儚き少女は気高きあやかし王に愛されます


◯東地区・酒屋(店前)・夜・ゆずるside

黒曜はゆずるを地面に突き飛ばす。

ゆずる「っ……!」
黒曜「お嬢さん、お前はこの世界のことを分かっていないね。お前達人間が生きていけているのは、僕達あやかしのおかげなんだ」「人間風情が、あやかしに逆らっちゃいけないよ」

そこに焦った様子の麻美がやって来る。

麻美「黒曜様、ど、どうされたのですが!?」
黒曜「この娘が、源河の金貨を盗んだんだよ」
麻美「なんと……」

ゆずる(違う。私は盗んでなんかいない。翠ちゃんから預かっていただけ。そう言いたいのに、声が出ない……っ)

呆然とした様子でゆずるを見下ろす麻美に、ゆずるは麻美を見て、必死に首を横に振り、懇願の眼差しを向ける。

麻美「申し訳ありません黒曜様。この者は戦争で親を失った孤児で、他の地区からやってきた身寄りがない娘。可哀想に思いうちで働かせましたが、お金なさに盗みを働いたのでしょう」

源河に頭を下げながら、薄汚いものを見るかのような目をゆずるに向ける麻美。

ゆずる(どうして誰も信じてくれないの。私は、本当に何もしていないのに……)

黒曜「よそ者が、僕が統治する地区で犯罪を犯すとは、これは重大な違反だ。処罰が必要だね」「源河だって、そう思うでしょ?」
源河「え、まぁ、そうですな……」「よろしいのですか?この娘は。王牙様が目をかけている人間。下手に何かすれば、王牙様が黙っていないのでは……」

黒曜は「フッ」と笑うと源河の胸ぐらを掴む。

黒曜「小物が僕に指図しないでよ」
源河「も、申し訳ありませんっ……」

黒曜は源河から手を離す。

黒曜「封印が解かれたって聞いたけど、先代の封印がそう簡単に解かれるわけがない」

黒曜は懐にある刀を抜き、ゆずるにゆっくりと近づいて来る。

ゆずる(殺される……!)

ゆずるは逃げようとするが、黒曜がゆずるの髪を掴む。
グイッと強く髪を引っ張られ、ゆずるは痛みで顔を顰める。
黒曜はゆずるの首に刀を当てる。
ふと酒屋に目を向けると、酒屋の中、柱に隠れてこちらを見ている翠と目が合う。
助けようともせず、自分の身だけを守るその姿に、ゆずるは絶望する。※何があっても、私がゆずるを守ってあげるから。と言ってくれていた翠の姿が、ゆずるの頭に思い浮かぶ。

ゆずる(こんなの酷いよ翠ちゃん……)

涙を浮かべるゆずる。
周りの人間達は見て見ぬふりをして通りすぎていく。

ゆずるモノ『お母さんもお父さんも死んだ。翠ちゃんだけが私の味方だった。でも、それは違った……』『この世界に私の味方なんていない』

ゆずる(こんな理不尽な世界、もう嫌っ……助けて……誰か)※ゆずるの頭に、王牙の顔が浮かぶ。
(助けて王牙様っ……)

黒曜「死を持って償え」

そこに王牙がゆずるの元に飛んで来る。※勢いよく飛んできたことが分かるように、地面の土を舞わせる。
黒曜はゆずるから離れる。

ゆずる(王牙様……?)

ゆずるは涙を流しながら王牙を見上げる。

王牙「もう大丈夫だ」

王牙はゆずるの前にかがみ込むと、指で優しく涙を掬い取る。そして、片手でゆずるを自分に抱き寄せる。

黒曜「王牙様……本当にお戻りだったとは」
王牙「……黒曜」
黒曜「嬉しいな。僕を覚えていてくれていましたか?」
王牙「貴様のように歪んだあやかしは嫌でも忘れん」

王牙の嫌味に、黒曜は鼻で笑う。

周りにいたあやかし1「王牙様だ……」
周りにいたあやかし2「封印が解けたのか?」
源河「あれが、あやかし最強と謳われる犬神一族のご当主……なんとお美しく気高いお方なのだ」

源河含め、周りにいたあやかし達は王牙を恐れながら魅了されながら頭を下げる。

ゆずる(すごい……あやかし達が迷いもなく王牙様に頭を下げている。王牙様は、本当にあやかしの王なんだ)

王牙「誰の許可を得て、この娘に手を上げようとしている」
黒曜「その者は私の家来の金貨を盗まれたのです。罰を与えるのは当然のこと」

王牙はゆずるを一瞥する。
ゆずるは肩を振るわせながら首を横に振る。

ゆずる(違う……私は盗んでないんです。信じてください、王牙様)

王牙「この娘はそんなことはせん。何かの間違いだろう」
黒曜「ですが、その娘の懐から金貨が落ちたのです。それが何よりも証拠でしょう」
王牙「私がせんと言っているのだ。この意味が分からないほど、お前は愚かだったか、天狗……?」

王牙の金色の瞳がギラリとひかる。

黒曜「おかしいな……僕の記憶では、貴方様は大の人間嫌いのはず。それがなぜ、人間の小娘を腕の中に置かれているのですか?そんな大事そうに……」

王牙はゆずるを立ち上がらせると、ゆずるの肩を引き寄せる。

王牙「よく聞け、王牙は四百年の眠りから戻った。そしてこの娘は、我が伴侶となる人間だ。誰にも手出しはさせん」

王牙のその言葉にみんなどよめき出す。
王牙はゆずるを抱き抱えると空へ飛び立つ。
空を見上げた黒曜は、不敵な笑みを浮かべる。

黒曜「最強と謳われるあやかし王が、人間の娘如きに随分とご執心している……面白いじゃないか」