君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

「あれは、芳乃様‥‥?」


祭りを見て周り、陽も傾いてきた頃。飲み物を買いに行った楓を待つ天姫と彦次郎は、長椅子に腰掛け祭りを眺める鞘丸の母、芳乃の姿を見つけた。

二人に気付いた芳乃がこちらに顔を向け、薄く微笑んだ。

「天姫に彦次郎。祭りは楽しめていますか?」

以前の挨拶の時は陽炎との会話のみ。里の子供達の勉強を頼まれた時も要件のみの会話だったので、天姫はまだ芳乃としっかりと話した事が無かった。

「彦次郎や楓のおかげで、とても楽しませてもらっています。芳乃様は陽炎様とご一緒ですか?」

「あの人は仕事中よ。彦次郎、そんなに警戒しなくとも私とてちゃんと護衛を連れています。今は下がらせているだけよ」

さすがに組頭の奥方が一人な訳がない。彦次郎が静かに気配を探ると周りに何人かの忍びの気配を感じた。
しかし何の為に、何か言いたげな彦次郎を察し、芳乃は笑う。

「この子と二人で話したいわ。彦次郎、お前も少し下がりなさい」

スッと目を細めて芳乃が彦次郎に圧をかける。組頭の妻、そして若頭の母の言葉に彦次郎は何も言えず頭を下げると二人の前から姿を消した。まあ、芳乃相手ならば大丈夫だろう。


「あ、彦次郎‥」
「大丈夫よ。護衛ですもの、呼べば直ぐ来るわ」

芳乃は自分の隣の席を軽く叩き、天姫に座る様に施す。

「楓が戻って来るまで、私と話をしましょう」


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


「里の暮らしに不便はありませんか?」

「はい。皆、とても良くしてくれています」

芳乃の質問に、少し緊張しながら天姫は答える。
その姿に芳乃は笑みを溢す。

「そんな緊張しないで良いのですよ。それから、子供達の世話も感謝しています。皆、貴女の授業が楽しいととても評判も良い」

「ありがとうございます。良い子達ばかりなので、私も楽しく教えさせていただいております」

初めは不慣れな事も多かったが、今は楽しくやれている。
祭りの菓子を子供達に土産に買い込むくらいには、天姫と里の子供達の仲は良かった。

「それは良かった。‥‥‥天姫。これまでの事、臨ノ国での事、大変でしたね」

芳乃の言葉に天姫は思わず目を見張る。

「芳乃様‥‥ご存知だったのですか‥?」

「そりゃ、息子の嫁となる子のことですもの。鞘丸を問い詰め‥いえ、きちんと聞いただけですよ。あの子も随分と長いこと貴女に焦がれていたようだったので」

芳乃は楽しそうに語り出す。

「今まで泣き言ばかりだった幼い子が、急に修行を頑張り出したかと思ったら‥たった一人の女の子がきっかけなんてね。可愛い話でしたが叔父上‥列王の血縁者との縁談の話もある中でどうなる事かと思ったら。まさか本当に貴女を嫁にすると連れて来るなんて」

そうだ。芳乃は列王の妹の娘。姪に当たる。
列王と家臣の絆を強固なものにする為に陽炎に嫁いだ、言わば政略結婚だった。
本当は鞘丸も陽炎と同じく、芳乃の様な列王の血縁者を妻に迎える筈であったのに自分が現れてしまった。芳乃はそれをどう思っているのか。
正直、良く思われていないだろうと天姫は思っていた。
だから芳乃と接する時は緊張してた。


「芳乃様は、その、やはり‥私と鞘丸の結婚は反対でしょうか‥」

鞘丸が決めても、列王と陽炎が認めても、やはり同性である彼女の許しが無いのはこれから先、大変だろう‥。
天姫は膝上の両手を握りしめる。


「いいえ、全く」

「え‥」

思っていたのと違う返答、それも即答に天姫は俯いていた顔を上げる。

「家の為、国の為に政略結婚が必要な事は分かります。でも、人の感情はそれだけでは片付けられないものも沢山あるのよ」

芳乃は誰かを思い出す様に少し遠くを見ていた。

立場というものがある中で、若頭の母であるならばこの結婚に苦言を呈するのは正しいかもしれない。でも、鞘丸のただの一人の母であるならば己の気持ちに正直に行動した鞘丸と、それを受け入れてくれた天姫が芳乃は嬉しかった。眩しかった。

この子と鞘丸には、きっとこれからたくさんの困難が待っているだろう。でも、それを少しでも自分が取り除けるのであれば力になりたい。自分は天姫の味方だと。
これは芳乃の親心だった。

「私がいる事で列王と忍びの里の繋がりは確かなものとなっています。ならば貴女達のことは何も問題無いでしょう?鞘丸のことをよろしく頼みますね、天姫」

芳乃の真っ直ぐな瞳に、天姫は瞳を少し潤ませ頷いた。

「はい、芳乃様」
「ふふ、そこは母と呼んでくださいな」

「はい、母上様」

優しく笑い合う二人に、一人の忍びが近付き芳乃に耳打ちする。

「奥方様、そろそろお時間が」
「あら、もうですか。私も天姫と一緒に少し祭りを楽しみたかったのに」

芳乃はやれやれと立ち上がる。

「でも、きっとそろそろあの子も戻って来ますね。邪魔者は退散しましょう。では天姫、また里でね」

「あ、あの母上様‥‥ありがとうございます」

天姫のその言葉に芳乃は綺麗な笑顔を浮かべ、護衛の忍び達を連れて行ってしまった。



「なんだ、母上も祭りに来てたのか」

いつの間にか天姫の後ろにいた鞘丸が声をかける。
天姫が嬉しそうに振り返る。

「お疲れ様です、鞘丸。お仕事はもう良いのですか?」

「ああ。ごめんな、一緒に居れなくて。‥母上に何か言われたのか?」

天姫の少し赤くなった目元に優しく触れて、心配そうに鞘丸は尋ねた。祝言もまだだというのに、まさか早々に嫁いびりならぬ婚約者いびりでも母上はやらかしたのでは、と不安に思った。

「とても、優しい言葉をいただきました。芳乃様は素敵な母上様ですね」

「そうか‥良かった」

どうやら仲良くやれているようでホッと胸を撫で下ろした。

「そういえば、楓と彦次郎は?」

「ああ、俺が来たから下がらせたよ。祭りは楽しめたか?」

「はい!あ、でも‥」

「ん?」

「とても楽しかったです。楽しかったのですが‥‥出来るなら、やっぱり鞘丸とも一緒に楽しみたかった‥です」

「‥‥!」

恥ずかしそうに呟く天姫の小さな我が儘に、鞘丸はニヤけそうになる口をグッと堪えた。

何だこの可愛い生き物は!
陛下の呼び出しさえなければ‥!
っと心の中で列王に悪態をつく始末。

「昼間は無理だったけど、ここからは一緒に過ごせるさ」

「花火を見るのなら、どこか高台に移動しますか?」

そう、夜は一緒に花火を見る約束だった。

「それでも良いんだけどさ‥‥よいしょっと」

「さ、鞘丸!?何を‥!」


鞘丸は軽々と天姫を抱き上げた。

「どうせなら二人でゆっくり見たいからな。しっかり捕まってろよ」

軽い足取りで壁を蹴って駆け上がり、どんどんと屋根づたいに高い場所へと鞘丸は駆け上がって行った。

さ、さすが忍び‥!自力では絶対に登れない高さに天姫は思わず怖くなり、ギュっと鞘丸の服を握りしめた。

「よし、到着!」

辿り着いたのは、街で一番高い時計塔の上。

「た、た、高過ぎです‥」

あまりの高さに膝が震えてしまい、鞘丸の胸にしがみつく。

「抱き付いてもらえるのは役得なんだけど、折角だから見てくれよ天姫」

そう言われてゆっくりと顔を上げる。
目の前には夕焼けに照らされた街並みが広がっていた。

「綺麗‥‥」
「だろ?この時間の此処からの眺めは最高なんだ。天姫にも見せたかったんだ」

嬉しそうに笑う鞘丸に天姫も微笑む。

「それと、これ。今日のお詫びというか‥贈り物というか‥」

と何やらもごもごしながら鞘丸が懐から取り出したのは、翡翠と真珠で花をあしらった綺麗な髪飾りだった。
城からの帰り道の出店で、一目で気に入って手に取ったものだった。

「素敵‥‥。翡翠は鞘丸の瞳と同じ色ですね」

嬉しそうに髪飾りと鞘丸の瞳を見比べる。

「ば、バレたか‥いや、でも翡翠は魔除けもあるし、俺の瞳と同じ色の物を身につけて欲しいだとかそんな別に下心だけじゃ無くて‥」

何やら言い訳を述べる鞘丸を特に気にも止めず、天姫は手渡された髪飾りを大切そうに見つめる。真珠が夕焼けで橙に照らされ、まるで本当に花のよう。

「着けても良いですか?」

「もちろん!」

スッと髪に刺すと、天姫の髪に翡翠が良く映えた。

「うん、良く似合ってる!」

「ありがとうございます。‥‥私も、何か鞘丸に贈り物を買えば良かった」

今日は自分が楽しむことばかりだった、と天姫は少し後悔した。

「それなら、来年は必ず一緒に祭りを回ろう。その時は俺に似合うのを選んでくれよ」


来年、ああそうだ。私はこの先の未来もこの人と一緒にいれるのだった。それは、何て幸せな事なんだろう。鞘丸の言葉に胸が温かくなる。

そんな二人の頭上をドンっと花火が照らした。

「お、始まったか」
いつの間にか日は沈み、薄暗くなった夜空にどんどん花火が打ち上がる。

「私、こんなに近くで花火を見るのなんて初めてです!」
高さの恐怖も忘れて花火に夢中の天姫の横顔を、鞘丸は見守る。

ああ、好きだな。俺はやっぱり天姫が好きだ。

「天姫」
「どうしました?鞘ま‥」

振り返った天姫の言葉は最後まで紡がれなかった。鞘丸の口付けに、あれほど大きかった花火の音がやけに遠くに聞こえる。

ほんの数秒の出来事なのに、とても長く感じた。
そっと鞘丸の唇が天姫から離れる。

「好きだ、天姫」

「あの、私も貴方が好き、大好きです」

顔は真っ赤だったけど、今度は言えた。
恥ずかしくて目を伏せていると優しく抱きしめられた。

「俺も大好きだ」



だから、何があっても絶対に守る

鞘丸は天姫を抱く腕にさっきよりも力をこめた。