君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

眩しいくらいの晴天だった。


嬉しそうな楓の声が屋敷に響く。

「もーー!!本当にお綺麗です!最高です!素晴らしいです天姫様っ!!」

「ええ。列ノ国一、いや九字島一の花嫁ですね。本当にこの日を待っていましたよ天姫」


二人の言葉に、白無垢を纏い綿帽子を被った天姫が照れた様に微笑む。

「楓、母上様、ありがとうございます」


天姫がこの里にやって来てから五ヶ月。漸く鞘丸との祝言の日がやって来た。


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兵王亡き後の兵ノ国は内乱が続き、治めるのに大分時間が掛かった。それでも列王の手により統治されると、国は幾分か落ち着きを取り戻した。
臨ノ国に続き、兵ノ国まで列ノ国の配下になった事で長きに辺り保たれていた九字島の均衡は大きく崩れた。
この先、残りの六カ国が大人しく見ているとも限らない。ここからが王としての仕事だ、と列王は笑っていた。


鈨丸は里で傷を癒した後、兵ノ国の僻地への移住を申し出た。
鞘丸達はこんな自分を許してくれたが、まだ自分で自分を許す事は出来ないと。

戦を起こした事も、兵王を死なせてしまった事も鈨丸はこれから時間を掛けて向き合っていくのだろう。
今度は母の日誌も、忘れずに側に置いて。

一から自分を見つめ直し、いつか立ち上がってみせる。
そして、その時は鞘丸を助けられる兄になりたい。
そう鈨丸は言った。


鈨丸は里を出る前に、天姫の下を訪れた。

「天姫殿、貴女には本当に沢山の迷惑をかけてしまいました。申し訳ありませんでした。そして本当に感謝しています」

鈨丸に深く頭を下げられ、天姫は慌てた。

「あ、頭を上げてください!‥私はただ必死だっただけです」

「その必死さが、私を、私達家族を救ってくれたのです。本当に、鞘丸には勿体無いくらいの方ですね。なあ鞘丸」

鈨丸が天井を見上げると、板が一枚ずれて鞘丸が降りて来た。

「まあ、見ていたのですか」

「まあな」

鞘丸は、ややバツが悪そうに口を尖らせた。

「天姫殿、この通り鞘丸は非常に嫉妬深いので何かと苦労されるでしょうが、どうか弟をよろしくお願いします」

「はい」

「俺と天姫の祝言は‥出席していかないのかよ」

「今の私は、祝いの席に相応しくはないからね。遠い地から二人の幸せを祈っているよ」

その言葉に少し寂しさを感じた。しかし鈨丸が決めた事だ。鞘丸は何も言わなかった。

「それより鞘丸。天姫殿は間違い無くモテるぞ。妻になったからと言って油断はしない事だな」

鈨丸の発言に鞘丸は少し青ざめる。

「え、縁起でも無いこというなよ!もう!さっさっと僻地でも何でも行ってくれ!そんでなるべく早く帰って来いよな、兄上!」

鞘丸の言葉に天姫と鈨丸は笑い合った。
この兄弟はきっともう大丈夫。

庭の露草達が優しく風に揺れていた。



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「天姫、入るぞ」

紋付袴を着た鞘丸が彦次郎、陽炎、列王を連れてやって来た。
入り口の前で鞘丸が立ち止まる。

「何止まってるんですか、若頭」

「‥後ろがつかえているのだが」

「ほお!これは見事だ」

鞘丸の横から顔を覗かせた列王が、天姫の姿を褒める。

「ちょっと天姫が綺麗過ぎて心の準備が」

「本人を前にして何言ってるんですか」

呆れ顔の彦次郎が鞘丸の横を通り過ぎる。

「天姫様、本日は誠におめでとうございます」

「ありがとう、彦次郎。列王様もご参列ありがとうございます」

「なに、遠方で来れぬお前の父の代わりでもあるからな。国がもう少し落ち着いたら、また鞘丸と共に会いに行ってやるがよい」

「‥‥芳乃が嫁いで来た時のことを思い出すな」

「よして下さいよ、恥ずかしい。そんな昔の事」

皆、思い思いに喋っていると楓が痺れを切らす。

「で、若頭から天姫様に何も無いんですか?ねえ?天姫様」

「あの、鞘丸‥如何でしょうか?」

「勿論、最高に似合ってる。綺麗だ天姫。俺の妻になってくれてありがとう」

「私こそ。ありがとうございます、鞘丸」


温かな空気の中、式は進んだ。

十年に及ぶ鞘丸の片思い成就に涙する部下達がいたり、あの陽炎が微笑んだ事に皆が驚いたり、里の子供達が天姫に花束を贈る微笑ましい光景もあったりと幸せな時間が過ぎて行った。


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すっかり日も沈み、遠くではまだ宴の賑やかな声が聞こえていた。

湯浴みを済ませ、寝巻きに着替えた天姫はほっと息つく。

‥‥‥これから起こる事に全く知識が無い訳ではない。
この日を迎えるまでに、楓と芳乃によってしっかりと勉強会も開かれた。

楓と芳乃には

「本当に天姫様が、臨王や鈨丸様に手を出されてなくて奇跡ですよ」

「ええ。鈨丸が天姫に手を出していたら、鞘丸との和解は無理でしたね」

などと言われる始末だ。


恥ずかしい気持ちは勿論ある。でもそれ以上に鞘丸の事が好きだから、不安な気持ちは無かった。



「やっと解放された‥‥」

少し疲れた様子の鞘丸が部屋にやって来た。
列王を始め、彼を慕う部下達に散々絡まれていたのだろう。

「お疲れ様です、鞘丸」

「ありがとう。天姫もお疲れ様」


「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」

「ふふっ」
「ははっ」

急な沈黙に思わず二人して吹き出してしまった。

「やっぱ緊張はするよな」
「はい、そうですね。あ、でも鞘丸は慣れているのですよね‥?」

とんでもない問い掛けに鞘丸は固まる。

「ちょっと待ってくれ!どこの情報だそれ!」

「先ほど列王様が‥鞘丸は若頭として経験豊富だと‥」

「戦のな!戦の経験は豊富だよ!俺、八歳の時に天姫と出会ってから十年間片思いしてたの忘れないでくれ!俺は全部、天姫が初めてだから!」

鞘丸の魂の叫びだった。

「す、すみません。もう、列王ったら‥」

天姫は恥ずかしそうに両手で頬を押さえて顔を赤らめた。
陛下は今度〆よう。王とか関係無い。鞘丸は心の中で誓った。

誤解が解けて安心した鞘丸は、ふう、と息を吐いて敷いてあった布団に腰を下ろし、天姫と向き合った。

「‥‥なあ、天姫。最初だから、きちんと伝えておきたいんだ。これまでも大変ではあったけど、でもこれから正式に俺の妻になって、若頭の奥方というに立場になる。そのことで、天姫にはまた大変な思いをさせる事があるかもしれない」

露草や芳乃の様に、悲しい思いを天姫がする事もあるだろう。

「世継ぎの事だって色々あると思うんだ。考えたくはないけど、子が必ず生まれるという保証は誰もにも無い。だが俺は、天姫以外の女性を妻にする事はしない。側室は持たない」

「でも、それは‥」

組頭となる鞘丸には世継ぎを残す使命がある。勿論、自分がそれを叶えるべきだと思ってはいるが鞘丸の言う様に保証などはどこにもない。無いのに鞘丸は天姫だけだと断言した。

「だって俺は天姫しか好きじゃない。まあ、その為にもこれから頑張るわけで‥」

また何やらごにょごにょと鞘丸は呟く。

「天姫が俺の隣で笑っていてくれるよう、これから先もどんな事からも守るから」

鞘丸が笑いかける。天姫も鞘丸の笑顔が好きだった。
鞘丸の手に自分の手を重ねる。

「私はこれから先も、ずっと幸せそうに貴方の側で笑ってる」

鞘丸の瞳を天姫が見つめた。

「そんな未来が視えています」


鞘丸が幸せそうに目を細める。
天姫の肩を抱き、優しく布団に押し倒すと天姫も幸せそうに目を閉じて二人の唇が重なった。
まだ微かに聞こえていた宴の声が遠くなっていく。

優しい空気に包まれながら、忍びの里の夜は更けていった。