君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー


「う、うん‥‥」

痛む首の後ろを支えながら、天姫は重い瞼を上げ体を起こした。
軽い眩暈がする、一体何がどうなって‥‥

「彦次郎‥‥!!」
自分を庇い倒れた忍びを思い出し、顔を上げる。

「ここは‥どこ‥?」

見慣れない部屋。天蓋付きの豪華なベッドに自分は寝かされていた。窓から見える景色も、全く身に覚えが無い。
ジャラリと自分の右足が部屋の柱と鎖で繋がれていたのに気付く。

「一体、何が‥」

呆然としていると部屋のドアが開いた。

「ああ、目が覚めましたか。天姫殿」

彦次郎を傷付けたあの男が、気味の悪い笑顔で部屋に入って来た。鞘丸と同じ翡翠色の瞳が、舐める様に天姫を見る。

「ここはどこ‥貴方は一体何者ですか‥」

男と少しでも距離を取ろうとベッドの端へ後ずさるも、男はベッドに乗り上げ天姫の頬に触れた。

「ここは兵ノ国。そして私は鈨丸。貴女の夫となる男です」

見知らぬ男の突然の夫発言に、天姫は驚き固まる。

「ふ、ふざけないで!私の夫となるのは鞘丸です‥!」

そうだ、彼以外有り得ない。
鞘丸の名を出すと、男の顔つきが変わる。

「あんな愚弟のことなど、早く忘れてください」

「弟‥‥?貴方はまさか、鞘丸の兄上なのですか‥?」

何故、鞘丸の身内が自分をこんな目に‥?鞘丸に兄がいたのも知らなかった。そもそも何故、兵ノ国に。自分は列ノ国にいた筈なのに。混乱していると鈨丸が口を開く。

「ああ、兄と言っても私の母はあの女、芳乃では無い。父は同じですがね。あの里も、あの国も我が母、露草を虐げた」

陽炎には側室がいたのか。それに露草という名前も初めて聞いた。

「だから俺は仇を打つ為に、兵ノ国にいる。天姫殿、貴女はその為の私の力になって欲しいのです」

「そんな事、受け入れられません‥」

どんな事情があるか知らないが、そんなの無理だ。
酷く濁った翡翠の瞳に、天姫は恐怖を覚える。

「おや、そんなこと言えますか?彦次郎は貴女を庇って倒れた。あの出血量じゃ、先ず助からないでしょう。そして列王も銃弾に倒れた」

「列王様が‥‥」

彦次郎だけじゃなく彼まで‥

「貴女はその未来を視ていたのに、守れなかった。何も出来なかった。貴女のせいで二人の血が流れたのです。そんな貴女に帰る場所なんてもう無いでしょう?」

天姫の耳元で、鈨丸が冷たく囁く。

「貴女の居場所はもう此処しかない」

ああー、まただ。また私のせいで血が流れた。
臨ノ国での記憶が蘇る。

ポタポタと頬に涙が伝う。顔を両手で覆い泣き崩れる天姫を、鈨丸は笑顔で見つめていた。


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


「彦次郎!!」

彦次郎の病室に、鞘丸が勢いよく扉を開けてやって来た。
少し前に処置が終わり、意識の戻った彦次郎は布団の上で鞘丸に深く頭を下げる。

「若頭‥‥申し訳ありません、俺がついていながら天姫様が‥」

想像以上の彦次郎の腹の傷に、鞘丸も顔を顰めた。そして彦次郎を気遣う。
「先ずはお前が無事で良かった。お前が一方的にやられるなんて、鈨丸はどんな術を使った?」

彦次郎はあの一瞬を思い出す。

「突然、目の前に鎧武者の様なものが現れました。俺を刺した後はもう姿を消していた。あれが鈨丸様の呪術なのかと」

「なるほど」

「陛下は‥?」

「幸い、肩の傷のみで命に別状は無い。だが、陛下が凶弾に倒れたと噂が他国にまで広がっている。この混乱に乗じて、間違いなく兵王が戦をしかけて来るぞ」

鞘丸がここ迄の状況を説明する。自体は思った以上に悪い方向に進んでいる。
彦次郎は鈨丸の言葉を思い出す。一応、伝えておいた方がいいだろうか。絶対、怒るだろうが。

「‥鈨丸様は、天姫様を我が妻にすると言ってました」

「‥‥はあ!?」

意味の分からない発言に、予想通り鞘丸の眉間の皺が更に濃くなる。

「若頭にはもう、何も渡さないと」

ああ、そういうことかよ。鞘丸は最後に聞いた兄の言葉を思い出した。


「若頭、こんな傷直ぐに治します。俺にも天姫様を助ける手伝いをさせてください」

普段無愛想で淡々とした彦次郎が瞳に力を宿し、鞘丸に再び頭を下げる。そんな姿に鞘丸は軽く笑うと

「言われなくても、存分に働いてもらうさ。それまで休んでおけ」

彦次郎の肩を軽く叩き、鞘丸は部屋を後にした。
入れ替わりで楓が水と鎮痛剤を持ってやって来る。

「珍しいわね。アンタがそんな熱くなるなんて」

先ほどの会話が楓にも聞こえていたのだろう。
熱くなっている‥自分が?彦次郎が驚く。

倒れる自分に縋り付き、涙を流す天姫の姿が忘れられない。
一介の忍びに過ぎない自分を助けようと、戦う術を持たない彼女が鈨丸に抵抗していた。そんな彼女を守ることの出来なかった自分が、情けなくて仕方ない。
きっとまだ泣いているだろう。
早く若頭の元に連れ戻して、またいつもの様な笑顔にさせたいと彦次郎は強く思う。

確かに自分にしては珍しい感情だ。

天姫との出会い、日々のやり取りを思い出す。
彼女は初めから、主従関係なく優しいお方だった。

「楓‥‥天姫様は優しい方だな‥」

彦次郎の言葉に楓は目を丸くする。

「はあ!?アンタ、まさか今頃気付いたの!?」

遅過ぎるでしょ!と喚く楓の声がなんだか悔しく、癪に障る。彦次郎は鎮痛剤を口に含むと、湯呑みの水を一気に飲み干した。