君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

飛び込んだ部屋は書物ばかりであまり生活感の無い部屋だった。
学問の書物から、怪しげな呪術の書物まで置いてある。

「兵王、の部屋ではないですよね‥」

そもそもここは兵王の城ではないだろう。窓の外の景色も、街並みではなく森の様に見える。ここは兵ノ国のどの辺りなのかも分からない。

見渡すと、本棚の端に部屋の雰囲気とは不釣り合いな綺麗な文箱を見つける。表面は細かな花の細工が施してあり、高価な物だと分かる。

「珍しい、露草‥‥」

これと同じ物を何処かで見た事がある気がする。

‥‥‥‥


そうだ、これも里の書庫で見た。棚の奥に隠される様に仕舞われていた文箱。これと同じく露草の細工で珍しいと思ったからよく覚えている。中に植物の本でもあるのかと思い、入っていた本を読んでみたら誰かの日記だったのだ。
陽炎の事や芳乃の事、そして自分の子供を愛し案じている優しい人の日記だった。
勝手に読んでしまい申し訳ないと思い、楓に告げる事もせず直ぐに箱を片付けてしまった。

「もしかして、あの日記は鈨丸の母の日記‥?」

あの時は鈨丸の名前を知らなかったから、日記に書かれている子供の事が彼とは分からなかった。
文箱の露草の細工をもう一度見る。
鈨丸が、自分の母の名前は露草と言っていたのを思い出す。

そうであれば、この同じ箱を彼が持っていてもおかしくはない。申し訳ないと思いつつ、目の前にある文箱も開けると少し古びた簪と櫛が入っていた。
ああ、これはきっと露草殿の形見なのだろう。

そっと文箱の蓋を閉じる。でも何故、彼は書庫の文箱は持って行かなかったのか。あんなに母の愛に溢れた物を‥‥

まさか、鈨丸はあの日記の存在を知らない?

だとしたら、彼は何か大きな勘違いをしていないか。

ー我が母を虐げたー

違う、あの日記にはそんな事一言も書かれてはいなかった。


「あの日記を、鈨丸に見せないと!」



「おい!あの娘が部屋からいなくなってるぞ!!」

やるべき事が分かったというのに、廊下が騒がしくなり自分を探す声が響く。
どうしよう。折角、鈨丸を止められるかもしれないのに!

今自分がいる部屋は三階か四階の高さはある。流石に飛び降りる事など出来ない。
大きな窓には鉄格子もあった。

直ぐ背後に兵士達の声が迫っている。鉄格子に手を掛ける、これでは臨王の所にいた時と何も変わらない‥‥誰か‥誰か‥‥


「天姫様っ!!」


聞き慣れた声に名前を呼ばれ、顔を上げる。

「彦次郎‥‥楓‥‥」


窓の外の木の上には、彦次郎と楓の姿があった。
どうして二人がここに‥‥

「天姫様!ご無事ですか!」
「遅くなり、申し訳ありません。助けに参りました」

いつかの鞘丸の様な言葉を、目の前の二人が告げる。嬉しさと安堵の気持ちで涙が溢れそうになった。
しかし、二人との間には固い鉄格子。

「天姫様、少し下がっていてください!」

楓が窓に飛び移り、鉄格子に手を掛ける。

「楓、何を‥」

「ふんっ‥‥!」

楓が力を込めると、ギギギギと鈍い音を立てて鉄格子が歪む。
あっという間に人が一人通れるくらいの隙間が出来た。

「す、凄い‥これも忍術ですか‥?」

「いえ、これはただの馬鹿力です。楓しか出来ません」
「ちょっと!言い方!」

そういえば、腕っぷしは良いとか、書庫の扉を直ぐに壊せるとかあの発言達は全て言葉通りということだったのか‥

「素晴らしいです、楓。ありがとう。私にもいつか教えて欲しいです」

「やめてください。若頭より腕っぷしの強い天姫様はちょっと‥‥さあ、天姫様こちらへ」

彦次郎の手を取り鉄格子を潜ると、廊下の扉が開き見張りの兵士達が流れ込んで来る。

「いたぞ!逃すな!!」

「天姫様は返してもらうわよ!!」

彦次郎と楓が口元を布で隠し、天姫の口も庇う様に布で覆うと楓が煙玉を投げた。

「なんだ、これは‥!」
「煙幕か‥くそっ!」

煙で前が見えなくなり咳き込む兵士を残し、天姫達は屋敷を後にした。

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彦次郎が天姫を抱き抱え、後方の追っ手を楓が気にしつつ二人は物凄い速さで兵ノ国の国境を目指す。
どうやら天姫がいた屋敷は、兵王の城などではなく国境に近い鈨丸の屋敷だったらしい。列王が撃たれたという情報が出たら直ぐに進軍を始められる様、兵王や兵士達がここに滞在していたのだと彦次郎が教えてくれた。

「彦次郎‥その、怪我は大丈夫なのですか‥?」

あれだけの出血をしていた。それなのに、こんなに動いて大丈夫なのだろうか。
彦次郎は天姫から視線を逸らし答える。

「‥‥‥気合いです」

彦次郎から似つかわしくない言葉が出た。

「大丈夫じゃないやつでは!?」

「貴女がこんな目に遭い、国の危機が近いのにジッとなんてしてられません。必ず若頭の下へお連れします」

「‥ありがとう、彦次郎」

「それにいざとなったら、私が天姫様と彦次郎を抱えて走りますので!」

さっきの怪力の後だと、その発言も恐らく言葉通りなのが分かる。

「頼りにしてます。楓」

二人が来てくれた事で一気に希望が見えて来た。天姫は大切な事を思い出す。

「二人とも、急いでいる時に申し訳ないのですが一つお願いがあるのです」

その言葉に二人が足を止めずに、天姫に視線だけ向けると言葉の続きを待つ。

「鞘丸の下に行く前に、私を忍びの里に連れて行ってください」

「里に?国境よりも大分距離がありますが‥‥」

「何か考えがあるんですね」

困惑する楓に彦次郎が答える。

「はい。鈨丸を止められるかもしれません」


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「出陣前にあの娘を手籠にしとかなくて良かったのかい?」

国境への進軍中、馬に乗った兵王が隣を歩く鈨丸に声を掛けた。

あれだけ泣いていたのに、更に乱暴を働けばもっと酷いことになっていただろう。流石に寝覚めが悪い。

「‥‥生憎と、そんな気分では無かったので」

「まあ、これから父と弟を殺すっていうのに盛ってはいられないか!」

声をあげて笑う兵王の姿を一瞥し、鈨丸は目線を前に戻す。

この王は些か感情が欠落している。

恐らく環境がそうさせたのだろう。
兵ノ国は先代の王亡き後、兄弟間で壮絶な跡目争いがあった。
兵王はニ人兄弟の次男であり初めから次期王は長男である兄の筈であったというのに、亡き王の遺言は兵王を次期王と任命していた。
亡き王は、兄よりも兵王に王の器があると見抜いていたのだ。
兵王にとっては青天の霹靂だった。
しかし、当然兄はそれを許さなかった。
まあ、自分が王になると思い生きて来たのだから無理もない。

優しかった兄が豹変し、弟の命を狙った。
食事には毒を仕込まれ、安心して眠れる夜など無くなった。精神は擦り減り、まともな対話も出来ない兄が化け物に見えた兵王は、遂にその手で兄の首を刎ねた。

十六歳の兵王には重過ぎる玉座だった。


しかし先代の目に狂いはなかったようで、兵王は戦に傾倒しつつも国を順当に納めていた。
兄弟の確執、跡目争い、そんなものに鈨丸も兵王も人生を狂わさせられたのだ。



また兵王が思いついた様に、鈨丸に声を掛ける。

「お前が手を出さぬのなら、僕があの娘を側室にでもしようか」

「いえ、この戦が終わったら私の妻に迎えますのでご心配無く」

何だ、つまらんと吐き捨てる。
その拗ねた幼さの残る兵王の横顔が、何だか鞘丸と重なった。

幼い頃、自分よりも勉強の苦手だった鞘丸に教えていると「つまらない」と拗ねた顔をする。
兄上が賢いのだから、俺は出来なくても大丈夫だなんて訳の分からない理屈を捏ねて、勉強よりも共に遊びたいと駄々を捏ねる弟。結局それに付き合い二人で勉強を投げ出して遊ぶと、母上に叱られた。

あの頃はまだ何も知らない子供だった。


「いくら賢くとも、次期組頭などにはなれぬのに」

「血筋が違うのだ。鞘丸様には王族の血が流れている」

「初めから芳乃様だけ娶っていれば。そうすれば、鈨丸も生まれることは無かったというのに」

「露草のやつも部を弁えろ」


里の年寄り達の言葉が頭に響く。母への侮辱、己の存在の否定。父は何も言わない。

いつの間にか鞘丸と共に机を並べて学ぶ事も無くなった。年を重ね忍びの才を見せ始めた鞘丸は、誰もが認める次期組頭となっていった。

母が病で亡くなった時も、父はあの面の様な顔を崩す事はなく葬儀を行なった。
母がいなくなった事で、完全に私の里の居場所は無くなった。

母を守らなかった父を憎み、全てを手に入れた鞘丸を憎み私は僅かな母の形見を持って里を飛び出した。

他国で読み漁った書物で怪しげな呪術も身に付けた。
己の血を使い呼び出した鎧武者に戦わせる。武の才能が無い私には丁度良かった。


父上と鞘丸をこの手で殺せば、この胸の苦しみもようやく晴れるのだろうか。