唾を飛ばしながら一方的に喚かれて、俺は眉根を寄せて男を観察する。
たまたまこの駅で降りたのか、それとも俺の姿を見つけて電車を降りてきたのか知らないが、さっき来た電車に乗っていたらしい。
仕事の途中という出で立ちで、ビジネスバッグと一緒にこの前は持っていなかった紙袋を下げている。社名はなくてロゴだけ端っこについているが、どこのものかわかなかった。
『みずき? どうした?!』
先輩の大きな声が聞こえて、俺は耳から離していたスマホを戻す。
「あの、ホームにこの前の痴漢がいて」
『は!?』
「おい、誰と話してる!?」
男がスマホを持った俺の腕を掴んできた。
一瞬驚いてスマホを取り落としそうになり、すぐに相手を睨んだ。
「離してください」
「お前らが俺に嫌がらせしたんだろう!」
「はい?」
話が見えなくて俺は怪訝な声を出す。
腕を振り払おうとしたが、掴まれた力が二の腕に食い込むくらい強くて離れない。痴漢はギラギラした目で俺を怨みがましく睨んでくる。
一体何の話をしているんだ?
男は頭に血が昇っているかのように、ふうふう息を吐いている。
「俺が痴漢したって会社にメールでたれ込んだの、お前らだろうが! 社内で噂になってこっちは赤っ恥かいたんだ!」
周りが見えていないのか、言っていることもよくわからない。
「知らない。あんた逃げたじゃん」
「逃げてない! 会社にチクるなんて卑怯だ!」
「だから知らないって。それにあの子に触ったのあんただろ」
詳しくはわからないが、誰かに告げ口されて会社でつるし上げにでもあったのか。
そもそも痴漢したくせに開き直るなよ、と俺が白い目で見ると、相手はいっそう激怒した。
「やっぱりお前なんじゃないか!」
「離して、いっ」
ギリ、と力任せに腕を掴まれて、痛みに顔を顰めた。
「訴えてやるからな! お前の親も! 学校はどこ──」
喚いている痴漢が、そのとき不意に言葉を止めた。
横から痴漢の腕をがしっと押さえた手があったからだ。
「おい」
地を這うような低い声が、俺の横に立った春川先輩から漏れた。走ってきてくれたのか、髪が乱れて微かに息が上がっている。
「てめぇ何してんだ」
痴漢の腕を上から鷲掴んだ先輩が、身体の芯まで凍るような冷たい声を出す。大声ではないのに思わず怯んでしまうような、強さのある声だ。
突然現れた先輩に驚いた痴漢の手が緩み、俺はその隙を見逃さずにすかさず腕を引き抜いて距離を取った。
先輩が俺の前に立って、痴漢を見下ろしている。背中ごしにも、先輩から醸し出される空気はめちゃくちゃ怖かった。
身体の大きい先輩に圧倒されたのか、痴漢は気勢を削がれたようだった。しかし威嚇するように咳払いして先輩を睨みつける。
「な、なんだ? 俺は何もしてない。喋っていただけだ。突然なんなんだ、失礼だな」
「未成年に危害加えといて常識ぶんなよ、痴漢野郎」
即座に言い返されて、痴漢はくわっと目を見開いて拳をぶるぶるわななかせた。
「俺を侮辱すんのか?! 何を勘違いしてるか知らないが、俺はしてない! 関係ない奴が口を挟むな!」
「声でけーし、ぎゃあぎゃあうるせーな。俺は身内だ」
先輩は全く怯まない。
「は?」
「あんたが痴漢したのは、俺の妹。なら関係あんだろ」
その冷めた声にぎょっとした痴漢は、まじまじと先輩を凝視した。かと思うと、冬にもかかわらず額に大量の汗をかき始め、目をキョロキョロ動かして周囲を見回す。
俺達の近くに人はいないけど、離れたところ立つ数人が痴漢の大声に気づいたのかこっちをちらちら見ていた。
見るからに焦り始めた男を、先輩がうじ虫でも見るような乾いた目で見下ろして口を開く。
「で、てめぇなんつった? 訴えるって? いいよやれよ。俺も親父達もカチキレてるからな、自分から騒いでくれんなら手間が省ける」
「なっ、い、言いがかりだ。あの子の勘違いで、俺はやってない!」
「あっそ。じゃ頑張って主張して? こっちは妹が撮った動画持ってるから。いまこの子脅してたとこも俺がさっき撮ったから。顔だけモザイクかけてネットで目撃者募っとく。上手くいけばあんたを庇ってくれる奴見つかるかもな」
「は!? やめろ! そんなことはしなくていい!」
「なんで? こっちは目撃者いるから、あんた不利じゃね? 気きかせてやってんだよ。まあ動画が流れて社会的にどうなるかは知らんけど」
それを聞いてみるみる青ざめていく痴漢は、ぱくぱくと口を開けながら首を横に振った。
たまたまこの駅で降りたのか、それとも俺の姿を見つけて電車を降りてきたのか知らないが、さっき来た電車に乗っていたらしい。
仕事の途中という出で立ちで、ビジネスバッグと一緒にこの前は持っていなかった紙袋を下げている。社名はなくてロゴだけ端っこについているが、どこのものかわかなかった。
『みずき? どうした?!』
先輩の大きな声が聞こえて、俺は耳から離していたスマホを戻す。
「あの、ホームにこの前の痴漢がいて」
『は!?』
「おい、誰と話してる!?」
男がスマホを持った俺の腕を掴んできた。
一瞬驚いてスマホを取り落としそうになり、すぐに相手を睨んだ。
「離してください」
「お前らが俺に嫌がらせしたんだろう!」
「はい?」
話が見えなくて俺は怪訝な声を出す。
腕を振り払おうとしたが、掴まれた力が二の腕に食い込むくらい強くて離れない。痴漢はギラギラした目で俺を怨みがましく睨んでくる。
一体何の話をしているんだ?
男は頭に血が昇っているかのように、ふうふう息を吐いている。
「俺が痴漢したって会社にメールでたれ込んだの、お前らだろうが! 社内で噂になってこっちは赤っ恥かいたんだ!」
周りが見えていないのか、言っていることもよくわからない。
「知らない。あんた逃げたじゃん」
「逃げてない! 会社にチクるなんて卑怯だ!」
「だから知らないって。それにあの子に触ったのあんただろ」
詳しくはわからないが、誰かに告げ口されて会社でつるし上げにでもあったのか。
そもそも痴漢したくせに開き直るなよ、と俺が白い目で見ると、相手はいっそう激怒した。
「やっぱりお前なんじゃないか!」
「離して、いっ」
ギリ、と力任せに腕を掴まれて、痛みに顔を顰めた。
「訴えてやるからな! お前の親も! 学校はどこ──」
喚いている痴漢が、そのとき不意に言葉を止めた。
横から痴漢の腕をがしっと押さえた手があったからだ。
「おい」
地を這うような低い声が、俺の横に立った春川先輩から漏れた。走ってきてくれたのか、髪が乱れて微かに息が上がっている。
「てめぇ何してんだ」
痴漢の腕を上から鷲掴んだ先輩が、身体の芯まで凍るような冷たい声を出す。大声ではないのに思わず怯んでしまうような、強さのある声だ。
突然現れた先輩に驚いた痴漢の手が緩み、俺はその隙を見逃さずにすかさず腕を引き抜いて距離を取った。
先輩が俺の前に立って、痴漢を見下ろしている。背中ごしにも、先輩から醸し出される空気はめちゃくちゃ怖かった。
身体の大きい先輩に圧倒されたのか、痴漢は気勢を削がれたようだった。しかし威嚇するように咳払いして先輩を睨みつける。
「な、なんだ? 俺は何もしてない。喋っていただけだ。突然なんなんだ、失礼だな」
「未成年に危害加えといて常識ぶんなよ、痴漢野郎」
即座に言い返されて、痴漢はくわっと目を見開いて拳をぶるぶるわななかせた。
「俺を侮辱すんのか?! 何を勘違いしてるか知らないが、俺はしてない! 関係ない奴が口を挟むな!」
「声でけーし、ぎゃあぎゃあうるせーな。俺は身内だ」
先輩は全く怯まない。
「は?」
「あんたが痴漢したのは、俺の妹。なら関係あんだろ」
その冷めた声にぎょっとした痴漢は、まじまじと先輩を凝視した。かと思うと、冬にもかかわらず額に大量の汗をかき始め、目をキョロキョロ動かして周囲を見回す。
俺達の近くに人はいないけど、離れたところ立つ数人が痴漢の大声に気づいたのかこっちをちらちら見ていた。
見るからに焦り始めた男を、先輩がうじ虫でも見るような乾いた目で見下ろして口を開く。
「で、てめぇなんつった? 訴えるって? いいよやれよ。俺も親父達もカチキレてるからな、自分から騒いでくれんなら手間が省ける」
「なっ、い、言いがかりだ。あの子の勘違いで、俺はやってない!」
「あっそ。じゃ頑張って主張して? こっちは妹が撮った動画持ってるから。いまこの子脅してたとこも俺がさっき撮ったから。顔だけモザイクかけてネットで目撃者募っとく。上手くいけばあんたを庇ってくれる奴見つかるかもな」
「は!? やめろ! そんなことはしなくていい!」
「なんで? こっちは目撃者いるから、あんた不利じゃね? 気きかせてやってんだよ。まあ動画が流れて社会的にどうなるかは知らんけど」
それを聞いてみるみる青ざめていく痴漢は、ぱくぱくと口を開けながら首を横に振った。
