君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

列軍の兵士達が目の前の敵を薙ぎ倒して行く。

倒す者、倒される者、共に倒れて行く者、全てに感謝と謝罪を心の中で唱えながらひたすら天姫は前を向いた。

列軍と兵軍の戦力差は、一万はあると将軍に言われた。
頼みの綱であった陽炎はもう戦えない。
毒の心配は無くなったとはいえ、一刻も早く王都に戻って陽炎に治療を受けさせねばならない状況なのは変わらない。意識があって会話が出来たのも、あれはもう陽炎の並外れた体力と精神力に他ならない。

「嫌な臭いね‥」

楓が呟きながら、陽炎を苦しめた毒矢に警戒する。
しかし動ける弓兵達の姿はもう無い。鞘丸がやったのだろうか‥

天姫を抱え走る楓を、庇いながら敵を払っていた彦次郎が何かに気付く。

「楓、止まれっ!」

楓が踏みとどまり、そのまま慌てて後ろに一歩飛び退いた。
さっきまで自分がいた地面から、鎧武者が現れ刀を向けて来た。

「あっぶな‥間一髪‥。出たわね噂の鎧武者‥」

天姫を抱えたままでは思う様に戦えない。楓の代わりに彦次郎が前に出るが、その間も地面から鎧武者が湧いて出て来る。

「ちょっと!鈨丸様の姿も見えないのに、何なのよこの数はっ!」

前方にいた兵士達も鎧武者に取り囲まれてしまい、完全に進軍は止まってしまった。

「陽炎様が言っていた。これは鈨丸様の血を使い作られた兵士だと」

彦次郎が鎧武者を蹴り飛ばしながら推測する。

「鈨丸様がその場にいなくても、血液さえあれば遠隔で戦えるのかもしれない。大方この辺りの地面に血を仕込み敵が近付くと発動する様、罠を仕掛けていたのかもな‥」

「地面に血!?そんなの鈨丸様だって危なくない!?あの人何考えてんのよ!」

鈨丸のとんでも無い作戦に楓が鎧武者の刀を交わしながら、ヤバすぎ!意味分かんない!と叫ぶ。

「それだけ、鈨丸様も必死だったって事だろう」

何せ、相手はあの陽炎と鞘丸だったのだから。

「にしても、キリがないわ!!」

先に進まなきゃ。こんな所で足止めを喰らっている場合じゃないのに‥自分一人ならこんな鎧武者どんどん殴り直して前に進めるのに‥

「楓」

腕の中の天姫の声にハッとし、楓は顔を見る。

「‥天姫様‥?」

「私も、自分の足で鞘丸に会いに行きます」

真っ直ぐな瞳に楓は息を呑む。

「分かりました」

そして頷いた。

「そんな、危険過ぎます!」

話を聞いていた彦次郎が、慌てて声を上げる。

「うるさいわよ彦次郎!危険にならないように、私達が全部倒すのよ!!」

楓が腕から天姫を降ろした。

「その辺の兵士ももっと気張りなさい!天姫様に指一本触れさせるんじゃないわよ!!」

楓の鼓舞に、兵士達も武器を構え直す。

「分かりました‥っ!天姫様!若頭をお願いします!!」

彦次郎のその言葉を背に、天姫は地面を蹴り走り出した。


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


自分の足でこんなに走った事は無かった。
少しの距離であっという間に息が上がる。


整えられた綺麗な部屋。
綺麗な着物。
豪華な食事。
欲しい物は直ぐに与えられた。

天姫は生まれた時からそう言った場所に居た。

家を出るまで、人の血なんて見た事も無かった。
火薬の臭いも知らなかった。
死がこんなに身近にあるなんて知らなかった。

今、自分がいる場所があまりにも非日常だった。

でも以前の自分は恐ろしいものを知らない代わりに、大切なものも知らなかった。

父の友人で、天姫を助けてくれた列王

本音でぶつかり、慕ってくれた楓

少しそっけないけど、本当は誰よりも優しい彦次郎

見守り、味方でいてくれた芳乃

頼もしく、でも少し不器用な陽炎


そしてー‥


ねえ、鞘丸。
私、貴方に出会って、貴方にあの城から連れ出してもらって大切なものが沢山出来たの。

知らなかった感情が沢山あったの。

貴方に伝えたい事が沢山あるの。


「‥‥っ!」

慣れない行動に足がもつれ躓き、地面に倒れ込む。
いつもなら誰かが直ぐに抱き起こしてくれたり、転ぶ前に助けてくれる。でも今は自分一人。
痛む足で立ち上がり、また走り出す。

真っ白な肌も、綺麗な着物も血と土で汚れてしまった。
でも天姫は足を止めない。


私、貴方が好き。誰よりも大好き。
ずっと一緒にいたい。貴方との未来が欲しい。

だから貴方を失いたくないーー!

「鞘丸‥っ、鞘丸‥!」

大好きな人の名前が、口から溢れ出す。
いつの間にか、瞳からは涙も溢れていた。

こんなに誰かを想ったの、初めてなの。

貴方が私を救ってくれた様に、今度は私が貴方を助けに行くから。私が貴方に会いに行くから。


だから、お願いーっ。間に合って‥!