君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

数日後、鈨丸から手紙の返事が届いた。

彦次郎と楓は、天姫と共に鈨丸からの返事の内容を読む。

「拝啓
天姫殿、文をありがとう。里の皆も元気そうで何よりです。こちらも最近は雨が多いですね。今居る場所は中々作物も育ち難い土地ですが、書物から得た知識で色々頑張ってみています。
根菜辺りは痩せている土地でも育ちやすいものが多いらしく、私は大根の煮物を作ってみようと‥
ああ、失礼。鞘丸の好きなものの話でしたね。悩むまでも無い。それは勿論、天姫殿でしょう」

「鈨丸様‥‥」
「いや、まあ分かってはいたわよ」

あと、大根の煮物作りに挑戦しようとしてないか‥この人。それよりも貴方は肉を食べてくれ。

想像通りの答えに彦次郎も楓もそうですよね、となる。
天姫は、もはやその発言にツッコむことも忘れ手紙の続きを読む。

「だから、貴女からの贈り物なら鞘丸はどんなものでもきっと喜びますよ。そんなに難しく考える必要は無いと思います。貴女が鞘丸に喜んで欲しいと思うその気持ちが大切なのです。共に出掛けるでも、共に美味しい物を食べるでも、貴女が与えてくれる全てが鞘丸にとってかけがえのない喜びになります。
素敵な贈り物になると良いですね。それではまた。お元気で。
敬具」

「さっ‥すが、鈨丸様‥」

教養の違いを見せつけられた‥と楓は感嘆する。
天姫も手紙から顔を上げた。

「‥そうですね。私、肝心なことを忘れていたかもしれません」

天姫は大切そうに鈨丸からの手紙を胸に抱く。

「楓、彦次郎。少し調べて欲しい事があるのですが、良いですか?」

「「勿論です」」

大切な姫君の頼みに、二人は二つ返事で頷いた。


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日も傾き始めた山道を鞘丸は歩いていた。

「今回の任務は長引いたな‥‥」

二十日程度となる予定だった仕事は伸びに伸び、結局里への帰還は一ヶ月後となってしまった。
陛下も人使いが荒い‥しかし他国の怪しい動きが無いか、九字島の均衡が完全に崩れた今、油断はしてはいけない。
またいつ、天姫を狙う者が現れるかも分からないのだから。

まあ、現れたら倒すだけだが。

一ヶ月も里に帰れなかったという事は当然その間、天姫にも会えていなかったわけで。

「あー、早く会いたい」

ようやく見えて来た里の入り口。門番に軽く挨拶を済ませ、疲れて重たい体を引き摺りながら門を潜った。


「お帰りなさい!お疲れ様です、鞘丸。お怪我はありませんか?」

迎えてくれた天姫の笑顔に、鞘丸の一ヶ月の疲労は吹っ飛んだ。

「ただいま、天姫。怪我は無いさ。天姫も変わった事はないか?」

「はい。私も、母上様や陽炎様も皆元気です」

愛する人が帰りを待っていてくれる事の、なんと幸せな事か。

「若頭、顔が緩み切っています」

いつの間にか控えていた彦次郎が今日も喧しい。

「良いだろ、別に。一ヶ月ぶりの妻の笑顔を噛み締めて何が悪い。新婚舐めんな」

「舐めてないですし、別に良いんですけど。でも今日は大切な日なので、さっさと湯浴みを済ませてこちらに着替えてください」

楓に真新しい風呂敷包みを渡されて風呂へと追いやられた。言い方的に中身は服だろうが、一体何だというのだ。
もう少し天姫を堪能させてくれても良いだろう。一ヶ月ぶりだぞ、一ヶ月ぶり。

渋々言われた通り汗を流し、渡された風呂敷包みを開く。

「浴衣‥?」

新しい物だろう。見慣れない綺麗な浴衣がそこには入っていた。袖を通し、着付けを済ませる。

「丈も合っている。俺用に仕立てられた物か?」

部屋に戻ろうと廊下を歩いていたら、また彦次郎が現れた。

「今日はそのまま外にどうぞ」

本当に何だコイツ、と思っていると楓もやって来た。

「はい、若頭。こちらの下駄を履いてくださいね」

下駄を用意され、遂に屋敷の外に追い出される。

「それでは、ごゆっくり!」

そう言うと、扉を閉められた。

「おい!良い加減、説明を‥「鞘丸」

呼びかけられた声に振り向くと、浴衣を纏った天姫が立っていた。
白地に桃色の牡丹が良く映えていて、髪には以前自分が贈った髪飾りが付けられている。思わず息を呑む。

「よく似合ってるな、天姫。一体如何したんだ?」

カランと下駄を鳴らし天姫に近付いた。

「ありがとうございます。お疲れのところ申し訳ないのですが、少し付き合って頂けますか?」

上目遣いで首を傾げる姿に、拒否など出来ようか。そもそも拒否するつもりも無ければ、天姫に会えて疲れも吹き飛んだので全く問題は無かった。

「勿論。何処かへ行くのか?」

「はい、どうぞこちらに」

天姫に手を引かれて歩き出す。こんな風に二人で手を繋ぎ歩くのなんて、もしかしたら初めてかもしれない。天姫の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。 


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着いた先は、里の外れにある小さな沢だった。
何故ここに。天姫に尋ねようとすると、鞘丸の目の前を小さな光が横切る。

次々と光が増えて、辺りが徐々に明るくなる。

「‥‥蛍か。凄いな」

二人を沢山の蛍の光が照らした。


「鞘丸、お誕生日おめでとうございます」

嬉しそうに天姫が微笑む。
ああ、そうか今日は。長引いた任務ですっかり忘れていた。

「ありがとう。よく見つけたな、こんな場所」

自分の生まれ育った場所ながら、蛍が見れるなんて知らなかった。

「彦次郎と楓、それに陽炎様も一緒になって探してくれました」

二人は兎も角、父上まで。すっかり天姫に甘い父親になったものだ。

「書庫の本で読んだのです。梅雨の時期になると蛍が舞う様になると。ここは山の中ですし、きっと見れると思って。でも、このまま鞘丸の仕事が延びて誕生日に間に合わなかったら、如何しようかと思いました」

そう言って天姫は安心したように笑った。

「浴衣も。とても似合っていて良かった」

「え、まさかこれ、天姫が仕立ててくれたのか?」

自分の着ている浴衣を見る。自分の為に作られた物だとは思ったが、まさか天姫が仕立てていたとは。

「はい。母上様に教えてもらいながら縫いました。流石にひと月で二枚の浴衣は難しかったので、私のは母上様が仕立ててくれましたが」

流石、母上。天姫にとてもよく似合っている。
心の中で母に拍手を送る。

「ありがとう。凄く嬉しいよ」

「‥楓に鞘丸の誕生日の事を聞いた時、私困ってしまったのです。私は鞘丸の好きなものを何も知らないと気付いてしまって」

「俺の好きなものは天姫だけど?」

「もう!鞘丸までそんな冗談を」

いや、冗談じゃなくて本気です。大真面目です。

「皆にも相談したのですが、如何したら良いのか分からず」

「確かに、これと言って好物もないからなあ」

別にあれば何でも食べるし、そんなに拘りはない。
あれ‥もしかしなくても、祝いがいの無いつまらない男かもしれない‥。鞘丸は少し焦った。

「そこに、鈨丸殿が手紙で助言をくれたのです」

突然の兄の登場に鞘丸は目を瞬かせる。僻地から何してるんだ兄上。でも、ありがとう。

「鞘丸に喜んで欲しいという気持ちが大切なのだと。当たり前ですが忘れがちになってしまっていた、とても大切な事を教えてくれました」

「そうか。それでこれを‥」

蛍のことも浴衣のことも、天姫が鞘丸の帰りを待ちながら日々準備してくれていた姿が目に浮かぶ。そしてそんな彼女を大切に思い、支える仲間達の姿も。
天姫が自分を大切に思ってくれていることも、天姫を大切に思ってくれている人達がいることも、鞘丸は嬉しかった。

「私はもっと鞘丸と沢山のものを一緒に見たいです。鞘丸と沢山の時間を共に過ごしていきたいです。今、貴方の隣いられて私は本当に幸せです」

天姫の顔を優しく蛍達が照らす。その姿があまりにも綺麗だった。
最高のころし文句じゃないか。なんて贅沢な誕生日だ。

「俺、今まで生きて来た中で一番幸せな誕生日だ」

「そ、それは大袈裟ですよ鞘丸!」

全く大袈裟では無い。

「来年も、再来年ももっと喜んでもらえる様に頑張ります!」

来年も再来年もその先も、天姫が隣にいてくれる。それが一番の贈り物であることは鞘丸は胸に秘めておく事にした。

「ああ、楽しみにしてる」



手を繋ぎ、屋敷への道を再び寄り添いながら歩く。

「そういえば、天姫の誕生日はいつなんだ?俺も盛大に祝わないとな」

一体どんな贈り物をしようか、二人で旅行も良いなと盛り上がる鞘丸の言葉に天姫が黙り立ち止まる。

「天姫?」

不思議に思い、顔を覗き込む。
困り顔の天姫が、そこにはいた。

「鞘丸の誕生日を祝う事で頭がいっぱいで、忘れていました‥あの、‥先月です」

「え」


数日後、鈨丸の下に「妻の初めての誕生日を祝い損ねた場合、一体どうしたら良いのか」と助けを求める手紙が届いたのだとか。