痛みさえ愛しい恋だった【7月新刊発売予定】


「ダメって?」
「がっつり曇ってんだろ。多分見えねぇよ、日の出」

 僕はそう言われて初めて、日の出が見えない可能性もあることに気がついた。
 ここに来れば見られるものだと思いこんでいた。朝日は必ず昇るものだから、と。遮るものの存在もあって当然なのに、なぜ気づかなかったのだろう。
 腕の中で、羽子さんがもぞもぞ動く。毛布から首を伸ばし、彼女も遠くの海を見た。静かな目をしているが、何を思っているのだろうか。
 昨夜から空には雲がかかっていた。日の出が見えない可能性に気づいていれば、羽子さんに無茶をさせることはなかっただろう。失敗した。

 そこからは、僕らは無言で日の出の時間を待った。空全体を厚く青黒い雲が覆っているのがはっきりと見えても、誰もその場を離れようとはしなかった。
 やがて、水平線との境目あたりの雲が薄くなっている部分が、明るいオレンジに染まるのが見えた。
 日の出だ。だが、僕らが待っていた、司狼がすごいと言っていた光景は、僕らの前には現れてはくれなかった。
 司狼が何本目かの煙草に火をつける。羽子さんは動かない。僕は、迷っていた。
 彼女にかける言葉は、何が適切なのか。
 また見に来よう、と気軽に言える相手ではない。今回の病院脱走で、きっと羽子さんの行動は制限されるようになるだろう。監視のようなものもつくかもしれない。それに彼女は、次の機会を待てるほどの時間があるかもわからないのだ。
 そう考えると、ますます強く思う。見せてあげたかった、と。今日この瞬間、羽子さんに見せてあげたかった。

「……ごめん、羽子さん」

 気づけば口をついて出たのは、迷っていた言葉たちとはまったく別のものだった。
 羽子さんが僕の腕の中で、ため息混じりに笑うのがわかった。

「何で……謝るかなぁ」
「羽子さん? ……羽子さん!」

 腹を抱えるように体を丸め、羽子さんが震え出す。
 青白い顔を歪め、うううと獣のようなうめき声を上げる。

「羽子さん、痛いの?」