儚き少女は気高きあやかし王に愛されます


◯東地区・酒屋(お座敷)・夜・ゆずるside

翠とお座敷に入ると、そこには天狗のあやかし、黒曜がいる。隣には、源河とその手下もいる。

黒曜(こくよう)ゆずるが住む東地区を統括する天狗のあやかし。顎あたりで切り揃えられた黒髪、黒い着物、真っ赤な瞳、糸目、ミステリアス、人型のあやかし、性格は傲慢で歪んでいる、腰に刀、人間加算で言うと二十歳。

源河「黒曜様、あの娘でございます」

源河の言葉に、黒曜が振り向く。
ゆずるを見るなり、黒曜は目を丸くしてそう言うと、面白そうに笑みを浮かべる。

黒曜「あれが……」
翠「ゆずる、あのあやかしと知り合なの?」

声を顰めて聞いてくる翠にゆずるは首を横に振る。

ゆずる(私は彼を今日、初めて見た)

黒曜は立ち上がると、ゆずるの前まで歩み寄る。

黒曜「はじめまして人間のお嬢さん、僕は黒曜と言って、天狗のあやかしだ」
翠「天狗……ってことは、あなたがこの地区の統括者様!?」
黒曜「その通りです」

驚き大声を出す翠に、黒曜はにっこり笑う。

ゆずる(この男が、東地区の統括者、天狗の黒曜……実物を見るのは初めて……)

黒曜は背中を丸めるとゆずるに顔を近づけ見定めるようにじっと見る。
赤い瞳にじっと見られ、ゆずるは思わずのけ反る。

黒曜「あの犬神一族のご当主様がご加護をするなんて、一体どんな娘なのかと思っていたけど、フッ……本当にただの人間の娘じゃないか」

黒曜はおかしそうに笑うと姿勢を正す。

ゆずる(犬神のご当主って、王牙様のこと……だよね……?)

黒曜「あの方はなぜ、あなたなどを気にかけるのか……」

黒曜は理解に苦しむようにため息混じり言う。

ゆずる(よく分からないけど、このあやかし、なんだか怖い……顔には笑みを浮かべているけど、目が全然笑ってない)(それに、怒りのようなものを感じる……)

ゆずるは急いでおぼんに乗せていた料理をテーブルの上に置くと、一礼してお座敷を出ようとする。
背を向けた時、懐から金貨が落ちてしまう。

源河「ん……?あれは!」

驚いたように目を見開いた源河。
ゆずるがその視線を追うと、そこには金貨が落ちている。

ゆずる(まずい……!)

ゆずるが拾う前に、黒曜が金貨を拾う。

黒曜「源河、お前、さっき金貨を落としたとか言っていなかったか?」
源河「は、はい……無くしたと思っていましたが……お前が盗んでいたのかっ……」

源河はゆずるを睨む。

ゆずる(ち、違う私は!)

ゆずるは必死で首を横に振る。

黒曜「盗みはよくないな?」

不気味な黒曜の笑みに、ゆずるはゾクリとする。

ゆずる(助けて翠ちゃん!)

ゆずるが翠を見るも、翠はサッとゆずるから目を逸らし、知らんぷりをする。

ゆずる(……翠ちゃん?)

ゆずるが翠を見る視線に、黒曜も翠に目を向ける。

黒曜「そっちのお嬢さん、何か知っているんですか?」

黒曜の不敵な笑みと鋭い視線に、翠は恐怖で身を縮めて俯く。

翠「……わ、私は……何も知りません。私は無関係です……!」

声を震わせながらも、翠は言い切る。

ゆずる(何言って……)

黒曜は乱暴にゆずるの着物の首元を掴むと、酒屋の外に連れ出す。