※注記
話の中で電車に痴漢が出ます。みずきは被害を受けませんが、気分を害する可能性がある方は今回と次回を飛ばしてください。
◇
その日の放課後、俺は図書委員の当番が当たっていた。
期末の前だからか貸し出しはほとんどなく、カウンターに座ってもくもくと課題を済ませた。利用者もほとんどいなくて、静かな部屋でちょうど試験勉強もできたからラッキーだったかも。
当番の時間が終わって帰宅する途中、帰りの電車はサラリーマンのラッシュにぶつかってしまって満員だった。
扉付近にいたら、次に止まった駅で乗り込んでくるサラリーマン達に押されて、言葉通り潰されそうになる。
自分の顔の前の空間を少しでも空けるため、リュックを前に抱えてクッションにした。
だからラッシュは嫌なんだよな。
目の前に迫るおじさんの背中から視線を横に逃がしたとき、ふと、それに気づいた。
……え?
驚いて、見たものに目が釘付けになる。
俺の横にいる中年のサラリーマンが、前に立っている女の子の尻を触っていた。
え? なに? 触ってる?
突然の事態に仰天して、横を見たまま固まった。
髪が長い高校生くらいの女の子は制服の上から膝上のコートを着ているが、コートの上から触っているサラリーマンの手は明らかに女の子の尻の辺りにある。
その子も気づいていて、身体をよじろうとするものの、ほとんど隙間なくぎゅうぎゅうに詰まっている車内で身動きが取れていない。
ど、どうしよう。これ間違いなく痴漢だよな。
みんな気づいていないのか、見て見ぬ振りなのかわからないけど、誰も声を上げないし、サラリーマンはますます密着しようとしている。
俺から顔は見えないけど、俯いた女の子の肩が震えた。
それを見た瞬間、咄嗟に抱えたリュックから手を離していた。
「ちょっと」
俺が痴漢の腕を掴むと、相手はぎょっとした。
神経質そうな中年のサラリーマンだ。同時に周りの視線が一斉に俺に集まる。
大量の目に囲まれていると感じた瞬間、どくっと緊張した。あれだけ密集していたのに、俺達の周りが自然に少しひらける。隣の男の姿が全部見えるようになったら余計に気持ちが強張った。
痴漢が目を見開いて俺を見ているから、何か言わなければと焦ってしまう。
「……その子に、何してるんですか」
喉奥からなんとか出た声は、かなり掠れた。
言ってから気づく。こういう場面で声を出すのって、こんなに難しいんだ。
「は? ……なんだ急に」
値踏みするように俺を見たサラリーマンは、俺の手を強く振り払い、憤慨したような大声を出した。
「突然なんだ、失礼だろう!」
一喝するように怒鳴られて、びくっと肩が揺れる。
喉がカラカラになって頭が真っ白になりそうだったが、舌打ちした男がしらを切るつもりだとわかって、焦りながらも強張る声で言った。
「その子に、触ってましたよね」
言い負かされたらダメだ、と相手を睨むと、痴漢はもっと強い目で俺をギロッと睥睨してくる。
「混んでるんだから手が当たっただけだろう、それだけで痴漢呼ばわりか? 証拠はあるのか?」
「でも」
「わざとなんて触っていない! そんなことするわけないだろう!」
わざとじゃないと言い切られて、俺は言葉に詰まった。
絶対に触ってた。それは確かなのに、大人の強い口調で詰られると、自分が間違っているかもという迷いが僅かに生まれて、押し負けそうになる。
周りの乗客は俺達に注目してるけど、誰も何も言わなかった。
自分の優勢を悟ったのか、サラリーマンはギラギラと目を光らせ、勝ち誇った顔で俺を問い詰めてきた。
「何とか言ったらどうだ! 人に濡れ衣着せて恥ずかしいと思わないのか?」
自分よりも大人の男に一方的に怒鳴られることなんて初めてで、言い返したくても言葉が出てこない。
どうしよう。俺は間違ってないのに、全然上手く戦えない。悔しくて唇を強く噛みしめる。
でもここで俺の勘違いですなんて、絶対に言うもんか。
「触られました」
そのとき、声を出したのは俺じゃなくて、男に痴漢されていた女の子だった。
話の中で電車に痴漢が出ます。みずきは被害を受けませんが、気分を害する可能性がある方は今回と次回を飛ばしてください。
◇
その日の放課後、俺は図書委員の当番が当たっていた。
期末の前だからか貸し出しはほとんどなく、カウンターに座ってもくもくと課題を済ませた。利用者もほとんどいなくて、静かな部屋でちょうど試験勉強もできたからラッキーだったかも。
当番の時間が終わって帰宅する途中、帰りの電車はサラリーマンのラッシュにぶつかってしまって満員だった。
扉付近にいたら、次に止まった駅で乗り込んでくるサラリーマン達に押されて、言葉通り潰されそうになる。
自分の顔の前の空間を少しでも空けるため、リュックを前に抱えてクッションにした。
だからラッシュは嫌なんだよな。
目の前に迫るおじさんの背中から視線を横に逃がしたとき、ふと、それに気づいた。
……え?
驚いて、見たものに目が釘付けになる。
俺の横にいる中年のサラリーマンが、前に立っている女の子の尻を触っていた。
え? なに? 触ってる?
突然の事態に仰天して、横を見たまま固まった。
髪が長い高校生くらいの女の子は制服の上から膝上のコートを着ているが、コートの上から触っているサラリーマンの手は明らかに女の子の尻の辺りにある。
その子も気づいていて、身体をよじろうとするものの、ほとんど隙間なくぎゅうぎゅうに詰まっている車内で身動きが取れていない。
ど、どうしよう。これ間違いなく痴漢だよな。
みんな気づいていないのか、見て見ぬ振りなのかわからないけど、誰も声を上げないし、サラリーマンはますます密着しようとしている。
俺から顔は見えないけど、俯いた女の子の肩が震えた。
それを見た瞬間、咄嗟に抱えたリュックから手を離していた。
「ちょっと」
俺が痴漢の腕を掴むと、相手はぎょっとした。
神経質そうな中年のサラリーマンだ。同時に周りの視線が一斉に俺に集まる。
大量の目に囲まれていると感じた瞬間、どくっと緊張した。あれだけ密集していたのに、俺達の周りが自然に少しひらける。隣の男の姿が全部見えるようになったら余計に気持ちが強張った。
痴漢が目を見開いて俺を見ているから、何か言わなければと焦ってしまう。
「……その子に、何してるんですか」
喉奥からなんとか出た声は、かなり掠れた。
言ってから気づく。こういう場面で声を出すのって、こんなに難しいんだ。
「は? ……なんだ急に」
値踏みするように俺を見たサラリーマンは、俺の手を強く振り払い、憤慨したような大声を出した。
「突然なんだ、失礼だろう!」
一喝するように怒鳴られて、びくっと肩が揺れる。
喉がカラカラになって頭が真っ白になりそうだったが、舌打ちした男がしらを切るつもりだとわかって、焦りながらも強張る声で言った。
「その子に、触ってましたよね」
言い負かされたらダメだ、と相手を睨むと、痴漢はもっと強い目で俺をギロッと睥睨してくる。
「混んでるんだから手が当たっただけだろう、それだけで痴漢呼ばわりか? 証拠はあるのか?」
「でも」
「わざとなんて触っていない! そんなことするわけないだろう!」
わざとじゃないと言い切られて、俺は言葉に詰まった。
絶対に触ってた。それは確かなのに、大人の強い口調で詰られると、自分が間違っているかもという迷いが僅かに生まれて、押し負けそうになる。
周りの乗客は俺達に注目してるけど、誰も何も言わなかった。
自分の優勢を悟ったのか、サラリーマンはギラギラと目を光らせ、勝ち誇った顔で俺を問い詰めてきた。
「何とか言ったらどうだ! 人に濡れ衣着せて恥ずかしいと思わないのか?」
自分よりも大人の男に一方的に怒鳴られることなんて初めてで、言い返したくても言葉が出てこない。
どうしよう。俺は間違ってないのに、全然上手く戦えない。悔しくて唇を強く噛みしめる。
でもここで俺の勘違いですなんて、絶対に言うもんか。
「触られました」
そのとき、声を出したのは俺じゃなくて、男に痴漢されていた女の子だった。
