「ダメって?」
「がっつり曇ってんだろ。多分見えねぇよ、日の出」
僕はそう言われて初めて、日の出が見えない可能性もあることに気がついた。
ここに来れば見られるものだと思いこんでいた。朝日は必ず昇るものだから、と。遮るものの存在もあって当然なのに、なぜ気づかなかったのだろう。
腕の中で、羽子さんがもぞもぞ動く。毛布から首を伸ばし、彼女も遠くの海を見た。静かな目をしているが、何を思っているのだろうか。
昨夜から空には雲がかかっていた。日の出が見えない可能性に気づいていれば、羽子さんに無茶をさせることはなかっただろう。失敗した。
そこからは、僕らは無言で日の出の時間を待った。空全体を厚く青黒い雲が覆っているのがはっきりと見えても、誰もその場を離れようとはしなかった。
やがて、水平線との境目あたりの雲が薄くなっている部分が、明るいオレンジに染まるのが見えた。
日の出だ。だが、僕らが待っていた、司狼がすごいと言っていた光景は、僕らの前には現れてはくれなかった。
司狼が何本目かの煙草に火をつける。羽子さんは動かない。僕は、迷っていた。
彼女にかける言葉は、何が適切なのか。
また見に来よう、と気軽に言える相手ではない。今回の病院脱走で、きっと羽子さんの行動は制限されるようになるだろう。監視のようなものもつくかもしれない。それに彼女は、次の機会を待てるほどの時間があるかもわからないのだ。
そう考えると、ますます強く思う。見せてあげたかった、と。今日この瞬間、羽子さんに見せてあげたかった。
「……ごめん、羽子さん」
気づけば口をついて出たのは、迷っていた言葉たちとはまったく別のものだった。
羽子さんが僕の腕の中で、ため息混じりに笑うのがわかった。
「何で……謝るかなぁ」
「羽子さん? ……羽子さん!」
腹を抱えるように体を丸め、羽子さんが震え出す。
青白い顔を歪め、うううと獣のようなうめき声を上げる。
「羽子さん、痛いの?」
