同じ電車の男子高校生が気になる

 手のひらでお汁粉の缶を包みながら、女の子は少し緊張が解けた顔で俺に笑いかけた。

「さっきは、助けてくれて本当にありがとうございました。びっくりして、声出せなくて」
「そうだよね。捕まえられなかったけど、駅員さんに言っておく?」
「もういいです。逃げられたし。一応動画撮ってあるけど」
「え?」

 俺が驚くと、その子はコートのポケットからスマホを取り出して軽く掲げた。

「触られて、動画オンにしたんです。動けなくて証拠までは撮れてないかもしれないけど、その後あいつが怒鳴ってた声とかは入ってるから」
「す、すごいね。俺も証拠撮ればよかった。気が回らなくてごめん」
「そんなことないです。誰も気づいてくれないと思ったから、嬉しかった。ありがとうございます」

 声は明るい調子だったけど、スマホを握る手にぎゅっと力が入っている。
 やっぱり駅員に話した方がいいんじゃないかと思った俺は、立ったまま周りを見回したけど、ホームの見える範囲にはいない。
 電車の時間が近づいて人が多くなってきた。

「大丈夫? 事務室まで行って休ませてもらう?」
「いいです。もう夜も遅いから、帰ります」
「電車乗れる? 降りる駅まで一緒に行こうか?」
「ほんとですか? お願いしてもいいですか? ママもパパも帰りの時間遅くて、多分すぐには来れないから」

 俺の申し出にほっとした表情を浮かべた女の子に頷いて、二人で乗車待ちの列に並んだ。
 なるべく空いている車両に乗るように、一番端っこを選ぶ。
 間もなく電車が来て、一緒に乗り込んだ。今度は入り口付近に立ち止まらず、人の間を縫って通路の奥まで入る。
 空間にゆとりがある場所を見つけてここだと思い、女性客の前に立てるように女の子を誘導した。

「大丈夫? 気分悪くない?」
「はい。ありがとうございます」
「駅から家まで近い? 一人で帰れそう?」
「あ、お兄ちゃんが来てくれるって」

 ホームで待つ間に家族に連絡できたみたいだ。スマホを握っていた女の子が画面に目を落として、安堵が滲む声で教えてくれた。

「ほんと? よかった」

 それなら安心、と俺も頷いて、駅に着くまでの間その子とぽつぽつ話をした。

 大人びた顔をしているから高校生かと思っていたら、中学三年生らしい。
 部活で遅い時間になって、友達は先に降りてしまったから一人で乗っていたそうだ。

 あまり個人的なことは聞かない方がいいよな、と思い、当たり障りない話をする。お互いの学校名とか女の子が受験する予定の高校とか、気が紛れたらいいなと思いながら話を繋げていると、そのうちその子が顔を上げる。

「あ、この次で降ります」

 俺も表示を見て駅名を確認したら、馴染みのある駅だった。
 あ。ここ先輩の家がある駅だ。
 夜のホームに電車が滑り込む。

「あの、本当にありがとうございました」
「一応改札まで送るよ。もし必要なら、家族の人に俺の連絡先教えるし」

 結局駅員には話さずに来たけど、もしかしたら家族が被害を訴えたいかもしれない。それに自分では説明しづらいかもしれないから、必要があれば状況を話して帰ろう。
 そう考えて、女の子と一緒にホームに降りた。

胡桃(くるみ)!」

 聞き慣れた声が聞こえて、思わず立ち止まった。乗降する人混みの向こうに視線を向けて、そこに私服の春川先輩がいたから、えっと驚いた。
 
「お兄ちゃん!」

 俺と一緒に電車を降りた女の子が、真っ直ぐに先輩に駆け寄る。ぎゅっと抱きついたその子を受け止めて、真剣な顔をした先輩が「大丈夫か?」と硬い声を出す。

「帰って来れてよかった。母さん達にも連絡しといたから」
「ありがと。あのね、この人助けてくれた人」

 その声で先輩が顔を上げた。
 乗降客に紛れて俺が見えなかったのか、人の波が引いた後のホームに立っている俺と目が合って、先輩が目を大きく見開いた。

「みずき……?」
「え! 知ってる人? ほんとに? 痴漢に怒って、助けてくれた」
「みずきが?」

 驚いている先輩と、俺も目を丸くしたまま見つめ合った。