同じ電車の男子高校生が気になる

 目の奥がきゅ、と熱くなる。
 多分、痴漢を見つけたあの瞬間から、ずっと緊張していたんだと思う。
 先輩のいつもの匂いで、張っていたものが一気に緩んだのがわかった。
 落ち着いた声音が耳元で響く。

「みずきがいてくれてよかった。ありがとね」
「……はい」

 ちょっと声が震えてしまったけど、こくりと頷くと先輩は空いている手で俺の頭を撫でてくれる。
 ほっと肩の力が抜けた。

「先に胡桃を家につれて帰るけど、その後みずきの家まで送ってこうか?」

 先輩が俺を見つめて微笑んでくれる。

「いえ、大丈夫です。俺はもうあと三駅だけだし」

 先輩がまた家から出てくるなんて大変すぎる。それに胡桃ちゃんも家に一人じゃ不安だろうし、先輩は試験勉強だってあるのに。
 答えると先輩は迷うような顔をしていたけど、俺が固辞したら納得してくれた。
 そのタイミングでちょうど胡桃ちゃんの電話が終わったので、先輩はさりげなく俺から手を離した。

「じゃあ、先輩、胡桃ちゃん。俺はここで」
「うん、また明日。みずきは帰り気をつけて」
「はい」
「庵野さん、本当にありがとう」

 俺は二人に見送られて次に来た電車に乗った。その後は何のトラブルもなく、無事に降りる駅について先輩に『帰りました』と連絡を入れておいた。
 
 この瞬間まで、俺はこれから先のことを深く考えていなかった。
 翌日から俺と先輩の日常が変わってしまうなんて、思ってもみなかったから。



 俺がそのメッセージに気づいたのは、家に帰って夕食を食べ、風呂に入って寝る前だった。
 先輩からだ、とすぐにトーク画面を開いて確認する。

『急でごめん 明日からしばらくいつもの電車に乗れない』

 その文字が目に飛び込んできて、スマホを持つ手が固まった。

『胡桃の登下校、俺が一緒に行くことにした』

 続けて送られていたメッセージを読んではっとする。
 胡桃ちゃんの登下校。
 そうだ、明日からも胡桃ちゃんは電車に乗って行かなきゃいけないんだから、先輩もご両親も当然心配だろう。
 胡桃ちゃんも一人で乗るのは怖いだろうし、しばらく誰かと一緒に行った方がいい。

『わかりました、大丈夫です 俺もその方がいいと思います』

 先輩が付き添うなら胡桃ちゃんもきっと安心だ。
 ベッドの中でそう返信したけど、メッセージを送り返した瞬間、何かが終わってしまったように感じた。

 明日から、先輩と会えない。
 スマホの画面を見つめながら、ぽっかりと胸の奥が空いた気分だった。