「ち、違う。俺はそんな、そんなこと」
「消えろ」
「は」
「このまま駅員のとこまで引きずられたくなきゃ、今すぐ消えろ」
「なっ……」
「あんたの顔はばっちり撮ったから。妹含めこれ以上俺達に何かしたら警察呼ぶ」
冷たい声で突きつけた先輩を睨み、ぐ、と言葉に詰まった痴漢が顔を歪める。ぶるぶると拳を震わせて、一歩後ずさった。
「二度と姿見せんな。次なんかあったらあんたの会社に動画全部送りつける」
「お、俺は本当に……」
蒼白な顔でもごもご呟いて、痴漢はごくりと唾を飲んだ。
ぎょろついた目で先輩の顔を凝視していたが、次の瞬間ぐるりと踵を返し、脱兎のごとく駆け出した。ホームに立っている人が驚くようなスピードで走り抜け、改札に続く階段を駆け上がっていく。
「うわ。逃げ足はや……」
俺が呟いたら、痴漢の姿が見えなくなるまで目で追っていた先輩が、すぐに振り向いた。
「みずき、平気!? 何もされてない?」
屈んで俺の顔を覗き込んでくる先輩の強張った顔に、こくりと頷く。
「はい。大丈夫です」
「こっち」
肩を抱かれてホームの端っこに移動し、自動販売機の陰に入ると、勢いよくぎゅっと抱きしめられた。俺のマフラーに顔を埋めて、先輩が安堵したようにほっとため息を吐く。
リュックごと抱きしめられた俺は、今までになく密着した体勢に顔が熱くなる。いつも見てる先輩の制服がこんなに近くに……という動揺で、ドキドキ跳ねる鼓動がさっきまでの緊張感を塗り替えていく。
「ほんとに大丈夫?」
先輩が真剣な声で聞いてくれるから、俺はしっかり頷いた。
びっくりはしたけど、この前のときのように怖じ気づいたりはしなかった。先輩がすぐに来てくれるって、わかってたから。
抱きしめられているどさくさに紛れて、俺もそっと先輩の制服の裾を握る。
「先輩が来てくれたから、大丈夫です。それより、いいんですか? また逃がしちゃって」
捕まえれば、今度こそ駅員と警察に突き出せたかもしれない。
聞くと、先輩は俺を抱きしめたまま「今はいい」とあっさり答えた。
「なんかあったときのために被害届出すかは親父と相談する。やり合うなら大人同士に任せよ。あいつの会社多分わかるし、逃げられることないから」
「え? わかったんですか?」
「持ってた紙袋、ロゴが入ってたから写真撮っといた。販促品とパンフっぽいの入ってたから、多分社員。顔はばっちり撮ってるし、みずきは心配しなくていいよ。でもあいつがまた現れたら、今度はすぐ警察呼んで」
「はい」
俺は頷きながら、心の中で先輩の機転と対応力に感動する。
痴漢をあんな冷静にやり込めるなんてすごい。それに普段聞かないような荒っぽい喋り方だったから、実は場違いにもドキドキしてしまっていた。
こんな風に駆けつけてくれるなんて、カッコよすぎる。惚れるなっていう方が無理あるよ。先輩のセリフじゃないけど、俺もまた惚れ直してしまった。
「あの、あいつが言ってた会社にたれ込んだって、先輩じゃないですよね?」
ずっと抱きしめられていてそろそろ心臓がヤバそうだったので、冷静になるためにあえて話しかける。
顔を上げた先輩が少し考える顔で首を横に振った。
「俺じゃない。胡桃とみずきと同じ電車の中に、あいつを知ってる人間がたまたま乗ってたとか? 誰がメールしたかわかんないけど、いい気味」
「ですね」
俺が即答して頷くと、先輩はふ、と息を緩めて俺の頭を撫でた。
「みずきがあいつと揉めてんの聞こえて、心配で死ぬかと思った」
「すぐ来てくれてありがとうございます」
「うん」
先輩が俺を離す気配がない。自販の陰に隠れているとはいえ、電車が来たら乗ってる人から見える位置だし、そろそろ離れた方がいいよな。
思わぬドタバタになって、先輩との再会の瞬間があやふやになってしまった。
金曜からあんなに不安だったのに、会ってみたら先輩は俺に怒ってないみたい。
走って助けに来てくれたんだから、俺のこと嫌いになったりはしていなさそう。好きな子、の件はまだちょっとわからないけど。
「あの……先輩、俺に怒ってないですか?」
思い切ってそう尋ねたら、先輩はようやく腕を離して俺の顔を見つめ、きょとんとした。
「消えろ」
「は」
「このまま駅員のとこまで引きずられたくなきゃ、今すぐ消えろ」
「なっ……」
「あんたの顔はばっちり撮ったから。妹含めこれ以上俺達に何かしたら警察呼ぶ」
冷たい声で突きつけた先輩を睨み、ぐ、と言葉に詰まった痴漢が顔を歪める。ぶるぶると拳を震わせて、一歩後ずさった。
「二度と姿見せんな。次なんかあったらあんたの会社に動画全部送りつける」
「お、俺は本当に……」
蒼白な顔でもごもご呟いて、痴漢はごくりと唾を飲んだ。
ぎょろついた目で先輩の顔を凝視していたが、次の瞬間ぐるりと踵を返し、脱兎のごとく駆け出した。ホームに立っている人が驚くようなスピードで走り抜け、改札に続く階段を駆け上がっていく。
「うわ。逃げ足はや……」
俺が呟いたら、痴漢の姿が見えなくなるまで目で追っていた先輩が、すぐに振り向いた。
「みずき、平気!? 何もされてない?」
屈んで俺の顔を覗き込んでくる先輩の強張った顔に、こくりと頷く。
「はい。大丈夫です」
「こっち」
肩を抱かれてホームの端っこに移動し、自動販売機の陰に入ると、勢いよくぎゅっと抱きしめられた。俺のマフラーに顔を埋めて、先輩が安堵したようにほっとため息を吐く。
リュックごと抱きしめられた俺は、今までになく密着した体勢に顔が熱くなる。いつも見てる先輩の制服がこんなに近くに……という動揺で、ドキドキ跳ねる鼓動がさっきまでの緊張感を塗り替えていく。
「ほんとに大丈夫?」
先輩が真剣な声で聞いてくれるから、俺はしっかり頷いた。
びっくりはしたけど、この前のときのように怖じ気づいたりはしなかった。先輩がすぐに来てくれるって、わかってたから。
抱きしめられているどさくさに紛れて、俺もそっと先輩の制服の裾を握る。
「先輩が来てくれたから、大丈夫です。それより、いいんですか? また逃がしちゃって」
捕まえれば、今度こそ駅員と警察に突き出せたかもしれない。
聞くと、先輩は俺を抱きしめたまま「今はいい」とあっさり答えた。
「なんかあったときのために被害届出すかは親父と相談する。やり合うなら大人同士に任せよ。あいつの会社多分わかるし、逃げられることないから」
「え? わかったんですか?」
「持ってた紙袋、ロゴが入ってたから写真撮っといた。販促品とパンフっぽいの入ってたから、多分社員。顔はばっちり撮ってるし、みずきは心配しなくていいよ。でもあいつがまた現れたら、今度はすぐ警察呼んで」
「はい」
俺は頷きながら、心の中で先輩の機転と対応力に感動する。
痴漢をあんな冷静にやり込めるなんてすごい。それに普段聞かないような荒っぽい喋り方だったから、実は場違いにもドキドキしてしまっていた。
こんな風に駆けつけてくれるなんて、カッコよすぎる。惚れるなっていう方が無理あるよ。先輩のセリフじゃないけど、俺もまた惚れ直してしまった。
「あの、あいつが言ってた会社にたれ込んだって、先輩じゃないですよね?」
ずっと抱きしめられていてそろそろ心臓がヤバそうだったので、冷静になるためにあえて話しかける。
顔を上げた先輩が少し考える顔で首を横に振った。
「俺じゃない。胡桃とみずきと同じ電車の中に、あいつを知ってる人間がたまたま乗ってたとか? 誰がメールしたかわかんないけど、いい気味」
「ですね」
俺が即答して頷くと、先輩はふ、と息を緩めて俺の頭を撫でた。
「みずきがあいつと揉めてんの聞こえて、心配で死ぬかと思った」
「すぐ来てくれてありがとうございます」
「うん」
先輩が俺を離す気配がない。自販の陰に隠れているとはいえ、電車が来たら乗ってる人から見える位置だし、そろそろ離れた方がいいよな。
思わぬドタバタになって、先輩との再会の瞬間があやふやになってしまった。
金曜からあんなに不安だったのに、会ってみたら先輩は俺に怒ってないみたい。
走って助けに来てくれたんだから、俺のこと嫌いになったりはしていなさそう。好きな子、の件はまだちょっとわからないけど。
「あの……先輩、俺に怒ってないですか?」
思い切ってそう尋ねたら、先輩はようやく腕を離して俺の顔を見つめ、きょとんとした。
