君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

忍びになり、ここまで走ったのは初めてかもしれない。
天姫と彦次郎と楓は列ノ国の領土に入り、そのまま忍びの里を目指していた。

流石に腹の傷が痛むのか、彦次郎の額に汗が滲む。

「大丈夫ですか、彦次郎‥」

足を止めた彦次郎の腕から天姫が降りようとする。

「大丈夫です‥」

「いや、大丈夫って顔じゃないわよアンタ。たくっ‥‥よいしょ」

楓が右手で天姫を抱き抱え、左手で彦次郎を抱え持つ。

「降ろせ、楓!」

「アンタもここまで良く頑張ったわよ。天姫様、列ノ国の領土に入り追っ手の心配も恐らく無くなったので、少し速度は落ちますがここからは私が二人を抱えて走りますね。ちょっと揺れますがご勘弁を!」

「お願いします、楓」
「くそっ」

バツが悪そうな彦次郎の顔を見て、楓は苦笑いする。
あの傷だ。いくら鎮痛剤を飲んだとはいえ、腹の痛みは相当なものの筈。それでも彦次郎は一刻も早く忍びの里に向かう為、足を止めなかった。
天姫を守れなかった事への責任を感じるなら楓も同じだというのに、全く彦次郎は。
自分も彦次郎も、今や同じくらい天姫の事を大切に思っている。何としてもこの姫の願いを叶える為、そして若頭を国を救う為足を走らせる。


「どうせ後で戦闘は避けられないんだから、私の腕の中で少しでも休んでなさいよ彦次郎」

「気色の悪い言い方するな‥‥‥‥‥感謝する」

二人のやり取りに天姫も微笑む。


ふと、天姫の表情が変わり声を上げる。

「止まってください!楓!」

手頃な木に着地し、天姫を見る。

「どうされました?」

「この森を越えた所に少数ですが兵軍がいます。このまま行くときっと戦うことになります」

彦次郎の腕から楓の腕に抱えられた事で、楓からの未来が視えたということか。

「国境を超えて来てるという事は、偵察用の部隊かもな」

彦次郎が眉を寄せる。自分の傷に、天姫もいる。それに時間が無い。数が少ないとはいえ、出来れば戦闘は避けたかった。

「今は相手にしたくないわね。流石、天姫様!少し遠回りになるけど迂回しましょう!」

楓の言葉に、天姫も彦次郎も頷いた。


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やっとの思いで里に着く。その頃にはもう辺りは真っ暗だった。
門番に事情を説明し門を潜ると、驚いた顔の芳乃が迎えてくれた。

「お前達、どうしてここに‥!ああ、天姫も無事で良かった!」

天姫の姿に安堵する芳乃。

「母上様、彦次郎を少し休ませてあげてください。それと、母上様に一緒に確認していただきたい物があるのです」

真剣な表情の天姫に、芳乃も直ぐに部下達に指示を出す。

「分かりました。彦次郎、傷が開いているかもしれません。念の為、医者に診てもらいなさい」

彦次郎が別室に移動すると、天姫と楓と芳乃の三人で書庫に向かった。

「どうして書庫に‥?」

不思議がりながら、楓も書庫の扉を潜った。

「確か以前、この辺りに‥」

あの文箱を見かけた辺りを探す。そんなに書庫に立ち入る者がいなければ、場所も変わっていない筈だ。

「‥‥‥あった!」

例の箱を見つけ出し、芳乃に見せる。
芳乃が驚き目を開く。

「それは、露草殿の‥‥」

やっぱり彼女の物だった。天姫は文箱の蓋を開く。

「前に、書物と間違えて少し中を読んでしまったのですが何方かの日記だったのです。母上様、確認していただけますか?」

芳乃が日記を手に取り、頁を捲る。

「ええ、間違いありません。露草殿の日記です。こんな所にあったのですね‥‥」

「私が鈨丸に言われた事と、この日記に書いてある事が同じとは思えないのです。教えてください、母上様。露草殿はどの様な方で、一体何があったのか。もしかしたら、鞘丸と鈨丸が戦う事を止められるかもしれないんです」


芳乃は目を閉じ、軽く息を吐くと天姫を見つめ直した。

「露草殿は里出身のくのいち。幼い頃より陽炎様と肩を並べ、列王に仕えていた優秀な忍びです。
そして私よりも少し早く、陽炎様に嫁いでいました」