次の日の水曜日、予告通り、先輩は駅についても乗ってこなかった。
いつもの駅で、冷たい空気だけが扉から吹き込むのを感じて、わかっていたはずなのに俺はやっぱり寂しかった。
こんなふうに会えなくなるなんて、想像してなかったな。
寂しいけど、胡桃ちゃんのことを考えたらこれが最善だ。俺が先輩と会えなくなってショックを受けていたら、怖い目にあった胡桃ちゃんに悪い気がする。
先輩は、自分の登校の前に胡桃ちゃんの降りる駅まで行くから、いつもよりもさらに早いらしい。その日の夜、送られてきたメッセージはちょっと疲れた風だった。
『眠すぎて風呂諦めそう 老人くらい朝早い』
『大丈夫でした? 今日のテスト』
『逆にいけてる いまテストだから耐えれてる感じある 授業に戻った瞬間寝ると思う』
『夜早く寝てくださいね』
『うん これ続けたら健康になれる気がする 次会ったときに別人になってたらごめん』
『そこまで笑』
先輩は眠そうだし、まだ試験勉強もあるから、やり取り自体は数回で終わった。
俺はまだ気持ちの切り替えが上手くできない。
朝先輩に会えないことも、本の話ができないことも、現実味がなくて乾いた寂しさみたいなものを持て余している。
勉強をしながら机に突っ伏し、顔を横に向けると本棚が目に入った。
目線の高さには、ガチャガチャのキーホルダーの横に、最近買ったお気に入りの本が並んでいる。先輩におすすめされて読んだSFの短編集とか、文庫が出るのを待っていた館ミステリーの新作とか。
そういえば最近、本の並び順を整理してないな。
そう気づいて、俺はああそうか、と目を閉じた。
いつの間にか、本の並べ方が変わってる。先輩のやり方が、うつってたんだ。
◇
木曜日、期末試験で教室の中はピリついていたけど、皆やる気を出していたから雰囲気は悪くなかった。
テストが終わったら冬休みだから、自然と集中できているらしい。
俺も黒木と一緒に休み時間にも単語帳や参考書をめくって勉強しているけど、時々ついぼんやりしてポケットの中に手を入れてしまう。ブレザーのポケットには、家の鍵が入っている。そこについているひじきのキーホルダーが、今ではお守りみたいになっていた。
「庵野、どうかした?」
「え?」
「なんか、昨日から静かじゃね? テスト続きで寝不足?」
昼休みに弁当を食べているとき、黒木が聞いてきた。
「昨日あんま寝てなくて」
と、俺は笑って答えた。
実際、夜集中しきれなくて試験範囲の勉強を終わらせるのに時間がかかっているという自覚はある。
「詰め込みすんのもほどほどの方がいいらしいよ。寝不足だと集中力欠けるって」
「うん、今日は諦めて早く寝る」
相づちを打ちながら、スマホの通知が気になってチラチラ見てしまう。
先輩からの連絡はない。
好きだと自覚してすぐ先輩と会えなくなってしまったから、俺はこの先のことが不安で、どうしたらいいか迷っている。
好きだと知られたら先輩と電車に乗れなくなっちゃうと思っていたのに、現状告白もしてないのに会えなくなった。
このまま先輩と疎遠になっちゃったらどうしよう。
高校も違うから、普通に生活してたら、もう会えない。あんなに毎日が楽しみだったのに。
集中が切れるとついそんなことを考えてしまって、帰り道、駅で「みずき」と声をかけられてもすぐに反応できなかった。
「みーずーき」
ホームで電車を待っていたら、横からひらひらと手が出てきてびっくりした。
「えっ?」
「おーい。ぼんやりしてるけど大丈夫か?」
ハッと顔を向けて、すぐ傍にいる前田に気づく。
「どうした?」
と首を傾げる前田に、慌てて反応した。
「前田、まだ帰ってなかったんだ」
「西野が漢文の問題集、答えなくしたっていうから貸してたら出遅れた」
「貸しちゃっていいの?」
「俺はもう終わってるし、こういうときに貸し作っとくと後で効くから」
相変わらず前田は上手くやっているらしく、にこっと笑った。
「一緒に帰ってい?」
「うん」
「じゃ、ちょっと待ってて」
前田はぱっと走り出すと、ホームの自販機まで行って飲み物を買い、すぐに戻ってきた。
いつもの駅で、冷たい空気だけが扉から吹き込むのを感じて、わかっていたはずなのに俺はやっぱり寂しかった。
こんなふうに会えなくなるなんて、想像してなかったな。
寂しいけど、胡桃ちゃんのことを考えたらこれが最善だ。俺が先輩と会えなくなってショックを受けていたら、怖い目にあった胡桃ちゃんに悪い気がする。
先輩は、自分の登校の前に胡桃ちゃんの降りる駅まで行くから、いつもよりもさらに早いらしい。その日の夜、送られてきたメッセージはちょっと疲れた風だった。
『眠すぎて風呂諦めそう 老人くらい朝早い』
『大丈夫でした? 今日のテスト』
『逆にいけてる いまテストだから耐えれてる感じある 授業に戻った瞬間寝ると思う』
『夜早く寝てくださいね』
『うん これ続けたら健康になれる気がする 次会ったときに別人になってたらごめん』
『そこまで笑』
先輩は眠そうだし、まだ試験勉強もあるから、やり取り自体は数回で終わった。
俺はまだ気持ちの切り替えが上手くできない。
朝先輩に会えないことも、本の話ができないことも、現実味がなくて乾いた寂しさみたいなものを持て余している。
勉強をしながら机に突っ伏し、顔を横に向けると本棚が目に入った。
目線の高さには、ガチャガチャのキーホルダーの横に、最近買ったお気に入りの本が並んでいる。先輩におすすめされて読んだSFの短編集とか、文庫が出るのを待っていた館ミステリーの新作とか。
そういえば最近、本の並び順を整理してないな。
そう気づいて、俺はああそうか、と目を閉じた。
いつの間にか、本の並べ方が変わってる。先輩のやり方が、うつってたんだ。
◇
木曜日、期末試験で教室の中はピリついていたけど、皆やる気を出していたから雰囲気は悪くなかった。
テストが終わったら冬休みだから、自然と集中できているらしい。
俺も黒木と一緒に休み時間にも単語帳や参考書をめくって勉強しているけど、時々ついぼんやりしてポケットの中に手を入れてしまう。ブレザーのポケットには、家の鍵が入っている。そこについているひじきのキーホルダーが、今ではお守りみたいになっていた。
「庵野、どうかした?」
「え?」
「なんか、昨日から静かじゃね? テスト続きで寝不足?」
昼休みに弁当を食べているとき、黒木が聞いてきた。
「昨日あんま寝てなくて」
と、俺は笑って答えた。
実際、夜集中しきれなくて試験範囲の勉強を終わらせるのに時間がかかっているという自覚はある。
「詰め込みすんのもほどほどの方がいいらしいよ。寝不足だと集中力欠けるって」
「うん、今日は諦めて早く寝る」
相づちを打ちながら、スマホの通知が気になってチラチラ見てしまう。
先輩からの連絡はない。
好きだと自覚してすぐ先輩と会えなくなってしまったから、俺はこの先のことが不安で、どうしたらいいか迷っている。
好きだと知られたら先輩と電車に乗れなくなっちゃうと思っていたのに、現状告白もしてないのに会えなくなった。
このまま先輩と疎遠になっちゃったらどうしよう。
高校も違うから、普通に生活してたら、もう会えない。あんなに毎日が楽しみだったのに。
集中が切れるとついそんなことを考えてしまって、帰り道、駅で「みずき」と声をかけられてもすぐに反応できなかった。
「みーずーき」
ホームで電車を待っていたら、横からひらひらと手が出てきてびっくりした。
「えっ?」
「おーい。ぼんやりしてるけど大丈夫か?」
ハッと顔を向けて、すぐ傍にいる前田に気づく。
「どうした?」
と首を傾げる前田に、慌てて反応した。
「前田、まだ帰ってなかったんだ」
「西野が漢文の問題集、答えなくしたっていうから貸してたら出遅れた」
「貸しちゃっていいの?」
「俺はもう終わってるし、こういうときに貸し作っとくと後で効くから」
相変わらず前田は上手くやっているらしく、にこっと笑った。
「一緒に帰ってい?」
「うん」
「じゃ、ちょっと待ってて」
前田はぱっと走り出すと、ホームの自販機まで行って飲み物を買い、すぐに戻ってきた。
