君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー


「兵ノ国は既に兵を挙げ、列ノ国との国境を目指そうとしている」

陽炎の重々しい声が部屋に響いた。

「早いな」

肩に包帯を巻き手当てを終えた列王が、ベッドから体を起こし答える。

「大方、国境付近に初めから兵を準備していたのでしょう。陛下に何らかの傷を負わせられれば、いつでも戦を起こせる様に」

鞘丸が推測を告げる。
陽炎がそれに続けた。

「これは陛下をお守り出来なかった、我ら護衛の失態」

「過ぎた事は良い。今は兵ノ国の進軍をどうするかだ。それに‥」

列王は鞘丸を見る。

「はい‥。天姫は今、兄上と共に兵ノ国にいると思われます」

天姫が行方不明になった事も、列王の耳に入っていた。

「天姫が彼方にいるとなると、此方の手を読まれる可能性が高い。兵王は臨王ほど甘く無いからな。臨王の様に感情に任せて戦場に天姫を連れ出し、みすみす奪い返される様な真似もせぬだろう」

列王は顎に手を当て考える。

「兵ノ国に天姫を連れ戻しに行く者、国境で兵王を迎え討つ者、二手がいるな。陽炎に鞘丸、鈨丸はどちらに立つと思うか?」

「‥‥‥」

「兄上ならば直接己の手で俺を撃ち、それを天姫に伝えるでしょう。兵王と兄上を俺が国境で迎え討ちます」

鞘丸の目に迷いは無かった。
陽炎がその姿を見て頷いた。

「ならば儂も鞘丸と共に国境に」


「天姫の元へは、信頼出来る部下を行かせます。潜入ならば数は少ない方が良い」


「うむ、分かった。お前達に一万の兵を任せる。儂は今はまだ動けそうにない。城に残ろう。頼んだぞ」

「「御意」」


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


「君が天姫か。見たところ普通の少女だけど、本当に不思議な力があるのかい?」

鈨丸との会話後、力無く部屋に閉じ込められていた天姫の下に兵王が現れた。
列王や臨王と違い、兵王は天姫の歳と然程変わらなさそうな若き少年の王だった。

突然、兵王が天姫の手を掴む。

また人々の怒号と、鉄と火薬の臭いが天姫を包む。
国境付近で相対する兵軍と列軍の姿が見えた。



「‥‥‥っ!!」

天姫は青ざめ、思わず兵王の手を振り払う。
その姿に兵王は目を丸くする。

「はは!本当に視えるのか!未来の光景‥敗北する列ノ国でも視えたかい?なんたって、もうすぐ戦が始まるからね!」

くつくつと喉を鳴らし愉快そう笑う兵王に寒気がした。
臨王は私利私欲の為の戦だったが、兵王は違う。この人は戦をただ楽しんでいるように感じた。

「君の力に頼らずとも負けはしないさ。僕にとって君の力なんて娯楽の一つにしかならない。ただ勝つだけ。未来は勝者にしかないからね」


「相変わらず兵王は戦闘狂ですね」

側に控えていた鈨丸が、兵王を見てやれやれと笑う。

「そんな僕に近付いて、列ノ国の情報や忍びの情報を横流ししたお前も大概だけどな」

どうやら鈨丸の方から兵王に取り入り、今の関係になっているらしい。王と家臣とか、二人の間にはあまり忠義の様な関係性が感じられないのはそのせいか。

「まあ、僕は面白ければ何でも良いよ。お前は戦場で自分の父と弟を討つと良い。僕は列ノ国を手に入れる」

笑い合う男達に天姫は眩暈がした。
まもなく出陣なのだろう。二人が立ち上がる。

「それでは天姫、行って来ます」

「土産に、そいつの弟の首でも持って来てやろう」

そう言うと二人は出て行った。
部屋が静かになる。
天姫は一人部屋に残された。



ー鞘丸や皆んなが危ないのに自分は何も出来ない‥ー


ー本当に‥?ー


確かにもう、自分の帰れる場所は無いかもしれない。

でもだからと言って何もしないのは違う。

一時でも自分を大切に思ってくれた人達を守りたい。

臨王に閉じ込められていたあの頃の自分ではもう無いのだから。


ー鞘丸に会いたい、鞘丸を守りたいー


ーだって私は、鞘丸の事が好きだからー


正気の無かった天姫の瞳に光が戻る。

兎に角こんな所にいる場合ではない。何とか柱に鎖で繋がれたこの足枷を外せないか‥。足枷に鍵穴はあるが、当然鍵は見当たらない。


ふと、楓と以前に里の書庫に行った時のことを思い出した。

あの時、長らく使われていなかった書庫の鍵が見つからず入るのを諦めようとした。それを一緒にいた楓は

「待ってください!まあこんな扉簡単に壊せますけど、それだと彦次郎に怒られるから‥‥」

そう言い、持っていた簪を鍵の代わりにして扉を開けた。
あの時の楓の様に、何か鍵の代わりの物があれば自分にも‥。
鞘丸がくれた髪留めに触れる。簪ほど細長くは無いがいけるかもしれない。

一番細い金具を鍵穴に入れて、あの時の楓の真似をする。

お願い、どうか開いて‥!

ガチャリと鍵の回る様な感覚がした。

「やった‥!」

重い足枷と鎖が足から外れる。まさか鈨丸達も、天姫が解錠の技を知っているとは思わなかっただろう。

幸い部屋の扉には鍵が掛かっておらず静かに扉を開けて、廊下に見張りがいないか辺りを見回す。進軍が始まった為か、屋敷の見張りは手薄そうだった。

臨王の時とは違う、彼らの発言から千里眼の力目的というよりも自分は鞘丸を苦しめる為にここへ連れて来られたのだと分かる。それにここは兵ノ国。天姫が部屋から出た所で何も出来ないと彼らは思っているのだろう。
そうかもしれない。でも、だからといって何もしないなんてそんなのは嫌だ。

足音を殺しながら廊下を進むと、前方の曲がり角から人の足音と会話が聞こえて来た。恐らく見回りの兵か。
このままでは鉢合わせてしまう‥‥!

天姫は慌てて直ぐ近くの部屋に飛び込んだ。