同じ電車の男子高校生が気になる

 ◇


 先輩の家は、駅から五分ほど歩いたところにあるマンションだった。先輩の駅で下車するのも新鮮で、駅周りを簡単に案内してくれる先輩に連れられて馴染みのない街を進む。
 本の話をしながら住宅地に入ると、先輩がふと話題を変えた。

「ちょっとフライングするけど」
「はい?」

 のんびり歩く先輩の声が少しだけ固くなったように感じて、首を傾げた。

「みずきが元気なかった原因って、失恋とか、そういうのだったりする?」
「はい!?」

 びっくりして声が裏返った。

「いえ、違います!」
「ほんと? 彼女絡みじゃない?」
「いや、いやいやいや。いないですよ彼女なんて。俺のどこを見たら彼女がいるように見えるんですか」
「普通にいそうなんだけど……」
「そんなこと誰にも言われたことないです! じゃあ……先輩こそ、彼女いるんですか?」
「いない」

 さらっと返ってきた答えを聞いて、知らず力んでいた肩から力が抜けた。
 彼女いないのか。
 そっか。よかった。先輩とは全然そういう話しなかったから今まで聞くタイミングがなかったんだ。

 ……でも、よかった。って?

 自分の感想に内心首を傾げたら、先輩からも「よかった」という呟きが聞こえた。

「ん?」

 今、俺の心読んだ? そんなわけないよな。
 なら今のは先輩の感想?
 俺に彼女がいなくてよかった。って意味かな。タイミング的に。
 自分を差し置いて俺にいたら悔しいとかそういう……ことはないだろう。先輩はその気になったらいくらでも彼女作れるから俺なんて意識する必要ない。

 じゃあ、俺の悩みが恋愛関係だったら相談乗るのが面倒だった、ってことか?
 うーん? そんなに冷たい人じゃないな。

「先輩、今のってどういう……」
「ここだよ。五階」

 言いかけたところで先輩の家についた。
 話が途切れたけど、先輩が指差したマンションの方が気になって周りの景色に集中した。
 地上十階くらいのマンションで、ベランダの間隔を見るとファミリー用の一般的なやつだ。入り口は自動ドアを入ってからもう一つオートロックを開けて中に入るタイプ。
 俺は小さいときから一軒家だから、マンションにはなんとなく憧れがある。

 中に入って、手慣れた動作でオートロックの鍵を開ける先輩。
 うん、かっこいい。
 いや鍵開けるだけでかっこいいってなんだ。でも後ろ姿がちょっとなで肩で、肩幅が広くて目を引かれる。
 何が言いたいかっていうと、前だけじゃなくて後ろもってことなんだ。先輩は360度かっこいいってことを、再確認したんだ。それだけ。

 言い訳めいたことを考えていたら、エレベーターで五階についていた。
 玄関のドアを開けた先輩が「どうぞ」と言って中に入れてくれる。
 他人の家に入るなんてあまりないので緊張したけど、先輩が言うとおり家族は不在だった。
 あの春川先輩の家に……とドキドキしつつ、お邪魔する。
 中はいたって普通で、通されたリビングはほどよく片付いていて、ほどよく雑然としていて生活感がある。俺の家の雰囲気と大差ないかもと感じてひとまずほっとした。

「一瞬いい? 体裁整えてくるから」
「あ、はい」

 先輩が部屋を片付けると言うので立ったままリビングで待つと、五分も経たないうちに戻ってきた。

「お待たせ。こっち」

 玄関から一番近い扉が先輩の部屋だったらしい。廊下を戻って、緊張しつつ部屋に入る。
 ぱっと見た印象は、思ったより普通で逆に安心した。
 ああ、先輩の部屋だな。と内心独りごちる。先輩の香水が、部屋に馴染んでいていつもの匂いがする。
 モノトーンで揃えられた部屋で、正面にある本棚が目についた。そこだけカラフルな背表紙が並んでいるから目立っている。

「片付いてるようで片付いてないから、あんま細かいところ見ないでね」
「本棚は見ても大丈夫ですか?」
「いいよ。気になるやつあったら出していいし」
「単行本も結構ありますね」
「ほとんど昔読んだやつだよ。それが幅きかせててそろそろ入らなくなってきたから、整理しようと思っててできてない」

 先輩の部屋に来てると思うと緊張してしまいそうで、本を見て気を紛らわせることにした。
 壁まで進んで、漫画と小説の背表紙が並ぶ本棚の前にしゃがむ。腰くらいまでの収納棚で、インテリアとしてはどっちかというと天板の上のディスプレイスペースがメインだろう。
 棚の上にはお洒落な置き時計とか、お土産らしきスノードームもあるけど、半分以上本とゲーム機に侵食されている。とりあえず置いた、という気持ちがすごくわかる。ちょっと大雑把なところもあるんだ、となんか安心した。

「飲み物とってくる」

 と言って先輩がリビングに戻っていったので、俺は改めて本の背表紙に注目した。