君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

鞘丸と天姫の祝言からひと月経った頃だった。
里は最近梅雨になり、雨が続いている。
天姫と楓が、庭の紫陽花達を眺めながらたわいも無い話を楽しんでいる時だった。


「え‥、来月が鞘丸の誕生日なのですか‥?」

楓との会話の途中で天姫は思わず固まった。

「あ、やっぱりご存知なかったですか。いやー、若頭もわざわざ言わなさそうですもんねー」

早めに伝えといて良かったですね〜と楓は笑う。対照的に天姫の顔はどんどん青ざめて行った。

「て、天姫様!?大丈夫ですよ!まだ一ヶ月もありますから!」

「いえ、時間がある事は勿論良い事なのですが‥でも、困りました‥如何しましょう楓‥」

泣きそうな顔の天姫に、一体何が問題なのか、そんな大したことあったけ‥?え、ただの若頭の誕生日でしょ?そんな一生に一度じゃ無いし、毎年ありますよ?と楓も困惑しながら天姫の言葉の続きを待つ。


「私‥‥鞘丸が喜ぶもの、鞘丸が好きなものを何も知らないのです‥!」




‥‥‥‥

「若頭の好きなものですか、うん。天姫様ですね」

「いえ、そうじゃなくて‥」

「すみません。冗談です」

そうは言いつつ、本気ではあるが。
天姫が困っていたので冗談ということにした。

「でも確かに私も改めて聞かれると、若頭が何が好きか知らないかもしれません」

天姫が里に来るまでは鞘丸に淡い恋心を持っていた楓だが、どちらかと言えば恋というよりは尊敬の方に近かった。
そして天姫が来た今では鞘丸の頭のネジが緩む事が多々あるので、最近では鞘丸への接し方が彦次郎と近付きつつあった。
因みに彦次郎曰く「若頭は頭ネジが緩んだのではなく、飛んだ」と言う方が正しいらしい。肋骨が折れた時に一緒に頭のネジも飛んだんだと。正直どちらでもいい。

勿論、鞘丸への尊敬の気持ちは変わらずあるが、恋心はもう微塵も持っていなかった。

「今まで楓は、どんな物を鞘丸の誕生日に贈っていたのですか?」

記憶を思い返す。去年は、去年は確か‥

「菓子とか贈った記憶はあるんですが‥でもそれが特別若頭の好物という訳でもないんですよね」

貰ったから食べてくれた、その程度だった気がする。
そして翌日、鞘丸から「お前が丸めた団子、歯が欠けるかと思った‥」と言われたっけ。
大袈裟な。でも余った団子を彦次郎にあげたら「‥石?」なんて失礼な事言うから口に突っ込んでやったら、ガキンッて変な音がしてたっけ(そして彦次郎は三日ほど寝込んだ)


「なるほど‥」


楓も鞘丸との付き合いは長い方だが、もっと身近にいて楓よりも付き合いの長い男がいる。


「よし!彦次郎に聞きに行きましょう!」


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「若頭の好きなもの‥?天姫様でしょう」

「アンタまで私と同じ回答やめてよ」



鍛錬場にいた彦次郎に声を掛け、先ほどの質問をぶつけると楓と同じ返事が真顔で返って来た。

「彦次郎まで‥。皆にそう言っていただけるのは、お世辞でも嬉しいのですが‥」

天姫は困った様に笑う。

((天姫様、お世辞じゃないです。100%本音です))
彦次郎と楓は心の中でハモっていた。

「アンタ任務でも若頭といる事が多いんだからさ、何か知らないの?茶器が好きとか、着物が好きとか無いわけ?」

天姫様の為に少しでも役立つ情報を絞り出せと圧を掛けるが

「俺がそんな話で若頭と盛り上がると思うか?それに正直若頭の趣味に全く興味が無い。‥‥俺は十年の間、ただ若頭の片思いを延々と聞かされていただけだ‥」

八歳の頃から
「なあ、彦次郎。俺、あの子の笑顔が頭から離れないんだ」
「あの子、今頃何してるかな」
「あの子の声、すごく可愛かった」
「彦次郎、あの子って何の花が好きかな」
「なあ彦次郎ってば、なあなあ」

そんな話を耳にタコが出来るほど聞かされていた。

なんだか彦次郎が不憫になってきた。
彦次郎の性格が捻くれたのって若頭のせいでは?


「俺よりも芳乃様や陽炎様なら何か知っているんじゃないか」

「あー、それもそうね」

「母上様なら、鞘丸の好物もきっとご存知ですね」

「じゃあ俺はこれで」と面倒ごとに巻き込まれる前に足早に立ち去ろうとした彦次郎の首根っこを楓は掴むと
「アンタも手伝うのよ。天姫様の力になりたいでしょ?」と更なる圧を掛け、そのまま芳乃の部屋へと引き摺っていった。
「彦次郎も手伝ってくれたら頼もしいです」
と笑う天姫の笑顔に、彦次郎は何も言えなかった。


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「鞘丸の好きなもの‥?勿論、天姫ですね」
「うむ、天姫であろうな」

運良く芳乃の部屋に陽炎もいた。そして両親揃ってこの回答である。


「あの、皆様‥からかっておられますか‥?」

天姫は困惑気味だった。誰一人としてからかいなど無く心の底からの本心なのだが。

「鞘丸の好物ですか‥‥好き嫌い無く何でも食べる様に育てましたからね。菓子もあれば食べるくらいかしら」

芳乃は息子の食事風景を思い出すが、これといって特別なものが無かった。

「確か、武具の手入れなどは好きではあるが‥参考にはならんな」

陽炎も少しだけ眉を寄せて考えたが、何も思い付かず。

「本人に聞いては駄目なのですか?」

芳乃が楓に問いかける。

「それが若頭は今、陛下の命で二十日ほど王都に行ってまして」

「そういえば、そうであったな」

隻腕になり、仕事量を減らす事になった陽炎の皺寄せは当然ながら息子の鞘丸に行ってしまっていた。


「‥‥‥鈨丸殿に聞いてみようかしら」

天姫が口元に手を当てて考える。

「え!?鈨丸様に!?どうやって?」

「時々、手紙のやり取りをしているんです。鞘丸や陽炎様相手だと気恥ずかしいらしく。お元気そうにされていますよ」

「それは良かった」

陽炎と芳乃は嬉しそうにするが、まさかの天姫と鈨丸が文通友達なんて。若頭が知ったら嫉妬しそうだなーと楓は思った。
隣にいた彦次郎も同じ考えだったようで、
「自分も天姫様から手紙が欲しい、とか言いそうだな」
「もうそれが贈り物で良いのでは?毎日喜んで読むわよ」
と目で語り合った。