同じ電車の男子高校生が気になる

 前田を見送った先輩が、改めて俺を見る。

「俺達も移動しよっか。ずっと寒いとこで話させてごめん」
「大丈夫です。あ、先輩、胡桃ちゃんのところは? いつ頃行きますか?」

 まだ早いから大丈夫だと思うけど、先に時間を確認しておいた方がいいよな。
 先輩は俺を見て意味深に笑い、俺の手を掴んで歩き出した。さりげなく手を繋がれてどきっとする。
 冷たく乾いていた手の指が、先輩の手のひらに包まれる。しっかり握られると俺より手が大きいから、意識したら急にどきどきしてじわっと手のひらに汗が滲んだ。
 先頭車両の停車位置に向かいながら、先輩が口を開く。

「実は胡桃の件、もう大丈夫になった」
「え?」
「彼氏できたって、胡桃」
「ええ!?」

 またびっくりして俺が声を出すと、先輩は軽く肩をすくめて説明してくれる。

「なんか、先週彼氏の方が俺と胡桃が一緒に電車乗ってたの見て、俺を彼氏だと勘違いしたらしくて。失恋するなら告るだけさせてほしいって告ってきたって。昨日の夜」
「それで胡桃ちゃんも好きだったんですか?」
「そうみたい。なんかいい感じにはなってて、あと一歩のきっかけ待ちだったって」
「よかったですねぇ」

 うん、と頷く先輩が「ほんとよかった」と呟いた。

「彼氏はわりと近くに住んでて、付き添い志願してくれたから俺は晴れてお役御免」
「えっと……じゃあ」
「明日から、またみずきと朝一緒に行けるよ」
「ほんとですか?」

 つい声が弾んでしまう。

 雲り空が晴れて、青空の下で日向の芝生を踏んだみたいにぱあっと明るい気持ちになった。
 先輩と俺の朝の時間が、また戻ってくる。

 すごい、先輩と付き合えるって思ったときよりも、もしかしたら嬉しいかもしれない。
 胸がぽかぽかして、うきうきと心が浮き立つ。
 俺って先輩と電車で話すのが本当に大好きだったんだなって実感した。

「嬉しいです。胡桃ちゃんにもおめでとうって言っておいてください」
「うん。今日までは帰り迎えにいくけど、あいつ帰り遅いしまだ時間あるから、俺の家行く? もう少し話してたい」
「はい。俺もです」

 このままそれぞれの家に帰ってしまうのは惜しい気がして、先輩の言葉に頷いた。もっと話してたいって、俺も思う。
 繋いだままの手が離されないから、手汗が大丈夫か気になってきた頃、アナウンスが流れる。すぐに俺達が並んで待つホームに電車が来るのが見えた。
 先頭が近づいて、先輩が名残惜しそうに手を離し、代わりに俺に内緒話するように顔を寄せてきた。

「家着いたらもう一回抱きしめるの、あり?」

 こそっと囁かれて、俺は真っ赤になりながらマフラーに顔を埋めた。

「は、い。いいです」
「キスは?」
「…………オッケーです」
「やった」

 小さく呟いた先輩が、ドアが開いた電車の中に楽しげな足取りで入っていく。
 俺は赤面しすぎて頭が沸騰しそうになりながら、先輩に続いて電車に乗り込んだ。暖房の風が頬に当たって、もっと火照ってしまうから困った。





 先頭車両はすいていて、先輩が連結部の傍の座席を見つけてそこに並んで座った。
 向かいの優先席スペースには誰もいない。
 先輩の隣に座ると、景色が似ているからか最初に先輩に話しかけられた日を思い出した。

「なんか懐かしいね」

 先輩も同じことを思ったのか、小さく呟く。

「俺もいま、そう思ってました」
「あのときの俺、内心テンパってた」
「え? 嘘ですよ。先輩普通でしたもん。俺の方がヤバかったですって」
「俺緊張してるときほど顔能面になるから。心臓ヤバかった」
「そうだったんですか? 俺、話しかけてもらえて嬉しかったです。ありがとうございました」
「うん」

 ちょっと照れたような顔になった先輩を見て、顔がほころぶ。
 初めて話した日のことを思い返していたら、先輩が何か考えるような表情になって、「どうしよ」とぼそっと呟いた。

「どうしたんですか?」
「悩ましいなって」
「何がです?」
「家行ったらみずきとキスしようと思ってたけど、初めては朝の電車がいいんじゃないかって」

 どう思う? と先輩が真顔で言うので、俺はぶわっと頬が熱くなって固まる。

「電車ですか?」
「うん、こっそり。やっぱそうしよ。明日、いつもの電車で」
「……わかりました」

 事前に予告されてるって理解していいんだよな。
 明日、先輩とキスの予約。
 大丈夫か。俺は明日までに心臓がおかしくなって搬送とかされないだろうか。