君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

天姫は鉄格子の向こうの小さな朝焼けを見つめる。
明け方まで降り続いた雨は止んでいた。
城内の騒がしさから、間も無く列軍がやって来るのだろう。天姫はただ祈っていた。
荒々しい足音ともに扉が開かれる。驚き目を見張ると、甲冑を着込み怒りを露わにした臨王が立っていた。

「天姫っ!!貴様、どう言う事だ!!」

鬼の形相とはまさにこの事。
力任せに天姫の腕を掴むと、強引に部屋から引き摺り出された。天姫の細い腕が酷く軋む。痛みを堪えながら、もつれる足で天守まで辿り着いた。

火薬の臭いが立ち込める戦場を天守から見下ろすと、城内まで列ノ国軍が入り込み始めていた。天姫が視た未来と、何かが少し違う。

「貴様の記した未来では、列軍は正面から攻めて来るのだっただろう!ならば城内に誘い込み、昨日の雨を溜め込んだ水門を開き水責めで一掃しようと思えば何も起こらぬ‥!策のせいで此方の兵を退かせていたが為に、完全に進軍を許しこのザマだ!!」

どうと問われても、自分はその時に視た未来の戦況を書いただけ。それが崩れたと言う事は誰かの行動がその未来を変えたという事。

「申し上げます!」

二人の後ろに現れた兵が膝を着き、慌てながら戦況を告げる。

「水門にて待機していた兵が全滅との事。あとから駆け付けた者の話ではたった一人の忍びにやられたと‥」

「何だと!?クソっ!!どこで気付かれた‥!」

忍び‥‥脳裏に彼の姿がよぎる。

「まさか、鞘丸‥」

その言葉を臨王は聞き逃さなかった。
天姫を床に押し倒し、細く白い首に力を込める。
怒りで血走った瞳で狂った様に叫んだ。

「やはり貴様か!敵の忍びと通じワシを謀ったな!!貴様の家族がどうなるか分かっているのか!!」

ギリギリと力のこもった腕が喉を締め上げる。天姫の呼吸がどんどん浅くなっていく。その間にも城内に列軍が雪崩れ込んで来ていた。

「答えろ!ワシの未来だ!ワシの勝ち残る未来を!!何をしている!お前の力は戦でこそ意味がある!!人を殺める力だろうが!!」

私の力‥私の未来‥

「‥っい」

天姫の口が言葉を溢す。臨王は咄嗟に腕の力を緩めた。

「私は‥この力で誰かを、笑顔に、幸せにしたかった‥戦になど‥使いたくなかったのです‥」

「‥ほう、ならばお前の家族がどうなっても良いのだな?」

「私がここにいなければ父上達も自由になれる。列ノ国に逃げることだって出来た‥!もっと早くこうすれば良かったのです」

そうだ。結局、私は逃げただけだ。立ち向かう事に恐れた。でも、もう私の力の使い方は私が決める。


「私は‥私はもう貴方の未来など知らない!貴方の勝ち残る未来などありません!!」

ただ真っ直ぐな叫びだった。



「そうか‥」

臨王の顔から表情が消える。
小娘が、随分と馬鹿にしてくれる。

「ならば望み通り、死ねええ!!」

臨王は腰の刀に手をかけると、天姫にその刃を向けた。

これでいい、これで良かったのだ。
天姫はそっと目を閉じた。


瞼の向こうで、ジャララララと鎖が揺れてぶつかる音が響く。
咄嗟に目を開けると、赤い血飛沫が見えた。
臨王の刀が鞘丸の肩を斬り裂いている。
しかしそんな傷など意に介さぬよう鎖鎌が臨王の腕を切り付けると、その手の刀を叩き落とした。

天姫の目の前には鞘丸が立っていた。

「なんで‥」

「言っただろう。俺は天姫を助けに来たって」

いつもの部屋にいなくて焦ったぞと、呟いている鞘丸の後ろで膝をついていた臨王が切られた腕の傷を押さえながら立ち上がる。


「貴様っ‥何者だ‥!まさか貴様が水門の兵を‥!」

「御名答。俺は列ノ国軍、忍び隊組頭・陽炎(かげろう)の息子、鞘丸。天守は我が忍び隊が制圧した!降伏しろ!」

臨王の周りを忍びや駆け付けた列ノ国の兵が取り囲む。臨王は騒ぎ立てながら兵達に押さえつけられた。

忍び隊組頭・陽炎‥その名は聞いた事があった。王族や貴族でもなく、ただの忍びでありながら、列王の右腕とまで言われた最強の男。そして今は一線を退き、その息子が後を継いでいると‥まさか、まさかそれが彼だったなんて。

「大丈夫か?」

天姫を抱き起こし、締められた首の赤い跡を痛々しそうに案じた。そんな事よりも、彼の肩傷の方が酷いだろう。擦り傷だと言うがその傷は中々に深そうだ。自分を庇ってこんな傷を‥と泣きそうになる天姫に、俺は大丈夫だと鞘丸は笑う。

側に控えていた忍びの一人が止血用にどうぞ、と鞘丸に手拭いを差し出そうとした時だった。押さえ付けられていた臨王が兵達を振り解き、懐に隠していた短銃を取り出すと鞘丸に銃口を向けた。

「せめて、貴様だけでも‥!死ねっ!!」

一瞬だった。それでも天姫は迷う事なく前に飛び出した。

キンッと鉄同士がぶつかる音が響いた。鞘丸は天姫を庇う様に後ろから抱き抱え、鎖鎌の刃で銃弾を弾いた。兵達が慌てて臨王を再度取り押さえる。

「あ、焦った‥‥」

力の抜けた様な鞘丸の声が聞こえた。天姫の両肩を掴み自分と向き合せると、ガバッと顔を近付ける。

「何でこんな無茶した!危ないだろ!!」

「で、ですが‥」

そう言って瞳を揺らす天姫に、鞘丸は息を深く吐いて落ち着きを取り戻そうとした。

「‥俺に何か起こる未来を視ていたんだろう?‥ありがとうな」

気付いていたのか‥天姫は驚き、目を伏せた。

「そうやって無茶するところも変わってなかったんだな」

呟かれた言葉に顔を上げる。
その言い方ではまるで‥以前から自分の事を知っている?どういう事か問おうとすると、本陣にいる列王から天姫を連れてきて欲しいと伝令が入った。思わず身構える。

「大丈夫。陛下は天姫の味方だ。会ってくれないか」

そう優しく言われ、天姫は不安気に頷いた。