君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

ー里に戻って来てから数週間後ー


(そろそろ子供達の授業も再開しなければ。何か新しく参考になりそうな本はあるかしら‥)

天姫は、書庫を目指し廊下を歩いていた。

扉を開くと、そこには先客が居た。

「あら、鈨丸殿」

「おや、天姫殿」

棚の前に立ち、手にしていた本から鈨丸は顔を上げる。

「もう出歩いても大丈夫なのですか?」

「ええ、そろそろ体を動かさないと逆に良くないと思いまして。それに、ずっと寝ているのも退屈なので」

だから久しぶりに書庫に来てみたんです、と鈨丸は笑った。

あの戦後、鈨丸は本当に変わった。
いや、きっとこれが本来の彼の姿だったのだろう。
まるで憑き物が落ちたように、今では穏やかで優しい人に戻っていた。

「でもまあ、ここの本は全て読んでしまっているのですがね。私が里を離れている間も、特に新しい本は増えてなさそうですね‥」

そもそも鍵が失くされてしまい、開かずの扉のなっていたのだが。本当に誰も本を読まなかったのだろう。
ここの本達は鈨丸の物だったのか。天姫は納得した。

「そういえば、天姫殿は里の子供達に勉強を教えているのでしたね」

「はい。今も、次の授業に使う本を探しているのですが‥」

「どういった内容ですか?ここにある本の内容は全て覚えているので、良ければ探すのを手伝いましょうか」

ここの屋敷の人達からは絶対聞けない頼もしい言葉に、天姫は少し感動したのだった。


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「ありがとうございました。助かりました」

数冊の本を胸に抱え、天姫は鈨丸に感謝を告げる。

「お役に立てて何よりです」

ふと、鈨丸が書庫を見渡した。

「此処に母上の日記があったのを、天姫殿が見つけてくださったのでしたね」

「はい。あの棚の奥辺りに、露草殿の文箱に入って仕舞われてました」

文箱を見つけた時のことを、天姫も思い出す。


「なるほど。‥しかし、母上の文箱がまさか複数あったとは」

「鈨丸殿も一つお持ちでしたよね」

「そうですが‥よくご存知ですね」

鈨丸が少し驚いたように瞳を瞬かせる。
そうだった。あれは屋敷から逃げ出す為に、勝手に入った部屋で偶然見つけたのだった。

「すみません。あの時、勝手に鈨丸殿の部屋に入ってしまいまして‥」

「いえいえ、良いんですよ!むしろ謝らねばならないのは、無理矢理貴女を攫った私なのですから。あの屋敷も今は列王が管理してくださっているので、近いうち母の形見を取りに行かねばなりませんね」

やはりあれは露草殿の形見だったのか。

「あの簪と櫛は元々、母の母‥私の祖母のものだったらしいのです。同じ様に文箱も母がとても大切にしていたので、てっきり祖母の物かと思っていたのですが。まさか、父上からの贈り物だったのは正直驚きました」

「それも三箱も、ですものね」

かつて芳乃から聞いた陽炎の話を思い出して、天姫と鈨丸は笑い合う。

しかし、少し引っ掛かった。

三箱

一箱は天姫がこの書庫で見つけた、日記の入った物。

もう一箱は鈨丸が持っている、簪と櫛が入った物。

「鈨丸殿は、文箱を二つお持ちですか?」

「いえ、あの箱だけです。そもそも複数あったのを知らなかったので‥‥」

あと一箱は一体何処に。

「三箱目は要らないと、父上に突き返したか‥?いや母上の性格上、渡された以上は文句は言いつつも受け取る気もする」

今までの二箱も、とても大切な物達が入っていた。
ならば、三箱目も露草殿にとって大切な物の筈。それはきっと鈨丸にとっても。

「鈨丸殿、三箱目を探してみませんか?私で良ければお手伝いします」

「ありがとうございます天姫殿。そうですね。私も、他にも母が遺した物があるならばこの目で見てみたいです」

二人で頷き合ってると、書庫の扉が開き彦次郎が顔を覗かせた。

「やっぱり此処にいましたか。天姫様の姿が見当たらないと、若頭が拗ねてます」

「拗ねてない!心配してたんだ!そんな俺を重い男みたいに言うなよな!」

彦次郎の後ろにいた鞘丸が反論する。

安心しろ鞘丸。お前はもう十分に重い男だよ、と鈨丸は心の中でそっと思った。

「重いです。十年の片思いは十分重い」

彦次郎は容赦無く口に出した。


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「露草殿の文箱?」

天姫は鞘丸と彦次郎に尋ねてみた。

「いや、見たこと無いな‥」

鞘丸も記憶を辿ってみるが、全く覚えが無い。

「俺もそもそも、その箱の存在を天姫様に言われるまで知りませんでした」

彦次郎も答える。

「そうですか‥」

「話を聞く限り、何か知っているとしたらやっぱり母上じゃないか?もしかしたら母上が持っている可能性だってありそうだ」

「確かに、そうだな」

鈨丸も納得する。形見分けで、芳乃が持ってくれている可能性もある。


しかし


「知りませんね‥」

部屋を尋ね聞いてみるも、芳乃も困った様に答えた。

「私も天姫が書庫であの箱を見つけるまで、全ての文箱は鈨丸が持っているものだとばかり思っていたのですよ」

「母上様は三箱目を見たことはありますか?」

「いいえ」

芳乃は首を振る。

「三箱あるということを露草殿に聞いただけだったので。三箱目を、露草殿が使っていたかも分からないですね」

「そうでしたか」

鈨丸は小さく肩を落とした。亡き母の思い出に触れられるかもしれないと、少しばかり期待してしまっていた。

「鈨丸‥気持ちは分かりますが、まだ病み上がりなのですからあまり無理をしてはなりません。顔色もまた少し悪くなってますね‥もう休みなさい」

天姫達は芳乃の部屋を後にする。

「天姫殿も、付き合わせてしまい申し訳ありませんでしたね」

「そんな、私が言い出した事だったので‥お力になれず、すみません」

鈨丸は軽く会釈すると、少し寂しそうな背中で部屋に戻って行った。
俺もここで失礼します、と彦次郎も立ち去った。


廊下には天姫と鞘丸の二人になった。

「なんだか、鈨丸殿に悪い事をしてしまいました‥」

天姫はしゅんと落ち込む。

「そんなことないさ」

鞘丸は天姫に笑いかけると、手を引き廊下を歩き出す。

「鞘丸‥?一体どこに行くのですか?」

「まだ残ってるだろ?最重要人物がさ」



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鈨丸は布団から体を起こし、里に戻って来てからもう何度目になるか分からないほどに読み返した露草の日記を眺めていた。
三つ目の文箱。そこにまだ知らぬ母の思い出があるなら見てみたかった。

「でも‥無いものは仕方ないですね」

この日記があるだけでも、自分は十分に幸せなのだから。


「兄上、起きてるか?」

襖の向こうから弟の声がする。

「どうした、鞘丸」

襖が開くと、鞘丸と天姫の姿が見える。
そしてその後ろにもう一人

「父上まで‥‥どうされました?」

陽炎が二人の後ろに控えていた。

「入るぞ」という鞘丸の声に、天姫の「失礼します」という声が続く。二人に続き無言で入ってくる陽炎。

「三人揃って、何事ですか?」

鈨丸は首を傾げる。それに天姫が嬉しそうに答えた。

「鈨丸殿!見つかりました!三つ目の文箱が」

「え、」

驚き固まっていると、鞘丸が鈨丸の膝の上に箱を置いた。
漆塗りの綺麗な露草柄の文箱だった。

「一体‥どこに‥」

「陽炎様ですよ」

天姫の言葉に、箱から顔を上げて陽炎を見る。

「父上が‥?」

「うむ。露草に、三箱も使い切れぬから一つは儂が使えと持たされていた」

なるほど、確かに母上なら言いそうだ。

「まさか、お前達がこれを探していたとはな」

「母上が知らないなら、父上しかいないと思ったんだよ。俺は絶対、露草殿に突き返されたと思ったね!」

鞘丸がドヤ顔で答える。陽炎は少し苦い顔をしていた。
流石の母上も、三箱目は無理だったか。

しかし、陽炎の私物であるならば露草の物は入っていない可能性が高い。期待していたような物ではなかったか‥

「一応、中を見ても良いですか?」

陽炎は頷く。

「俺と天姫も、まだ中身は知らないんだ」

鞘丸と天姫も箱を覗き込む。
鈨丸が文箱の蓋を持ち上げた。


「‥‥‥折り紙‥?」


箱の中には色とりどりの折り紙と、そしてその折り紙で折られた物達がいくつか入っていた。

「え、これ、父上が‥?」

父上に折り紙の趣味が?鞘丸が驚くと、陽炎が首を振る。

「違う。これは、お前達の物だ」

鈨丸と鞘丸が目を見張る。

鈨丸が折り紙で折られた花を手に取る。
ああ‥。ああ、確かにこれは‥
閉ざされていた鈨丸の記憶の蓋も、この箱の様にゆっくりと開かれる。

「母上と芳乃様が教えてくれて、皆で折りましたね」

まだ幼い自分達と、それを見守る親達。
幸せな家族の時間が確かにそこにはあった。

「俺は覚えてない‥」

鞘丸はくしゃくしゃに丸められた折り紙を一つ手に取る。

「鞘丸はまだ小さかったからな、無理もない」

「因みにそれは鞘丸、お前が作った鈨丸だ」

陽炎が鞘丸の手にある、丸められた折り紙を指差した。

「折られてすらいないんだが」

「小さい子なら仕方ありませんよ」

天姫も笑って見ていた。

折られた物、一つ一つを陽炎はちゃんと覚えていた。

「鈨丸殿が折られた物は、どれも上手ですね」

天姫が折り紙の手裏剣を手に取り褒める。

「俺だって今ならもっと上手く折れる」

拗ねる鞘丸に子供時代の私と張り合ってどうする、と鈨丸は笑った。

「でも、何で折り紙なんだ?確かに入れ物にはちょうど良いかもしれないが‥」

鞘丸が陽炎を見る。

「‥‥露草に箱を渡されたが、何を入れたら良いか分からず困っていた」

確かに、この箱と陽炎の組み合わせは酷く不釣り合いだろう。

「そんな儂に露草は‥」


ー「別に何を入れたって良いんだよ!でも、そうだね。
じゃあ陽炎、アンタの大切な物を入れておきなよ!」ー


「とても大切な、家族の思い出ですね」

天姫の言葉に、陽炎は少し照れくさそうに頬を掻いた。

三つ目の箱も、鈨丸にとって大切なものだった。

「天姫殿、鞘丸‥ありがとう」

鈨丸の言葉に二人も微笑んだ。

「まだ使われてない折り紙もあるんだし、折角だから何か折ろうぜ!絶対、兄上より上手く折る」

「鞘丸、残念だが初手から角がずれているよ。天姫殿は何か折り方を知っている物はありますか?」

「そうですね‥百合の花なら得意です」

「じゃあ俺もそれ作る!教えてくれ天姫」

「私にも教えていただけますか?」

「はい、先ずはここを‥」

天姫の手元を真剣に見る兄弟。

そんな三人を陽炎は優しく見守った。

箱の中には、綺麗に折られた二つの百合と少し歪な百合が一つ仕舞われていた。