君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

まもなく夜が明ける。


鞘丸は手入れを終えた鎖鎌を腰にしまうと、その場から立ち上がる。

遥か遠くに見えていた兵軍が今や目の前にいる。その数、ニ万。
陛下に任されたこちらの兵の数は一万。そして自分と陽炎。足りない分は自分達で補うしか無い。他の忍び達は偵察、里の警備、陛下の護衛に回している為いない。
そして読めない、兄上の呪術。

一瞬でも油断したら終わる。

幼い頃から数えれば多くの戦場を経験して来た鞘丸だったが、死の臭いというものを感じたのは初めてだった。
父上はどう思っているのか。

視線を陽炎に移すと、既に陽炎は鞘丸を見ていた。

「‥‥‥鞘丸。いざとなったら儂のことは捨て置け」

ああ、父上も覚悟しているのか。ならば自分も覚悟を決めるしか無い。鞘丸も言葉を返す。

「父上も、同じ様に」

その時は、自分ことは見捨ててくれ。

ただ‥兄上を止めて、列ノ国に勝利を。

空が白み始め、辺りが明るくなる。

兵軍の陣から鏑矢の音が響くと、陽炎がそれに答えた。

それを合図に戦は始まった。


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「鏑矢の音!戦が始まったわ!」

天姫には何も聞こえなかったが、耳の良い楓と彦次郎は即座に反応した。この山を越えればもう国境なのに。
彦次郎の傷の為、今度は楓が天姫を抱えて走っている。

「まだ始まったばかりだ。直ぐには兵王達も動かない。それに若頭だけじゃなく、陽炎様だっているんだ」

焦る天姫を落ち着かせる様に、彦次郎が告げる。
しかし気掛かりはやはり鈨丸の術。
どこから来るかも、数も分からない。
今この時だって仕掛けてくるかもしれない。
悠長にしてはいられない。

「飛ばすぞ楓」

「勿論!アンタも腹の傷、気を付けなさいよ!」


二人とも天姫の救出から走り倒しだというのに、更に速度を上げる。

「絶対、絶対に間に合わせますから」

天姫を抱える楓の腕に力が籠った。


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兵王は本陣から動く気配は無い。
まあ、当然だろう。

兵の数の差だけならば問題は無い。息一つ乱さず、陽炎は敵を斬り払いながら冷静に戦場を見る。

もし、鈨丸を討つことになるのならばそれは自分の手で。鞘丸には背負わせない。

息子の悲しみを拭えなかった、妻との約束を守れなかった、全ては父として至らなかった自分の責任。

鈨丸を討ち、列ノ国を勝利させたら直ぐに後を追う。そしてあの世で露草に詫びよう。

陽炎はそう思っていた。


ふと、陽炎の周りの空気が変わった。
足を止め、刀を構え直すと振りかぶった。

突然目の前に現れた鎧武者達が消し飛ぶ。

「流石、父上」


最後に会った時よりも、少し大人び、そしてやつれた顔の我が子が姿を見せる。

「久しいな、鈨丸。随分と面妖な技を使う様になった。鎧武者からはお前の血の臭いがする。自らの血を使い戦うか」

「この一瞬で‥本当に侮れない人だ」


経験の差か。一撃で陽炎に言い当てられた鈨丸の背中に冷や汗が流れる。
陽炎の言う通り、鎧武者は鈨丸の血で出来ている。無限に現れる訳でも、不死身でも無い。使えば使うほど、鈨丸にも返ってくる。

でもそれで良い。全てはこの時の為の術。鞘丸の様な忍びの才が無い自分が、父と渡り合うにはこの様な下法しかないのだから。鈨丸が手にしていた小太刀で自らの腕を切り付ける。地面に滴る血液が鎧武者に姿を変えて行く。

「あの世で母に詫びて下さい、父上」

「元より、そのつもりよ」


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目の前の兵士を一掃した鞘丸が辺りを見渡す。
まだ兄上の術は見えない。いつのまにか父上の姿も無い。まだ戦ってないのか‥?少しずつ兵王のいる本陣へと歩みを進める。辺りを包む血と火薬の臭いで、いつも以上に鼻が効かないのも気分が悪い。

一際、兵軍と列軍の屍が積み上がる場所があった。
そして見つける。その先で対峙する父と兄の姿を。


「父上と兄上‥あんな所に‥!」

陽炎が鈨丸を押していはるが、やはり鎧武者の存在はやりづらそうだ。
俺が加勢すれば、二人なら今ここで兄上を‥鞘丸が飛び出そうとした時だった。

微かに鼻につく異臭を感じ取る。これは‥‥
飛び出そうとした足を踏みとどまり、陽炎に叫ぶ

「父上‥!!下がれっ!!毒だ!!」

鞘丸の声と同時に、隠れていた兵軍の弓兵達が一斉に陽炎達に毒矢の雨を降らせる。

味方の攻撃を分かっている鈨丸は鎧武者で全ての矢を防ぐが、反応が一歩遅れた陽炎は左腕に矢を受けた。

「‥‥っ」

陽炎が腕に刺さった矢を引き抜き、毒と己の血がついた鏃を見る。

「神経系の毒‥か‥」

鼻が効かないよう隠されていたのはこの為か。

矢傷を受けた陽炎を見た鈨丸が笑みを浮かべる。

「ははは!父上とは正面からやり合っても勝てませんからね‥!その猛毒は、兵王が調合したものです。解毒剤もなければ、短時間で体に回り死に至る」

既に陽炎の腕が、矢傷を受けた辺りから真紫に変色し始めている。

鞘丸は言葉が出なかった。

「父上ともあろう人が、こんな最期になろうとは」

残念ですね、と鈨丸が笑う。

「ぐっ‥」

陽炎が地面に両膝を突いて疼くまる。
油断した。違う、躊躇した。
心のどこかで、まだ鈨丸を討つことへの覚悟が出来ていなかった。だから毒矢の存在に気付けずに、このザマか。

先ほどの弓兵達が、陽炎にとどめを刺そうと矢を構え直す。
我に帰った鞘丸は、鎖鎌で弓兵達を薙ぎ払った。

「父上‥‥!」

陽炎に駆け寄ると、矢を受けた左腕の二の腕をキツく縛り上げた。少しでも毒が全身に回るのを防げるか‥
周りでまだ動けそうな列軍の兵に声を掛ける。

「父上を連れて、少しでも此処から離れろ!」

鞘丸の気迫に押され、二人の兵は陽炎の肩を支えて立ち上がる。

「捨て置けと‥」

そう言ったのに、という表情で見られる。
出来てたらそうしたさ。でもダメだった。

兵士達が足早に離れて行く。
鈨丸はその姿を冷めた目で見ていた。

「まもなく死ぬというのに、無駄な事を」

「無駄かどうかなんて、お前に未来は分からない」


鞘丸は鈨丸に向き合った。
その翡翠の瞳は、静かな怒りと悲しみを含んでいる。

「来いよ、兄上。俺が全部終わらせてやる」