君の瞳に映る未来   ー姫と忍びの恋絵巻ー

街の賑やかさと反対に、いつもよりも人が出払っている為か城内は静かだった。
一人廊下を歩く鞘丸が、扉の前で立ち止まる。

「陛下、お呼びでしょうか」

「鞘丸か。入れ」


他とは明らかに造りの違う、落ち着きはあるが調度品などは値も付けられぬほど高価なものが並ぶこの部屋は列王の自室だ。


「今日は城内に居られるとの事で護衛は不要、と伺っていたのですが一体何が…」

何の要件かと問いながら部屋に入ると、列王以外の人物がいることに気が付く。

「‥父上…何故ここに?」

自室の椅子に腰かける列王の横には己の父、陽炎の姿があった。相変わらず面のような表情で、何を考えているかは分かり辛い。


「儂が呼んだ。少し調べて欲しい事があってな。鞘丸、天姫は元気にしているか?久しぶりに顔が見たいのう」

少し残念そうな列王に、鞘丸は答える。

「部下を付けて祭りを楽しんでもらっています。臨王の城を出てから、今度はずっと里に閉じ込めてしまっているような形になっていたので…」

仕事があるとはいえ、そこは正直申し訳ないと鞘丸は思っていた。しかし‥


「里にいてもらった方が、守りやすいからな」


それまで黙っていた陽炎が口を開いた。
鞘丸は驚き、目を見張る。

「気付いていたのですか、父上」

「里の土砂崩れの事も、お前と彦次郎が動いていることも分かっている。勿論、あの娘の稀有な力の事もな」

全てお見通しだったか。流石だ。まだまだ敵わない。

「…やはり、天姫の事を利用しようとする者がいるのだな」

やっと自由を得た、古き友人の愛娘にまた危険が迫っているのか‥と列王は渋い顔をした。

「最近、兵ノ国が妙な動きをしている。あそこの国王も臨王に負けず劣らずの戦好きだ。しかもタチが悪い事に、臨王よりも遥かに頭のキレる奴よ。どうやら儂が預かっている臨ノ国の土地が欲しいようだ」

「臨ノ国は鉱山も多く、資源の豊富な土地が多いです。臨王は戦にかまけてそれを活かせなかったようですが。兵王はその土地を自国の物として国力を上げ、行く行くはこの列ノ国も侵略するつもりなのかと」

彦次郎と自分が調べていた事を鞘丸は列王に伝える。

「なるほどな‥」

「それと‥」

鞘丸が少し言葉を選びながら喋ろうとするが、陽炎がそれを遮った。

「‥兵王の側に最近妙な男が付いている。呪術などという奇妙なものに長けた者のようで、其奴が兵王の戦を後押ししている」

「男の素性は分かっておるのか?」


陽炎は少し間を置くと、静かに答えた。


「男の名は、鈨丸(はばきまる)。我が息子、そして鞘丸の兄だ」


ああ、やはり父上はそれも気付いていたか。
鞘丸は静かに目を伏せる。

忍び隊、組頭陽炎には二人の妻がいた。一人は、鞘丸の母であり列王の縁者である芳乃。もう一人は同じ忍びの里の生まれで陽炎の幼馴染であった女性、名を露草(つゆくさ)といった。

露草の方が先に陽炎に嫁いでいたが、立場上芳乃が正室、露草が側室となった。露草の方が先に身籠り男児を産み、その三年後に芳乃も男児を産んだ。それが鈨丸と鞘丸であった。

鈨丸は、嫁いだのも母が先、産まれたのも自分が先、なのに何故父の後を継ぐのが鞘丸なのか。ずっとその思いを抱えて生きていた。それが抑えきれなくなったのが鈨丸が十六歳、鞘丸が十三歳になった頃‥‥露草が病で亡くなった時だった。

「母上に斯様な扱いをした父上を私は許さない。
全てを手に入れようとしている鞘丸を私は認めない」

その呪いの言葉を残して鈨丸は里から姿を消した。

それから五年。手を尽くしたが鈨丸を見つける事は叶わなかった。



「生きているとは思っていたが‥」

今度は陽炎が目を伏せた。

「元々、忍術よりも勉学の方が兄上は得意でした。いつも難しげな本を読んでいたような人だった。行き着いた兵ノ国で、怪しげな呪術にでも出会い身に付けたんだろう。俺が若頭になって、いつかは何か仕掛けて来ると思っていたが‥でも天姫を狙うなら話は別です」

陽炎の立場や母達の事、簡単に飲み込めない部分はあるがもう鞘丸には譲れないものがある。

「陛下、これは我が一族の不始末。兵ノ国との戦に我が愚息が関わっているのではあれば、その始末は儂と鞘丸で行う」

これも忍びの性か‥と列王は深いため息を吐いた。

「鈨丸についてはお前達に任せる。だが、戦となればそれだけでは済まん。陽炎も念の為、明日は儂の護衛についてもらおうか。他の忍び達には、このまま兵ノ国を探らせておけ。鞘丸、お前は何があっても天姫を守れ」

「「御意」」


「やれやれ、折角の誕生日だというのにな。今年は心配事が絶えぬわ」

そう呟くと列王は椅子に深く座り直した。

「ところで鞘丸、天姫とは仲良くやっているのか?」

「陛下に呼び出されなければ、今頃は二人で祭りを見て回っていましたよ」

鞘丸がジトっとした目で列王を見る。

「はははっ!すまん、すまん!」

全く悪いと思ってなさそうな言い方である。

「今年は店も沢山出ているからな。何か天姫に買って行ってはどうだ?どうせまだ、贈り物の一つもしたことがないのだろう?」

失礼な‥いや、でも確かにそうだ。臨王のところにいた時に渡した花は流石に数にはいれたくない。

「陽炎も昔は芳乃によく贈り物を‥‥したのか‥?いや、お主もした事があるのか?」

「‥‥‥あるには、ある」

何とも歯切れの悪い返答。
父と母の内情を知りたい様な、知りたくない様な。
鞘丸も複雑な気持ちである。

天姫へ贈り物か。今日の約束を反故にしてしまったし、お詫びも兼ねて良い考えかもしれない。
列王の用事はもう済んだ様だし、夕方までまだ少し時間がある。あの辺りの店が良いかもしれない。城に来る途中に通り過ぎた店達を思い出す。

まだ話し込む父達に軽く声を掛けると、鞘丸は部屋を後にした。