兵ノ国との戦後、大量出血により意識を失った鈨丸は、そのまま楓に担がれ忍びの里へと運ばれた。
五年ぶりの里帰り。
正直あまりの出血量に生きていたのが不思議なくらいだったが、そこのタフさはやはり陽炎の息子なのだろう。
しかし鈨丸は今回の戦の戦犯の一人。本来ならば兵王と同じくその場で首を刎ねられてもおかしくない人物であった。けれども
「兄弟喧嘩に、死罪などあるか」
と列王は鈨丸を見逃した。
列王も、政略結婚という形が鈨丸と露草を苦しめてしまった事に少なからず責任を感じていたのだろう。
「お前も忍びであろう。その助かった命で儂の役に立て」
その言葉は、鈨丸が里に戻ることを許す言葉だった。
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ー忍びの里ー
「これは‥‥どういう状況ですか‥‥」
目を覚ました鈨丸は困惑気味に呟いた。
どういう状況かというと
毒で片腕を切断した陽炎に
大量出血で絶対安静の鈨丸
肋骨骨折、その他打撲多数の鞘丸
三人並んで川の字で布団に寝かされていた。
「久しぶりに親子見ずらず、共に枕を並べ休むのもの良いかと」
三人の枕元側に座り、腹に包帯を巻いた彦次郎が答える。
「休むものも休まらないんだが‥‥彦次郎、お前も怪我人だろ。一緒にどうだ。この居た堪れなさに巻き込まれろ」
鞘丸が彦次郎も川の字に引き込もうとするが
「これは天姫様の提案ですけど」
と伝えると、天姫の名に即座に手のひらを返す。
「さすが天姫!優しいな!」
鞘丸、現金な男である。
「すっかり尻に敷かれていますね‥」
鈨丸が少し呆れた様に鞘丸を見る。
「女子が元気なのは良いことだ。家も明るくなる。‥‥露草もそうだった」
「父上‥」
「露草は、儂に嫁がずとも一人で生きて行けるくらい強く優秀なくのいちだった。そうであったというのに、芳乃が来る事も全てを分かった上で儂を支えてやると最期まで側にいてくれた」
鈨丸は、あの日記に書いてあった言葉達を思い出す。
「‥‥母上は、不器用な父上を放って置けなかったんでしょうね。何よりも貴方の事を愛していたから‥‥。父上、「露草」の花言葉をご存知ですか?」
「‥知らぬな」
「‥‥「尊敬」それに「変わらぬ思い」です」
「‥‥‥‥ふっ。本当に、名前通りの女だったな」
陽炎は嬉しそうに、そして少し寂しそうに笑った。
やっと父と向き合えた。陽炎という男の本当の顔を鈨丸は見れた気がした。
「はいはーい!粥が出来ましたよー!」
男だらけの部屋の襖が開き、楓の元気な声が部屋に響く。
「お前、料理出来たのか」
「俺、あんまり食欲が無いかも」
彦次郎と鞘丸の失礼な言葉が続く。
「天姫様特製のたまご粥ですけど?私も卵割るの手伝いましたし!」
殻が入ってないか心配だ‥と彦次郎は内心思った。
そんな彦次郎の隣で、肋骨が折れている筈の鞘丸は飛び起きた。
「よし、今すぐ食べよう。鍋ごと持って来てくれ」
「若頭‥‥いや、もう何でも無いです」
彦次郎は残念なものを見る目で鞘丸を見ていた。
「皆、それだけ喋られれば大丈夫そうですね」
「本当に凄い回復力です」
芳乃と天姫が椀や箸を持って現れる。
「鍛えてはいるからな」
陽炎が静かに答える。
「私は‥もう何も鍛錬はしてませんが」
「肉を食え、鈨丸」
まあ、確かに食べた方が良い。特に今はレバーとか。
「俺は天姫が付きっきりで看病してくれれば、明日には走れる気がする」
「‥若頭は戦場で少し知能を落として来た様ですね」
「国境まで取りに行くのは、流石に面倒だから諦めましょう」
彦次郎と楓は幸せそうな顔で天姫に粥を食べさせてもらっている鞘丸を見て、本当に明日にでも走り出すのではないかと思えた。
「鈨丸、起きれますか?」
芳乃が鈨丸の体を支え起こすと、匙に乗せた粥を差し出す。
「いえ、芳乃様‥これくらい自分で」
「こんな時くらい看病させなさい」
鈨丸は申し訳なさと気恥ずかしさから、目を伏せながら粥を咀嚼する。
「ほら、もっと食べなさいな。貴方は小さい頃から線の細い子だったのですから」
そう語る芳乃の顔は、露草と同じ母の顔だった。
ああ、自分は本当に沢山の大切なものから目を背けていたのだと思い知る。
粥を食べながら、鈨丸の目からは涙が溢れた。
天姫、鞘丸、楓、彦次郎は驚き目を見張る。しかし芳乃と陽炎はとても優しい目をしていた。
「芳乃様‥申し訳ありません‥私は‥」
「良いんです。良いんですよ。長い家出でしたね」
芳乃は鈨丸を優しく抱きしめた。
「おかえりなさい、鈨丸」
落ち着いた鈨丸が、照れ隠しに
「この粥、少ししょっぱいですね」なんて言ったら
「天姫の味付けがそんなわけないだろう!?」と鞘丸を怒らせてしまい、新たな兄弟喧嘩が始まりかけたのを慌てて天姫が諌めたのだった。
すっかり大所帯になった屋敷は、暫くの間笑い声が絶えなかった。
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「天姫様、陛下より手紙を預かって参りました」
列王から天姫に渡したい物があると呼ばれたが、動けない鞘丸達に代わり芳乃の部下のくのいちが王都に向かってくれた。
預かっていた手紙を大切そうに取り出すと天姫に渡す。
「わざわざ、ありがとうございました」
くのいちが一礼して部屋を後にすると、一緒に部屋にいた鞘丸が手紙を覗き込む。
「何で陛下が天姫に?」
天姫が手元を見る。この字は‥
「どうやら私の父からの手紙のようです」
天姫の両親は穏やかで、争い事を好まない人達だった。
だから国は違えど、平和を築こうとする列王と懇意にしていた。列王が望む貿易ができる様、臨ノ国の港の整備を買って出たりもした。
そんな平和を愛する人達だからこそ、たった一人の愛娘が臨王に連れて行かれ戦に巻き込まれた事に酷く悲しみ心を痛めた。臨王のせいで国同士の関係も悪化し、交友を持てなくなった列王に最後の助けを求めた。
無事に娘は救出されたが、帰って来てはくれなかった。
自分の力で、もう家族を危険にさせたくないと。
彼らは悲しんだ。
しかし、列王は伝えた。
お前達の娘を心の底から愛し、守った男がいる。
娘はその男と一緒になる事を決めたのだ、と。
寂しさは変わらなかった。でも嬉しくもあった、娘を愛してくれる者がいることが。
それから暫くして両親の下に、また列王から便りが届いた。
力を貸して欲しい。お前達の娘も愛する男を守る為に戦っている、と。
争いは嫌いだ。だが、あの子が今立ち向かっているのに力にならない親がどこにいようか。
臨王が幽閉された後の臨ノ国は、まだ立ち直り切ってはいなかった。それでも戦える者はまだいる。
天姫の父は私財を投げ打ってでも兵を集めた。そして列軍に合流させた。
娘を守る為なら安いものだった。
戦は終わった。今はただ、天姫が愛する人と幸せにいてくれる事を願っている。そしていつでも力になる。
天姫の父からの手紙は、娘の幸せを願っている愛に溢れた手紙だった。
「父上‥‥」
天姫の瞳に涙が浮かぶ。
鞘丸が優しく天姫の肩を抱いた。
「怪我が治ったら二人で会いに行こう。俺もきちんと挨拶がしたい」
「はい‥っ」
「本当、親って偉大だな‥全然敵わない」
陽炎も芳乃も、そして露草も。自分たちは返し切れないくらい親という存在に愛されている。
いつか自分達もそんな親になれたらいい、鞘丸はそう思った。
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「へー!天姫様のお父上からの手紙ですか!わお、流石天姫様のお父上‥達筆‥!」
夕餉を持って部屋にやって来た楓と彦次郎は天姫の父からの手紙を興味深そうに見る。
ふと、楓が気になり質問する。
「そういえば、天姫様って貴族のお姫様なんですよね。恋人や許嫁とかっていらっしゃらなかったんですか?」
ピクリと鞘丸の動きが止まる。
そう、あくまで鞘丸側の十年の片思い。
貴族ならば、許嫁などよくある話である。
「いや、俺が婚約者だし。もうすぐ夫だし。仮に以前にいたとしても、完全に無効だろ」
「若頭には聞いていませんよ」
彦次郎がツッコむ。
天姫は少し考える。
「周りの貴族の方にはいたと思うのですが‥私はいなかったですね。一人娘だったので父が、早くに嫁にやるのは寂しいなどとよく言って‥縁談なども、いつも断ってしまっていました」
「俺は天姫のお父上に、感謝しなければならないな。一刻も早くご挨拶に伺わねば」
「若頭、気に入ってもらえますかね‥」
最近、色々と残念だからなこの人‥と彦次郎は思う。
「ただ、臨王の下へ連れて行かれた時は表向きは側室として迎えるという事にされていたそうです。実際は幽閉され、未来を書き記していただけなのですが」
「やっぱ臨王の奴、腕の一本でも飛ばしとくべきだったな」
「そうですね」
これには彦次郎も同意した。
「そう考えると、鞘丸に出会えて自分の意思でここに来れた私は凄く幸せだと思います」
「私も天姫様が里に来てくださって幸せです!」
女子達が和気藹々としているのを見ながら鞘丸は呟く。
「なあ、彦次郎。今日、祝言挙げられないかなあ」
「無理ですね。あと少しの辛抱です」
今日の夜も寂しく独り寝かと思い、鞘丸は肩を落とした。
