儚き少女は気高きあやかし王に愛されます


◯東地区・酒屋・夕方・ゆずるside

酒屋に着くと、ゆずるは意を決し店の中に入る。

先輩従業員「ゆずるじゃないの!」「店やめたって麻美さんから聞いたけど、あんた何しに……」

先輩従業員は、ゆずるの後ろに立つ王牙を見て、頬を赤く染める。

先輩従業員「い、いらっしゃいませ!どうぞお上がりください」
王牙「私は客ではない」

王牙はゆずるの手を引き、酒屋に入り廊下を歩く。
すれ違うあやかし、人間は王牙のその美しさ見惚れる。

ゆずる(そうだよね。王牙様は完璧な美貌をお持ちの方。とても冷酷無慈悲な方には見えない)

部屋に入ると、ゆずるは風呂敷の中にある着物を確認する。

ゆずる(よかった、あった)

そこに翠がやって来る。

翠「お客様、ここは従業員以外立ち入り禁止です」

翠はドアに寄りかかっている王牙を見ると、眉を顰める。

翠「あなたは……」

部屋の中にいるゆずるに気づくと、翠はハッとした顔をする。

翠「ゆずる……」

ゆずる(翠ちゃん……)

ゆずるは気まずく翠から目を逸らし俯く。

翠「どうしてここにいるの」

ゆずる【荷物を取りに来たの】

翠「ふーん……」

翠は鏡台の前に座ると化粧を始める。

翠「私、悪いと思ってないから。あんたにしたこと」「むしろ感謝してほしいくらいよ。口も聞けない、地味でなんの取り柄もないあんたのことを仲間に入れてあげてたんだから」

翠の悪意のある言葉に、悲しむゆずる。
翠は立ち上がると、ゆずるの前に立つと笑みを浮かべる。

翠「友達だと思ってた?ざーんねん。そう思ってたのはあんただけ。私は一度もあんたを友達だと思ったことない」

翠の後ろに立った王牙は緑の口を片手で塞ぐ。

王牙「貴様、それ以上、私の女を悲しませてみろ。その口、にどと開けないようにしてやる」

王牙は目を光らせ、鋭い爪を翠の首筋に立てる。怒りで体からは赤い妖気が出ている。

【妖気】あやかしが放つ、オーラのようなもの。

恐怖を感じ、体を震わせる翠。
焦ったゆずるは王牙の着物を引っ張る。

王牙「……やめろとでも言っているのか?」

ゆずるは頷く。

王牙「なぜだ。こいつはお前を蔑んでいる。許しておけぬ」

ゆずる(そうだけど……)※ゆずるの頭の中には、翠との楽しい日々が思い出される。

ゆずる「……」
王牙「とんだお人よしだな」

王牙は翠から離れる。
翠はその場に力無く座り込む。
王牙は背を向けると部屋を出ていく。

ゆずる(……呆れられてしまったかな)

酒屋を出るとゆずると王牙を麻美が追って出てくる。

麻美「待ちなゆずる!」

足を止め、振り向くゆずる。
麻美は呼吸を整えると口を開く。

麻美「行くのかい?」

ゆずるは頷く。

麻美さん「今まで通り、ここで働いてくれてていいのに。あんたがいてくれてこの店は助かってたんだから」

にこやかな笑みを浮かべながらそう言い、麻美はゆずるの隣にいる王牙を一瞥する。

ゆずる(麻美さん、今までそんなこと言ってくれたの一度もなかった……今になってこんなことを言ってくるのは、きっと……)

ゆずるは王牙を見上げる。
王牙は凛と佇んでいる。

ゆずる(居心地の良いと言える場所ではなかった。だけど、ここに置いてもらえたら、生きてこられた)

ゆずるは麻美に向かって深々と頭を下げる。

ゆずる(今までお世話になりました)

顔を上げると、ゆずるは先を歩き出した王牙を追う。
ふと、足を止める王牙に、ゆずるも足を止める。

王牙は「ゆずる。これから先も、さっきのように傷つくことが待っているやもしれん。だが……これからは、私がいることを忘れるな」

ゆずる(王牙様……)

ゆずるは王牙を見上げながら、笑顔で頷く。
王牙はゆずるの肩を抱くと、歩き出す。


◯東地区・酒屋付近・夕方・昴side

酒屋を後にするゆずると王牙の背中を見つめる一人の男。

昴「あれは……じいちゃんが言ってた、犬神のあやかし……?」

【日野昴】(ひの すばる)祓い屋の少年、明るい色の短髪、お坊さんの格好をしていて、頭には口元まで覆う白い頭布、裏頭をかぶっている、手には錫杖を持っている。

昴(隣にいるのは人間……?どうしてあんな大あやかしと人間が一緒に……それも、あんな寄り添い合って……)

昴「まさか、恋仲?……フッ、それはないな」
昴の祖父「昴、何をしている。行くぞ」
昴「あ、はい……!」

昴は先を歩いていた祖父の後を追い、ゆずる達とは逆の方向へ行く。