君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

天姫達が山を越え、国境に辿り着いた頃には朝日が登っていた。

眼前に広がる戦場。傷の手当を受ける者もいれば、既に息を引き取った者も沢山いた。
臨王の城の天守から見ただけの戦場とは違う、生々しくそして確実に死というものを感じさせる光景に天姫は息を飲んだ。

そんな天姫の様子に気付いた楓は、優しく、でも凛とした声で話し掛ける。

「天姫様、今は前だけを見てください。見たくないものも沢山見えてしまうから。今は若頭のことだけを考えててください」

そうだ。自分は何の為に此処に来た。怯えている場合じゃない。
天姫は楓達と共に戦場に足を踏み入れた。



負傷者を手当てしていた列軍の兵が、本陣に現れた天姫達に気が付いた。

「貴方達は‥」

「我々はこの軍を指揮する組頭と若頭の部下です。彼らは今どこに?」

彦次郎が尋ねると、陣幕の中から他の兵よりも身分の高そうな将軍の風貌をした男が姿を見せた。

「私が今、お二人に代わり本陣を預かっております。お二人ならば、兵を連れ敵本陣に進軍中です」

その答えに彦次郎は此処に天姫を残し、自分が日記を届けるべきか迷う。戦場のど真ん中なんて、天姫には危険過ぎる。楓も同じ様に思ったのか、二人で静かに目配せをしていた時だった。

「誰か!誰か、手当を‥っ!手を貸してくれ!!」

本陣に戻って来た兵士が大きな声をあげる。その切羽詰まり様に、相当の重症者か‥と目を向けると思いもよらない人物がそこにはいた。

「か、陽炎様‥!?」

運び込まれる陽炎の側に、急いで天姫達も駆け寄る。

「嘘でしょ‥」

楓が呆然とする。

「そんな、陽炎様がどうして‥」

天姫も信じられなかった。

「一体、何があった」

彦次郎が陽炎を連れて来た兵士に問いただす。
あの陽炎が瀕死の重症なんて。

「毒矢にやられました。敵将の話では神経系の猛毒で、解毒剤は無いと‥全身に回れば命は‥」

天姫達は言葉を失う。
陽炎の左腕は指の先から、鞘丸が毒の進行を防ぐ為にキツく縛った二の腕の近くまでもう真紫に酷く変色しきっている。

苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた陽炎が薄目を開ける。


「彦次郎‥、楓でも良い。今すぐ‥儂の左腕を‥切り落とせ‥まだ、まだ死ぬ訳にはいかぬ‥‥」


その言葉に彦次郎と楓はハッとすると、直ぐに行動を始めた。

「清潔な布と、何か酒でもいい。消毒を出来るものは!」

彦次郎が周りの兵士に指示を出す。

「本陣にあるものならば何でも使ってください。こちらを!」

慌ただしく人が動き回る。

「天姫様は少しこちらに。‥見ない方が良いと思いますので」

「ありがとう‥楓」

楓が天姫を気遣い、一緒に陽炎の側から離れる。

自分は戦場というものが、どういう所か分かっていなかったのかもしれない。


俯く天姫の下に彦次郎が戻って来た。

「天姫様、陽炎様が少し話をされたいそうです。来ていただけますか?」


処置を終えて、横たわる陽炎の側に天姫はゆっくり近付いた。
天姫が来た事に気付いた陽炎は、ぎこちなく顔を向ける。

「‥見苦しいところをお見せしてすまない」

陽炎の左肩から下には、本来ある筈の腕が無くなっていた。傷口は布で何重にも巻かれ、止血を施されているのだろう。そのあまりの痛々しさに、天姫の顔は歪む。
掛ける言葉が見つからない。
何も言わない天姫に、陽炎は静かに語りかける。

「彦次郎から聞いた。露草の日記を其方が見つけたと。鈨丸を止めに来てくれたのだと‥」

「はい‥その為に此処まで参りました」

天姫は答える。

「そうか‥。戦場は恐ろしいだろう。醜いだろう。こんな所まで巻き込んでしまってすまぬ」

此処はあまりにも彼女には、似つかわしく無い場所だ。

「恐ろしいです。自分が無力だと思い知ります‥」

戦場に足を踏み入れてからずっとそうだった。

「其方は武人では無い。何も気に病むな」

戦うのは自分達の役目。
彼女には彼女にしか出来ないことがあるから。
それでも、天姫を行かせるのは酷な事かもしれない。
もしかしたら鞘丸の死という、最悪の結末を目にさせるかもしれない。
己の不始末を、彼女に託すのか‥?
陽炎は言葉に詰まる。

「陽炎様‥私は怖いです。でも、何よりも鞘丸を失う事の方が怖い。だから‥行きます」

楓の言葉を思い出す

ー若頭のことだけ考えてー

天姫の目に、もう恐怖や恐れは無かった。

「‥そうか」

陽炎が少しだけ笑った。

「アイツらはこの先にいる。‥息子達をどうか頼む」

「はい」

天姫が立ち上がる。そして思い出した様に陽炎に告げる。

「陽炎様。私、母上様に約束したんです。鞘丸と鈨丸と陽炎様、みんなで里に帰ると。だから、みんなで帰りましょう」

「‥‥まだまだ、死ねんな」

陽炎は小さく呟いた。


陽炎の側を離れると、彦次郎と楓が待っていた。

「行きましょう、天姫様」

「私達はどこまでもお供します」

「ありがとう、二人とも」



「手当を終えた者、動ける者は再度武器を取れ!道は我らが作ります!」

将軍が声を上げ、兵士達が立ち上がる。

「姫君を、鞘丸殿のところへお届けするのだ!我らの勝利はそこにある!!!」

おおおおお!!!っと兵士達の雄叫びで足下の地面が揺れる。

天姫は、ただ真っ直ぐ前を見ていた。