消えてしまうかもしれないが民達の暮らしはこれから良いものに変わっていくだろう。
臨ノ国に住む天姫の家族達の安全も、列王は約束してくれた。


と、いうわけで一通りの心配事も片付き、列王達は国に帰還することになった。勿論、鞘丸達忍びも里に戻る訳で。天姫も共に列ノ国に来ることまでは決まっていたが、長年の思いを伝え、今良い雰囲気になれている鞘丸は迷わず行動に出た。

「なあ、天姫」

国への帰還準備を進める兵や列王達を天姫は少し離れた所から見ていた。そこに鞘丸が声を掛ける。

「どうしました、鞘丸?」

「俺の、妻になってくれ」

「‥え?」

天姫が瞳を瞬かせる。
周りの兵や列王も手を止め、こちらに視線を向ける。

本当はもっと仲良くなってからだとか、そもそも交際が先だとかは分かっている。しかし、天姫の出家発言からも、悠長に構えてるとまた何が起こるかは分からない。

「あの‥‥えっと‥、私なんかで良いのでしょうか‥?」

天姫は戸惑いながら鞘丸を見る。

「俺は天姫以外ありえない。天姫が良い、天姫じゃなきゃダメだ」

照れるそぶりも一切無く、真っ直ぐ伝えて来る鞘丸に天姫の方が照れてしまう。頬を赤らめながら俯くと

「不束者ですが、よろしくお願いします」

小さな声で頭を下げ、鞘丸の思いを受け入れた。


おおーー!と、聞き耳を立てていた周りの兵達は思いも寄らぬ公開プロポーズ(成功)に歓声をあげる。
あまりの一足飛びに、その場に居合わせた列王も大笑いして

「お前達の結婚、この儂が認める。幸せになるがよい!」

と二人を祝福した。


まあ、ここで拒まれても鞘丸はあらゆる手段を用いて、天姫を手に入れただろう。
まだ少年のような表情を見せることもあるが、組頭であった父親の後を十八歳で継ぎ、百人の忍びを束ねる若頭それが鞘丸である。
腕も立つがしたたかで、何より頭の切れる男だった。

そして何よりもこの男、一度会っただけの天姫に十年もの間片思いしていた、それはそれはかなりの拗らせ男である。

拗らせもここまでくると大したものだ、と幼い頃から鞘丸と肩を並べて修行をし、この片思いをやや面倒臭気に見守って来た彦次郎は感慨深く思った。


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そして現在、戦の後始末も終わり王都に戻る列王達と別れ、鞘丸達一行は忍びの里を目指している途中であった。馬や籠も入れない山道で、自力で歩こうと頑張る天姫に対して冒頭の鞘丸の行動であった。
鞘丸の浮れた姿はまあどうでも良いが、それに巻き込まれる彼女にはそろそろ助け舟を出すべきか。彦次郎は口を開いた。

「若頭。天姫様が困っておられます。イチャつくなら里で二人っきりになってからでお願いします」

そう声を掛ければ周りの忍び達も、うんうんと頷く。

「えーー。仕方ないな。ま、でもそろそろ里の入り口か。降ろすぞ、天姫」
「は、はい」

天姫は彦次郎の方に顔を向けると、ペコリと頭を下げる。部下の自分に頭を下げるなど変わった姫君だな、と彦次郎は思った。

見慣れた大きな門が見えてきた。門番がこちらに気付く。

「若頭!お帰りなさいませ!‥‥そちらの女性は?」

明らかに里の者じゃない天姫の存在に、門番は思わず尋ねる。

「俺の妻‥‥いや、祝言はまだだから今は婚約者‥か?うん、婚約者!婚約者の天姫だ」

やたら婚約者、婚約者と嬉しそうに言う鞘丸。
その横で天姫は気恥ずかしそうに頭を下げる。

「よろしくお願いします‥」

「こ、婚約者!?え、若頭、戦に行かれてたんですよね!?婚約者!?」

困惑する門番達。気持ちは分かる。しかしこちらも戦に長旅と疲れてはいるのだ。

「‥‥話すと長くなるから、取り敢えず里に入れてくれないか‥」

大慌ての門番に彦次郎はため息混じりに口を挟んだ。


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屋敷の大広間で、鞘丸は先の戦の勝利を父親、陽炎(かげろう)に報告した。

鞘丸と同じ翡翠色の瞳をした陽炎は、表情の乏しい男だった。
面のように表情が変わらず淡々と任務をこなすので、かつてはお面陽炎などと茶化すような呼び名をされることもあった。
現在は組頭の座を息子の鞘丸に譲り、第一線を退いたものの最強と謳われた忍びの腕は未だ健在である。


その陽炎の隣には鞘丸の母であり、妻の芳乃(よしの)がいた。
芳乃は忍びの里出身では無く、列王の血縁者に当たる。列王の優秀な家臣は、列王の血を引く女性を妻に迎え親族になる事で関係をより強化し、列王に忠誠を誓って来た。
忍び隊の若頭である鞘丸も例に漏れずそうなる筈であったわけだが‥


「天姫を妻に迎えます」


鞘丸は隣に座らせていた天姫のことを両親に紹介する。

「‥そうか」

陽炎の低い声が部屋に響いた。

「列王が許されたのであれば、儂からは何も無い。天姫よ、至らぬ息子だが宜しく頼む」

陽炎は表情を変えず淡々と告げ、頭を下げた。
天姫も慌てて頭を下げる。
事が落ち着き次第祝言を挙げよ、とだけ告げられ挨拶は終わった。

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鞘丸の自室に移り、二人きりになったところで天姫はやっと一息ついた。その姿に鞘丸は

「大丈夫か?流石に、疲れたよな?」

と気遣うよう声を掛ける。天姫にとって、臨王のことからここまで余りにも目まぐるしかった。肉体的にも精神的にも疲労は溜まっているだろう。

「はい、少し‥それとやはりご両親の前では少々緊張もしてしまいました」

苦笑いを浮かべる天姫の前に、鞘丸は部下に持って来させた茶と菓子を並べる。あの父を前に緊張するな、と言う方が無理だろう。ましてや天姫は、列王に許可こそされたとはいえ何も準備も無くその身一つでここまで来た。
早くこの場所が、彼女にとって落ち着ける場所になれば良いが。そんな彼女に、鞘丸は少し両親のことを話す事にした。

「自分の父親ながら、やっぱ圧があるよな。俺も笑ってる所なんて滅多に見たこと無いよ」

「‥何か理由がお有りなのですか?」

「いや、元々感情が顔に出にくいだけ。だからって無感情ってわけでも無いさ。この里には里出身のやつ以外に、戦災孤児や元野盗みたいな人もいてさ。父上はそう言った人達を世話して、忍びとして鍛え上げて仕事を与えてる。なんというか、まあ面倒見の良い人なんだよな」

頬を掻きながら少し照れ臭そうに告げる鞘丸に、天姫も笑みを溢す。

「お優しい方なのですね」


その元来の性格故か挨拶の際、事情を抱えた天姫の事を陽炎は多くを語らずそっと気に掛けていた事を鞘丸は気付いていた。元々、幼い頃に彼女の存在を教えてくれたのは陽炎である。恐らく陽炎は天姫の事も覚えている。

全く我が父ながら、不器用な人だ。

そういえば、たった一度だけ父上が涙を見せた事あったな。あれは確か‥‥ああ、そうだ



父上の側室が亡くなった時だ