同じ電車の男子高校生が気になる

 次の日、電車が駅に着くと、春川先輩は乗り込んでくるなり俺の席を覗き込んだ。

「昨日、ごめん」

 俺の顔色をうかがうような先輩の態度にちょっと面食らう。

「おはようございます」

 俺が挨拶したら先輩はほっとした顔で笑い、「おはよ」と言っていつものように俺の隣に座った。

「すごいうるさかったでしょ。こいつらバカだなーて思わなかった?」
「全然。先輩の雰囲気が新鮮だったし、話も面白かったです」
「ほんとかな……」
「あ、聞いちゃってて、それはすみません。聞き耳立ててたわけじゃないんですけど」
「いいよ。あいつの声でかいし。でも教室のノリ聞かれてたの普通に恥ずかしい」
「こっちの車両に乗らなくてよかったんじゃ? 多分隣も空いてましたよ」
「みずきが、俺が来ないって思うんじゃないかと思って」
「え?」

 ぽそっと言った先輩を見る。
 先輩はスマホに目を落としていて、縁を指で撫でながらちょっと早口になった。

「あいつが朝急に一緒の時間に来るとか言うから、みずきに言っておきたかったけどできなくて。来ないなって心配させるかなと思ったから、なら同じ車両に乗ればいいかって。みずきの顔見たかったし」
「あ、そっか……。ありがとうございます。気を遣ってくれたんですね」

 別に毎朝一緒に行こうと約束をしているわけでもないのに、俺に気遣ってくれたのか。
 お礼を言ったら、先輩はにこりと笑った。

「俺がそうしたかっただけ。でもみずきのことあいつに知られんの嫌だから、話しかけなかった。ごめんね」

 ごめんね、という声がやけに優しく響いてドキッとした。ドキッとした自分に慌てて、急いで首を振った。

「そんなの全然大丈夫です。先輩こそ、俺がいつも話しかけちゃって大丈夫ですか?」
「もちろんいいよ。なんで?」
「昨日、一人で本読めるのがいい、みたいなこと言ってたから」
「ああ、あれはあいつに来んなよっていう、牽制だから。本読むのはいつでもできるし、朝はみずきと話す方が楽しい」
「あ……俺も、です」

 綺麗な顔でさらっとそんなことを言われたので、俺はどもりながら懸命に同意した。照れずにこんなこと言えるってすごいな。
 でも楽しいと言われて、俺はちょっと弾んだ気持ちになっている。つまり、これからも一緒に乗ってていいってことだよな。
 頬が熱くなっている気がして、下を向いてリュックのベルトを意味もなくいじっていると、横から先輩の視線を感じた。

「俺、自分の好きなもの人に見せたくないタイプなんだよね」

「……ん?」

 なんか、聞き間違い? 先輩から好きっていう言葉聞こえたけど。
 動揺するより先に、俺の目の前にずいっとスマホが差し出された。

「だから、今更なんだけど連絡先交換しよ。また急に昨日みたいになったら、事前に教えたいから」
「あ、はい。そうですね」

 慌てて俺もスマホを取り出す。
 言われるままにメッセージアプリのアカウントを交換した。俺の頭の中はさっきの先輩のセリフがまだくるくるしていたので、先輩のアイコンが増えたリストを見つめながらぼーっとしてしまう。

「朝の連絡じゃなくても話しかけてい?」
「はい。もちろん」
「じゃあ暇なとき緩くやり取りしよ」

 嬉しそうにスマホを見ている先輩を眺め、俺は時間差で心臓がドコドコいうのを感じた。煮込んだスープみたいに、またじわじわ顔が熱くなってくる。
 手の中でスマホが震えた。
 画面を見ると、隣にいる先輩からのメッセージ。
 トーク画面に、絶妙な感じで太ったブサ猫が『よろしく』と言っているイラストのスタンプが表示された。名前しか知らないブランドのおしゃれな香水瓶が先輩のアイコンで、その先輩が俺のトーク画面にいる。
 
 連絡先、ゲットしちゃった。あの春川先輩の。

 まだ現実感のない俺は、とりあえず何か反応しなければという気持ちで気に入ってるスタンプを押し、『よろしく』を返した。

「何これ? 何のキャラ?」
「ひじきです」
「なんで」

 噴き出す先輩に「好物なので」と答えると先輩は「渋すぎる」と言ってもっと笑った。

「ご飯のとき副菜で横にあったら嬉しいやつです」
「ああ、そうだね。ご飯進むし。唐揚げについてると俺も嬉しい」

 同意してくれる先輩に「ですよね」と頷きながらも、先輩の好きって、そういう方向ですか? という質問は喉まで出かかっていたけど、さすがに口にはできなかった。