君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

簡易的な小屋の中には列王と、隣には家臣であろう初老の男達が数名控えていた。鞘丸は天姫の案内を終えると、外で待っていると出ていってしまった。

「天姫!大きくなったなあ。無事で何よりだ」

緊張していた天姫に、列王が嬉しそうに声を掛けてくる。
この方と自分は面識があったのだろうか、天姫は悩む。
この言い方では、恐らく会ったのはだいぶ幼い頃だったのだろう。

「列王様、この度の事感謝します。しかし何故、私を?」

「覚えてなかったか。まあ無理もない。天姫の父と儂は古い友人でな。列ノ国と臨ノ国の関係が悪化し、もう長く会えてはおらぬが‥若い頃は色々と力になってもらっていた。いつか何かの形でその恩を返せればと思っていたら、此度の戦で友人の愛娘が城に閉じ込められていると知ってな。これは助けねばと」

「父上と‥」

そういう事だったのかと納得する。

「鞘丸様にも何と感謝を伝えれば良いか。かの有名な陽炎様のご子息とは知らず、随分と無礼を働いてしまいました‥」

鞘丸は、彼は立場のある忍びだった。

「ああ!あれの事は気にしなくて良いぞ。本人の申し出でこの戦に自ら出陣したのだからな」

「始めは偵察のみの筈が城に姫君が閉じ込められていると知るや否、途端に行動を起こしておりましたな。全く青い青い」

隣に控えていた家臣達が笑顔を溢した。そうであったな、と列王も笑う。

「さて。儂はあの臨王の様に己が手で未来を切り開くことを放棄したり、友人の娘を苦しめるようなつもりも毛頭ない。家に帰るのならば送ろう。どうされるかな?」

その言葉に天姫は少し悩み答えた。


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野営地から少し離れた所に鞘丸は立っていた。肩に受けた傷も部下に手当てしてもらったが思ったよりも深かった様で、痕が残ると言われた。そんな刃から天姫を守れて良かった‥‥あと少し遅かったら‥。
ふと、後ろに人が近づいて来る気配を感じて振り返る。

「陛下との話は済んだのか?」

「はい」

やって来た天姫はそう答えると、一つ聞いても良いですか?と鞘丸に問いかけて来た。

「何故ここまでして私を助けてくれたのです?列王様の命では無く、貴方の意思だったと聞きました」

そう問われて、鞘丸は視線を泳がし照れ臭そうに頭を掻いた。

「天姫は覚えてないだろうけど、俺たち子供の頃に会ってるんだ」

今の自分達は十八歳。
だから、あれはもう十年は前のこと。



列王の護衛を務める父、陽炎に連れられ、鞘丸は天姫の実家に訪れていた。話し込む大人達から離れ、退屈凌ぎに鞘丸が庭を歩いていると木に登った少女を見つけた。不安定な体勢で枝に手を伸ばしている。
あれは確かこの屋敷の‥と思っていると足を滑らした少女が木から落ちる。慌てて足を走らせその身を受け止めた。

「だ、大丈夫か?」

受け止めたというより幼い身体では二人とも倒れ込んだ、という状況に近かったが鞘丸を下敷きにし体を起こした少女は、驚いた顔で大きな瞳を数回瞬かせた。

「まあ!ごめんなさい。ありがとう。貴方こそ怪我はない?」

少女の手には、いくつかの花が摘まれていた。なるほど、同じ様に枝に咲く花も欲しかったのか。
高価そうな着物に、品のある口調からこの少女が屋敷の主人の娘だろうと察する。
そういえばこの屋敷の娘には不思議な力があると以前、父から聞いたことがあった。

「貴方のその姿、忍びね。さっきの足の速さも。凄いのね」

そう笑いかける少女の言葉に胸がチクリとした。

凄くなどない。

優秀な父の息子である重圧、辛い修行の日々、上達しない己の忍術。期待に応えられない。そんな全てに小さな心は毎日一杯一杯であった。いっそ忍びなんて‥

「凄くなんてない。俺はダメな忍びだよ」

そう瞳を逸らした鞘丸に、少女は不思議そうに首を傾げる。それから小さく頷くと、優しく鞘丸の手を取った。
瞳を閉じ、何かを視る様なそぶりをする。
そして瞳を開くと

「大丈夫、貴方は立派な忍びになるわ」

少女は陽だまりのような笑顔で告げる。


「私には、そんな未来が視えるもの」





「あの時の天姫の言葉が本当に未来を視たからなのか、それとも俺を励ます為だったのかは分からない。でも俺はあの言葉と笑顔があったからここまで来れた」

懐かしむように鞘丸は笑い、天姫を見つめる。今や彼は偉大な父の後を継ぐ、若頭である。

「天姫の力は誰かを傷付けたり殺めたりするものじゃない。希望を与える力だ。だから俺は天姫にはあの頃みたいに笑っていて欲しい、それだけさ」

ああ、私の力をそう思ってくれている人がいた。それだけで天姫は泣きそうだった。

「天姫はこれからどうするんだ?」

列王にも問われた言葉が掛けられる。

「列王様の申し出は嬉しいのですが、家に帰る事はしません。この力でまた家族を戦に巻き込んでしまうかもしれない。出家し、どこかの寺で尼になれたらと‥」

そう、またいつかこの力を利用しようとする者が現れるかもしれない。また家族が危険に晒されるかもしれない。
しかし戦う力を持たない自分に選べる道は、そんなには無かった。ならばと、列王にも伝えた事を彼にも告げる。

その言葉に鞘丸は固まる。そして慌てて天姫の肩を掴んだ。

「ダメだダメだ!確かに戦に巻き込まれなくなるかもしれないが‥いや、やっぱりダメだ!」

尼寺に行かれたら男である自分とは簡単に会えなくなってしまう。それに、そもそも色々と‥!と、ぶんぶんと首を振り止めてくる鞘丸の姿に天姫は困ってしまう。

「ですが、他にどうすれば‥」

そう言った瞬間、天姫の体がふわりと浮いた。鞘丸が天姫を抱き上げた。

「だったらさ、俺の側にいてくれよ。絶対、守るから」

鞘丸の真っ直ぐな翡翠色の瞳に天姫の姿が映る。


「そんな未来、視えるだろ?」



ー私の、未来ー



その言葉に天姫は優しく微笑み返した。