「先輩の妹さんだったんですね」
「ほんとのほんとに知り合い? うそ、すごぉい」
先輩の妹さん──胡桃ちゃんのワントーン上がった声を聞きながら、俺はなんで気づかなかったんだろう。と独りごちた。
確かに、言われてみれば先輩に似てる。綺麗に整った顔の雰囲気が同じだ。笑った顔になんとなく見覚えがあると思ったんだ。
妹がいるって、そういえば言ってたもんな。
驚きから覚めた様子の先輩が、真顔で俺を手招きした。抱きついていた胡桃ちゃんが離れると、俺の全身をざっと視線で追ってから微かに表情を緩める。
「みずきが助けてくれたんだ。ありがとう」
「あ、でも、犯人には逃げられたし……」
「お兄ちゃん、私一応動画撮ったよ。鮮明じゃなくて証拠になるかわかんないけど」
胡桃ちゃんがスマホを掲げると、先輩はすぐに「送って」と短く言った。
ささっと手元で操作した胡桃ちゃんはさっきの動画を送信したらしく、先輩はすぐにスマホの画面に目を落とし、音量を抑えて確認し始めた。
「お兄ちゃんの知り合いだったんですね。すごい偶然」
と、胡桃ちゃんが俺の方に来て話しかけてくる。
先輩の知り合いだとわかったからか、口調が砕けて年相応に女の子っぽい印象になった。
「俺もびっくりだった。名前まだだったよね。庵野瑞季っていいます」
「春川胡桃です」
にこっと笑った胡桃ちゃんは大人っぽい表情が解けるとますます可愛い。
笑顔のときの口元が先輩に似てるな、と、ほわっとしていたら、先輩がスマホから顔を上げた。
「あ、ママから電話。お兄ちゃん、ちょっと待ってて」
胡桃ちゃんがスマホを手に俺達に背を向けて、少し離れる。心配したお母さんから電話らしい。「うん、うん、大丈夫。お兄ちゃん来てくれた」と頷いている背中を眺めていたら、春川先輩が俺の手首を掴んだ。
見上げると、真面目な顔つきになった先輩が俺を見ている。
「先輩?」
「怪我なかった?」
「あ、はい。大丈夫だと思います。やめさせた後は胡桃ちゃん触られてないし」
「ちがう。みずきが、大丈夫?」
「えっ? あ、はい」
「よかった……揉めてたけど、殴られたりしてないね?」
「はい」
痴漢とは口論しただけで、びびってしまったけど、全然平気だ。
こくこく頷くと、先輩はほっと息を吐いて目を細める。
「無事でよかった。胡桃のことほんとにありがとう。惚れ直した」
最後の言葉にどきりとして、でも、褒められたんだと嬉しく思う前に俺はさっきの自分の情けない振る舞いを思い出した。
「あの……でも俺、全然立ち向かえなくて」
もっと心が強かったら、きっと痴漢にも負けずに言い返せた。
俯きそうになったら、先輩が俺の手をぎゅっと握った。
「何言ってんの。みずきだけが見ない振りせずに助けてくれたんでしょ。大人みんな見て見ぬふりだったじゃん。すごいよ」
茶色の瞳に真っ直ぐ見つめられて、引き寄せられた。
あ、と思う間に俺の身体は先輩の右腕の中に収まり、上着の肩口に顔がつく。
背負ったリュックごと軽く抱きしめられて、心臓が大きく跳ねた。
思わず息を止めると、目の前にある硬いキャンパス地の黒いデトロイトジャケットから先輩の香水がふわっと香った。
「ほんとのほんとに知り合い? うそ、すごぉい」
先輩の妹さん──胡桃ちゃんのワントーン上がった声を聞きながら、俺はなんで気づかなかったんだろう。と独りごちた。
確かに、言われてみれば先輩に似てる。綺麗に整った顔の雰囲気が同じだ。笑った顔になんとなく見覚えがあると思ったんだ。
妹がいるって、そういえば言ってたもんな。
驚きから覚めた様子の先輩が、真顔で俺を手招きした。抱きついていた胡桃ちゃんが離れると、俺の全身をざっと視線で追ってから微かに表情を緩める。
「みずきが助けてくれたんだ。ありがとう」
「あ、でも、犯人には逃げられたし……」
「お兄ちゃん、私一応動画撮ったよ。鮮明じゃなくて証拠になるかわかんないけど」
胡桃ちゃんがスマホを掲げると、先輩はすぐに「送って」と短く言った。
ささっと手元で操作した胡桃ちゃんはさっきの動画を送信したらしく、先輩はすぐにスマホの画面に目を落とし、音量を抑えて確認し始めた。
「お兄ちゃんの知り合いだったんですね。すごい偶然」
と、胡桃ちゃんが俺の方に来て話しかけてくる。
先輩の知り合いだとわかったからか、口調が砕けて年相応に女の子っぽい印象になった。
「俺もびっくりだった。名前まだだったよね。庵野瑞季っていいます」
「春川胡桃です」
にこっと笑った胡桃ちゃんは大人っぽい表情が解けるとますます可愛い。
笑顔のときの口元が先輩に似てるな、と、ほわっとしていたら、先輩がスマホから顔を上げた。
「あ、ママから電話。お兄ちゃん、ちょっと待ってて」
胡桃ちゃんがスマホを手に俺達に背を向けて、少し離れる。心配したお母さんから電話らしい。「うん、うん、大丈夫。お兄ちゃん来てくれた」と頷いている背中を眺めていたら、春川先輩が俺の手首を掴んだ。
見上げると、真面目な顔つきになった先輩が俺を見ている。
「先輩?」
「怪我なかった?」
「あ、はい。大丈夫だと思います。やめさせた後は胡桃ちゃん触られてないし」
「ちがう。みずきが、大丈夫?」
「えっ? あ、はい」
「よかった……揉めてたけど、殴られたりしてないね?」
「はい」
痴漢とは口論しただけで、びびってしまったけど、全然平気だ。
こくこく頷くと、先輩はほっと息を吐いて目を細める。
「無事でよかった。胡桃のことほんとにありがとう。惚れ直した」
最後の言葉にどきりとして、でも、褒められたんだと嬉しく思う前に俺はさっきの自分の情けない振る舞いを思い出した。
「あの……でも俺、全然立ち向かえなくて」
もっと心が強かったら、きっと痴漢にも負けずに言い返せた。
俯きそうになったら、先輩が俺の手をぎゅっと握った。
「何言ってんの。みずきだけが見ない振りせずに助けてくれたんでしょ。大人みんな見て見ぬふりだったじゃん。すごいよ」
茶色の瞳に真っ直ぐ見つめられて、引き寄せられた。
あ、と思う間に俺の身体は先輩の右腕の中に収まり、上着の肩口に顔がつく。
背負ったリュックごと軽く抱きしめられて、心臓が大きく跳ねた。
思わず息を止めると、目の前にある硬いキャンパス地の黒いデトロイトジャケットから先輩の香水がふわっと香った。
