君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

天姫(てんひめ)の家は、力はあれど争い事を好まない小さな貴族の家だった。
穏やかで優しい両親、幼い頃より支えてくれている家臣達。大切に育てられ、何不自由なく幸せに暮らしていた。

そんな普通の暮らしの中で一つだけ変わった事があるとすればそれは彼女が生まれつき、触れた者の未来を視る事が出来る『千里眼』を持っているという事だった。

ある者の手に偶然触れた時、その人がこの後事故に遭う姿を視た。天姫が引き留めたことで、その人は怪我を負わずに済んだ。

初めはそんな些細なことだった。

またある者は、これから行おうとする事業の行末を半信半疑で天姫に視てもらった。天姫が視た未来の通りの選択をしたところ、事業は大成功となった。


ーこれは本物だー


類い稀なこの力に両親は不思議がったりはしたものの私利私欲に使う事はなかった。天姫が望む範囲で、困っている人を助ける為だけに力を使った。
平和な日々が続いていた。


けれど戦はいつの世も起こるもので、天姫の住む臨ノ国もそうだった。ある日突然、天姫のもとに臨ノ国、国王である臨王(りんおう)の使者がやって来た。使者は止める両親を無視し、攫われる様に天姫は臨王の下へと連れて来られた。

よく言えば豪華絢爛、悪く言えば少々悪趣味な玉座の間に臨王はいた。

「お前が天姫か。ワシに触れて視えた未来を、事細かに此処に書き出せ。戦の光景であれば尚のこと、兵の数、陣形、一つ残らず全部だ」

臨王は天姫の目の前に大量の白紙の巻物を置くとそう告げた。

「そ、その様な事は‥」

「出来ぬとは言わせぬぞ。お前の噂はよく知っている。全く、斯様な力を持った娘を持ちながら利用しないとはお前の父も飛んだ無欲、いや阿呆だな」

「‥‥‥っ」

大切な父を馬鹿にする物言いに、天姫は思わず臨王を睨み付ける。

「ん?なんだその目は。なあ、天姫よ。阿呆な父や家の者たちをみすみす死なせたくないだろう?」

臨王は意地の悪い笑みを浮かべると、天姫の頬を押さえつけるように触れてきた。
自分の返答に大切な人達の命がかかっている。
選択肢など無い。臨王の言葉に従うしかなかった。


臨王と限られた女中しか入ることの出来ない、重く分厚い扉に閉ざされた部屋。窓は鉄格子に覆われ、そこから見える空が天姫の唯一の外の世界となった。

臨王の手に触れ、戦の未来を視る。確実に視える時もあれば何も視えない時もあった。
視えない時は何度だって視えるまで続ける。時間が掛かれば臨王は苛立ち、暴言を吐く。酷い時は殴られる時もあった。

来る日も来る日も未来を書き続ける。
もしも嘘を書こうものならば、家族の命が危ない。
臨王の戦に大義名分など無い。ただ、私利私欲の為に不要な戦が繰り返された。
どれだけ自分の力のせいで戦で血が流れる事になろうと、家族を守らねば。臨王を勝たせるそれだけの為に、天姫は心を殺し筆を走らせた。

戦好きの臨王は天姫の力を手に入れると領土を広げようと他国への攻撃を繰り返し、遂に隣国である列ノ国と本格的な大きな戦が始まった。

列ノ国、列王(れつおう)は高齢だが未だ軍略に長けた聡明な王だった。国の軍事力も高く、有能な忍び隊を保有している。
天姫の力はあれど王としての力の差か、戦は長引きやがて天姫のいるこの城に向け列ノ国の進軍が始まってしまった。
その一方で臨王は天姫が書き記した情報から、城まで列軍を引き寄せ一掃する策を練っていた。

「(時期にこの城も戦場になり、更に血が流れてしまう。私は一体何の為に存在しているのでしょう‥。どうして私にはこんな力が‥)」


列王に殴られた腕が痛む。
今日も部屋の中で一人きり、天姫は虚な目で筆を握っていた時だった。


「噂通りこんな所にいたとはな。気分はどうだ?千里眼の天姫」


突然響いた声。驚き顔を上げると、格子窓の外の木に一人の忍びが腰掛けていた。

「‥‥何者ですか‥」

「俺は鞘丸(さやまる)。列ノ国の忍びだ」

列ノ国‥今、まさに戦争中である敵国の忍びが何故こんなところに。綺麗な翡翠色の瞳をした忍びは、まだ少年の面影を残している、十八歳になる天姫の歳と然程変わらないだろうか。
訝しげな顔で自分を見て来る天姫に、鞘丸は笑顔で告げる。


「俺は、君を助けに来た」


綺麗で真っ直ぐな瞳だった。

この人は一体何を言ってるのか、天姫は驚きで言葉に詰まり何も言えなかった。何故、どうして。
暫く無言が続く中、部屋に近付く女中の足音に気付いた鞘丸は「また会い来る」と言い残し姿を消した。

忍びが姿を消した窓の外を、呆然と見る。手元の巻物はすっかり墨が滲み使い物にならなくなっていた。


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


それから、天姫の日々は変わった。
忍びは毎日天姫の下に現れたのだ。

「今日は天気も良いし、風も無くて穏やかな日だな天姫」

「窓から偶に鳥が見えるだろ?あいつらの巣がすぐ近くの屋根の下にあってさ。最近雛が生まれたんだ」

話すことはそんな普通の事ばかりであった。
きっと油断させて戦の情報を自分から引き出そうとしているのだろう。そう思い無視をし続けていたものの、あまりに平凡な会話が続くので

「そう。‥‥雛は何羽いるのですか?」

天姫は思わず言葉を返してしまった。

「‥‥!三羽だ!皆んなフワフワで可愛いぞ」

天姫の反応が返ってきたことに鞘丸は喜び、嬉しそうに答えた。今の天姫にはその普通さが新鮮で、ダメな事とは思いつつも鉄格子ごしに少しずつではあるが言葉を交わし始めてしまった。

 
ある日鞘丸が、「城の近くに咲いていた」と花を持って現れるとそっと天姫に差し出した。長らく閉じ込められ花なんて見ていなかった天姫は、差し出された小さな桃色の花に手を伸ばす。

その時、鞘丸の手に触れてしまった。

瞬間、彼の未来が流れ込んでくる。立ち込める火薬と鉄の臭い。聞こえてくる兵士達の雄叫び。天姫を庇い、血溜まりの中に倒れる彼の姿がそこにはあった。


「ーーーっ!!」


「天姫?どうした?」

何も言わず固まる天姫を疑問に思ったのか、不思議そうな顔をした鞘丸に声を掛けられる。

一気に天姫の血の気が引いていく。


ーああ、このままでは私のせいで彼は死んでしまうー


「‥この様な花で私の気を引けるとでも思ったのですか。列ノ国の忍びも大した事ないのですね」

震えた唇を隠し、出来る限り冷たく言葉を吐く。
鞘丸が目を見開き動きを止めた。

「貴方を臨王に突き出さなかったのも、何か戦の情報を得られるかと思っての事。まあ、無駄でしたが。もう二度と此処に来ないで‥私の前に現れないで」

なんとか彼を拒絶する言葉を絞り出す。
そんな天姫の姿に、鞘丸は顔を顰める。

「何だよ、天姫。それがお前の本心だって言うのか?そうなのか?」

少しずつ彼の言葉が強くなる。
それでも天姫は続けた。

「私は臨王様の物。あの方の望む未来の為、戦に勝たせるその為だけの道具に過ぎません」


その言葉に、彼の纏う空気が怒り変わった。

「臨王の物だって‥?臨王の未来、臨王の未来ってそこに天姫の笑える未来はあるのかよ!?あんなに辛そうな顔をして‥‥ずっとこんな籠の中にいるつもりなのか!?」

鞘丸の言葉が胸を刺す。それでも、それでも此処で縋るわけにはいかない。それは彼の死を意味する。

「‥もう話す事はありません。去りなさい。人を呼びます」

背を向けた天姫にこれ以上は無駄だと察したのか、鞘丸は音も無く姿を消した。肩を震わし、天姫の瞳から大粒の涙が溢れ出す。

「私の未来だなんて‥そんなこと初めて言われた‥」

優しい忍び。私はこの力であまりに多くを傷付けた。そんな自分が望むなんておかしいのは分かっている。だけど、だけどどうか彼には死なないで欲しい‥そう祈りながら鞘丸が置いていった花を抱きしめた。


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


鉛色の空からはいつの間にか雨が降り出していた。天姫の下を去った鞘丸は、城から離れた森の中で一人己の無力さに怒りを覚えていた。
体に纏わりつく雨が鬱陶しく、余計に自分を苛立たせる。
目の前の木に、力任せに拳を殴り付けた。

「天姫のあの反応、きっと何か未来を視たんだ。一体何を‥どうしたら彼女を救える‥どうしたらまた‥」


ー記憶の中で、花の様に微笑む幼い少女を思い出すー


ふと、森の中を隠れて移動する兵の姿を見つけた。自軍、列ノ国の兵では無い。となると臨ノ国の兵。

「何故こんなところに‥」

列軍の到着は明朝。天姫の力によって臨王にはこちらの動きを把握されているかもしれないが‥。そっと臨ノ国の兵達の後をつける。やがて彼等の先に大きな水門が見えた。次第に強くなる雨足、鞘丸は一つの考えに辿り着くとその身を翻し主人の下へと走った。

森からだいぶ離れ、少し開けた場所にあるのは列軍の野営地。進軍をしていた兵達も酷い雨に歩みを止め休息を取っていた。他の兵がいる場所とは違う、屋根のある簡易な小屋の中に列ノ国の王はいた。

「陛下!」

雨水に濡れたその身を気にする事も無く、鞘丸が列王の前に現れ膝をつく。

「お前がその様に息を切らすとは珍しいな。何があったか申せ」


頭を下げたまま鞘丸は告げる。


「この戦、俺に策があります」