君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

ーそれは祝言の少し前のことー



「馬車なんて久しぶりに乗ったよ」

「忍びが乗り物を使う姿は、あまり想像が出来ないですものね」

「ああ。最後に乗ったのも、陛下の護衛で同乗した時とかだったかな。走らなくても勝手に目的地に着くって言うのは、楽で良いな」

鞘丸はそう言いながら、長旅で凝り固まった体をほぐす様に軽く伸びをした。

天姫は馬車の窓から見える外の景色に目を向ける。
少しずつ見慣れた景色が近付いて来る。

二人は今、天姫の実家に向かっている途中であった。


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兵王との戦から早二ヶ月。
鞘丸の折れた肋骨は元通りになっていた。

「いやー、天姫の看病のお陰だな!」

「皆の体力には本当に驚かされます‥」


腹に傷を負っていた筈の彦次郎も、里に帰還した二週間後には涼しい顔で任務をこなしていた。
片腕切断という一番の大怪我であった陽炎に至っては、ひと月もせずにいつもと変わらない日常生活を送っていた。しかし流石に不便さは感じている様で、義手などの手配の相談を列王にしていると耳にした。
鈨丸も、最近は青白い顔からすっかり血色の良い健康そうな姿になっていた。

そんなこんなで日常生活が戻って来た中で鞘丸は

「そろそろ、天姫の実家に行こうか」

と声を掛けてくれた。

鞘丸の留守の間の任務は彦次郎と楓が引き継いでいる為、護衛も無く二人で里の外に出た。
(実際は「天姫を守るなら俺一人で十分だから二人っきりを邪魔するな」と彦次郎と楓は圧を掛けられた)

窓の外に海が広がって来た。

天姫の生まれ育った街は、王都から少し離れた穏やかな港町だった。

「忍びの里がもう少し海に近ければ、海路からも来れたんだけどな」

生憎とあそこは山のど真ん中。

「仕方ありませんよ。でもいつか鞘丸と二人で船旅というのも素敵ですね」

天姫の言葉に鞘丸は「新婚旅行は船旅を計画しよう」と決意した。


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馬車が街に入り、一つの大きな屋敷の前で止まる。
先に降りた鞘丸に差し出された手を取りながら、天姫も馬車を降りる。

「天姫‥!」

顔を上げると、懐かしい両親の姿があった。


「父上‥!母上‥!」

天姫が二人に駆け寄ると、母親が泣きながら天姫を抱きしめた。

父親も嬉しそうにその姿を見た後、鞘丸に近付いて来る。少しふくよかな天姫の父は、穏やかな笑顔を鞘丸に向けた。

「遠路はるばるお越しいただき感謝するよ、鞘丸君」

笑顔で手を差し出されて、鞘丸もそれに答える。

「初めましてお父上殿。ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません」

「積もる話は中でしようか。天姫達も来なさい。使用人達も久しぶりにお前と会えるのを心待ちにしているよ」

天姫の父の言葉で、四人は屋敷の中へと移動した。


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「先ほど、初めましてと言われたがね。私は鞘丸君の事、よく覚えているよ」

「そうだったんですか?」

紅茶のカップの手を止め、鞘丸が父の方を見る。

「ああ。珍しく陽炎殿が息子を連れて来ていたと思ったからね。まさかあの時の小さな少年が、こんな立派な青年になり娘の夫になるなんて」

天姫の父はしみじみ思う。

「陽炎殿もお元気ですか?」

天姫の母が鞘丸に尋ねる。天姫の母と天姫は、とてもよく似ていた。

「はい。父も母も元気にしています」


久しぶりの親子の再会に話題は尽きなかった。
食事の配膳を行う使用人達も、皆嬉しそうに天姫に声を掛けては再会を喜んでいる。

この短時間でも、天姫がどれだけ家の者達に愛されているのかが分かった。




「ここが天姫の部屋か」

会話を切り上げ、鞘丸は天姫に屋敷を案内してもらっていた。天姫の自室にも立ち寄り、部屋の中を見回す。

「さすが天姫の部屋。やっぱり本が多いな」

部屋に置かれた大きな本棚に近付く。相変わらず難しそうな本達が並んでいた。

「里に無い物もあるので、授業に使えそうなものは後ほど父に送ってもらおうかと思ってます」

「直ぐに使いたい物があれば多少なら俺が持って帰るから、遠慮なく言ってくれな」

「ありがとうございます、鞘丸」

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夕食時も会話は尽きず、何人もの使用人が顔を見せては天姫の帰還を喜んだ。穏やかな時間が過ぎて行った。


夜もふけた頃、鞘丸は中々寝付けず客室の布団から体を起こした。

少し夜風でも浴びるか‥

そう思い部屋を出て階段を降りると、一階からはまだ灯りが漏れていた。
部屋を覗くと、ソファに腰掛けた天姫の父が一人グラスを傾けていた。

「おや、鞘丸君。起きていたのかね」

鞘丸の姿に気付き声を掛ける。

「すみません。少々寝付けず」

その答えを聞くと天姫の父は頷き

「少し付き合ってくれないか?」

と鞘丸を誘った。



天姫の父と鞘丸。二人並んでソファに腰掛ける。

「何だか浮かない顔をしているね」

「‥‥ここに来てからの天姫の笑顔を見て、彼女を里に連れて帰って良いのか少し不安になりました」

あまりにも嬉しそうな彼女の姿に鞘丸は迷ってしまった。鞘丸の行動理由は、いつだって天姫の笑顔にあるから。

「ははは!それを言うなら、こちらだって同じだよ鞘丸君」

鞘丸の不安を打ち消す様な、明るい笑い声が響く。

「私は、君が隣にいる時のあんなに安心した幸せそうなあの子の笑顔を初めて見たよ」

天姫の‥

「君と生きて行くということを選んだんだ。あの子は芯の強い子だよ。それにちょっと目を離すと無茶をする。君もよく知っているんじゃないかな?」

「そうですね」

鞘丸の口元に笑みが溢れた。

「私は争い事が嫌いでね。でも娘の一件で、守る為ならば戦う事を選ばなければならない時もあると思い知った。鞘丸君、あの子の力の事なのだがね」

「はい」

ー天姫の力ー

父の口からその言葉が出たことで、鞘丸な姿勢を正す。

「あの子の力。千里眼のことは、正直いまだに何故あの子が持っているのかは分からない。だが親族を調べてみたところ、私の大叔母に当たる人が、同じ様な力を持っていたと思われる文献が見つかった。それでも理由は分からなかったがね。血筋なのか、他に何かあるのか‥」

天姫の父が鞘丸を見る。

「君達の間に生まれてくる子が、あの力を受け継ぐ可能性があるという事は覚えておいて欲しい」

天姫の様にその身を狙われ、苦しみ苦労する事があるかもしれない。

「天姫の事も、未来の子の事も何があっても俺が守ります」

「ありがとう」

鞘丸の真っ直ぐな言葉に、天姫の父は嬉しそうに頷いた。

「そういえば天姫から、お父上殿は一人娘の天姫を早くに嫁にやりたくないと縁談を断っていたと聞きました。だから正直、俺も反対されるか一発殴られるくらいの覚悟はしてたんですよ」

「私が?君の様な男を殴ったら、私の手の方が壊れてしまうよ!それにあの子が選んだ相手なら文句はないさ、鞘丸君。あの子をどうぞよろしくお願いします」

天姫の父は深く頭を下げた。

「必ず幸せにします」

天姫を愛する男達の、約束だった。



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「元気で。またいつでも帰っておいで」


そう笑顔で見送られ、天姫と鞘丸は馬車に揺られていた。

「皆、元気そうで良かった。会えて良かった。鞘丸、ありがとうございました」

「里に帰るのが嫌にならなかったか‥?」

やっぱり気になってはしまうわけで、つい口から出てしまった。天姫は少しだけ窓の外を見た後に真っ直ぐと鞘丸を見た。

「名残惜しい気持ちはあります。でも私の帰る場所はあの里と鞘丸の隣ですから」

そう迷い無く告げられる。
敵わないな。

ーあの子は芯の強い子だよー

ええ、本当に。

どれだけ好きになっても足りないくらい、天姫が好きだ。

きっとこれからも、その先も。