同じ電車の男子高校生が気になる

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 その日も、先輩の駅に着くまで、俺はいつもの席に座ってあれこれと考えていた。
 そういえば、昨日話していた本の続巻が出るらしいから、先輩が知ってるか聞いてみよう。初版には限定のしおりがつくってネットで見かけたから、ほしいならすぐ買わなきゃって、教えなきゃ。
 あと一駅。
 先輩、今日もブレザーの下にカーディガン着てるかな。

 電車が駅についた。
 ドアが開く音がして、人が乗り込んでくる。
 見慣れた制服が視界に入ってすぐに挨拶しようとしたら、先輩の隣に知らない男子高生がいて声が引っ込んだ。
 先輩と同じ制服だ。親しそうに話しているから友達なんだろう。先輩が誰かと電車に乗ってくるのを初めて見る。
 会話を遮って挨拶しづらくて、そっと様子をうかがった。
 友人さんは先輩と同じくらいの身長だ。先輩は今日グレーのカーディガンで、こっちの人は黒いパーカーをブレザーの下に着ている。並んでいると、完成された今どき男子のお手本みたいだった。
 圧倒的陽のオーラに完全に気後れする。

「この時間ガラガラだなー」

 先輩の友人は当然俺を知らないので、目の前を横切って空いてる車内を突っ切っていく。
 対面ではなく俺と同じ側に、いくつか席を離して腰を下ろした。
 春川先輩は一瞬俺を見てアイコンタクトした気がしたけど、声をかけられることはなくて、そのまま友達の隣に行った。

 まぁ、俺に話しかけたら、こいつ誰? って話になるから面倒だよな。
 当然の反応。会話の邪魔しないように知らないふりしよう。

 俺はリュックから文庫本を取り出して開いた。
 目で文字を追うが、横から聞こえる会話がどうしても気になってしまい、つい聞き耳を立ててしまう。先輩が友達とどんなふうに話すのか、気になるじゃん……!

「春川んち駅から近くていーよね。いつもこの時間に乗ってんの? 早すぎじゃね?」
「人少ないから座れるし、周り気にしないで本読んだりできるから快適なんだよ」
「ふーん。一年の頃はちょくちょく会ってたのに、二年になって全然会わなくなったから時間変えたんかと思ってたわ。これから俺もこの時間にこよっかな」
「起きれんの?」
「無理っす」
「まあ、来ても一緒の車両座んないけどね」
「応援くらいして。優しくないよ、春川君」
「俺はこの時間に一人で乗るの気に入ってるんだから、邪魔すんな」
「ケチー。クラスの皆に春川が乗ってる電車の時間バラしてやる」
「そうしたらもうお前にはテストの山張りを教えない」
「すみませんでした」

 テンポのいい会話だな。
 友達と話すときの先輩の素を見てるって感じでちょっと新鮮だ。いつも俺と話すときよりも口調が雑だし。

「あー腹減った。今日早く出たから時間なくて朝メシ抜いたんだわ。春川、教室着いたら早弁どう?」
「しねーよ」
「春川の弁当を食べさせてくれんのはどう?」
「なんで俺の弁当食うんだよ。自分の食べろ」
「はあ……あれもダメこれもダメ。つめたい男だよほんと」
「知らん。もたれかかるな」
「でも顔がいいから許しちゃうんですよね。みんな騙されてますよ。あー俺もモテたい。駅着いたらパン買います?」
「誰に話してんだよ」

 そっけない口調でも、空気感から気心知れた仲の良さみたいなものが滲んでいるから安心して聞ける。
 友人さんは今日はたまたまこの時間に乗ったみたいだ。これから同じ時間に乗ろうというような内容も聞こえたから、俺はちょっとドキっとしてしまった。

 でも、実際問題もしそうなったら、俺はもう先輩とは話せないのかな。

 さすがに仲のいい友達がいるのに俺のところに来るなんてことはないだろうし。
 そう思ったら、不思議なほどがっかりしている自分に気づいた。
 先輩と話すの楽しかったから、毎朝のこの時間がなくなってしまうのは寂しい。先輩と他人同士に戻ってしまうなんて、そんなの嫌だな。

 やきもきして思い悩んでいたら、二人の話はそのまま食べ物の話題に移行していた。

「まじ腹ヤバい。どうしよ春川、このまま追試とか受けられん」
「女子にお菓子もらえば?」
「いや俺パン食いたいから」
「どんだけパン食いたいんだよ。買えよじゃあ」
「春川何買う? 女子が食べてるちっさいグミとか?」
「あんなん買うなら俺もパン食べるわ」
「パン万能説……そういや春川、ドバイチョコって知ってる?」
「ドバイ? なに急に。アラブの?」
「そう、最近流行ってんだって、なんか高級?チョコ。綾ちゃんが昨日言ってて、なんやそれってなった」
「ただのチョコとどう違うん」
「ちょい待ち、昨日調べた」

 友人さんがスマホを取り出す。

「ドバイチョコレートとは、ドバイ発祥の高級チョコレートです。チョコレートの中に、濃厚なピスタチオペーストと、カダイフを香ばしく炒めたものをたっぷりと詰め込んでいるのが特徴です。とのこと」
「何? カダ……?」
「カダイフ。麵状になってる生地だって。意味わからん。俺も昨日知ったけど何もわからんってなった」

 スマホを二人で覗き込んでいるらしい。はあ、とか。ふーん、とかいう先輩の声が聞こえる。

「よくわかんないわ。忘れよ」
「いさぎよ。そういうとこ好きだわ春川」
「男はパン食えばいいよ」
「お前もパン好きなんじゃん」
「一応、綾ちゃんにはドバイのやつ美味しかったら教えてって言っといて」
「もう、すぐ手のひら返すんだから……」

 ちょっと落ち込んでいたのに、会話を聞いていたらつい笑ってしまいそうになる。
 先輩は、やっぱり大声で冗談を言って笑うようなタイプじゃない。普段はこんな感じなんだな、とわかって嬉しくもあった。ちゃんと男子のノリで、なんか安心。
 先輩楽しそうだし、友達がいたらやっぱり俺なんかと話すよりもそっちの方がいいよな。寂しいけど、先輩が楽しそうな方が俺も嬉しいし。

 二人の会話を心地よく聞き流しつつ文庫本にちょくちょく目を落としていると、やがて先輩達が降りる駅に着いた。

 友人さんは相変わらず話し続けていて、俺の前を横切ってホームに降りていく。
 それに続いて、相づちを打つ先輩が俺の前を通る。

 また一瞬目があった気がして、俺は軽く会釈した。

「ごめんね」

 と、ほんの小さな囁きが聞こえた気がした。
 それから、ぽん、と俺の頭の上に軽い感触が乗る。温かいものが優しく触れて、すぐに離れた。

「っ?」

 それが先輩の手だと気づいたときには、もう先輩は電車を降りている。

 プシューと音を立てて扉が閉まった。

 え。今、頭ぽんって……

 残された俺は横を向いたまま固まって、一瞬後にぶわっと赤面した。

「えぇ……?」

 なんだ今の。ただしイケメンに限るってやつ? すごいよ、ドキドキする。
 ドキドキというか、これはもうキュンじゃない?
 先輩の手の感触が頭に残っている気がして、意識したら心臓の音がうるさい。文庫本に目を戻しても、ちっとも頭に入らなかった。

 ちょっと、このままだと俺はヤバいんじゃないか?

 何がヤバいのかは、自分にもよくわかんないんだけど。