あ、という顔になった先輩が、さりげない動きで腕から女子の手を外し、アオハルの輪からするりと抜けた。
「春川?」
「じゃ、俺行く」
「えー? なに? ほんとに帰るのー?」
呼びかけに答えず、先輩は俺のところに小走りで駆け寄ってくる。門から覗く俺の視界を自分の身体で遮った。
「ごめん、お待たせ」
そう言うと、先輩が俺の肩に手を置いて、くるりと身体を回した。
「え?」
そのまま背負ったリュックを軽く押されるように促されて、来た道を引き返した。
急いで門から離れたいというような雰囲気に瞬きしつつ、先輩の手がリュックごしに背中に回っているのが気になってどぎまぎする。
「え、待ってだれ?」
「男? 男じゃん」
「なんだ、男か」
「どこの制服?」
「東高じゃない?」
「顔わかんなかったね」
後ろから賑やかな声がまだかすかに聞こえた。
そうか、俺の顔見られたくなかったんだ。とその声を聞いて思い至った。
校門が見えなくなるまで歩いたところで、先輩は俺から腕を離して軽く息をついた。
「あの、すみません」
「え?」
「勝手に来ちゃって」
俺はぺこっと頭を下げる。
きっと、学校まで来たのは迷惑だった。
よく考えたら、いくら仲がよくても冴えない見た目の俺が先輩の待ち合わせの相手だって見られたら恥ずかしいよな。ちゃんと考えればよかった。
前田のことがあってもっと気をつけなきゃと思ったのに、全然ダメじゃん、俺。
「駅で待ち合わせって言われたのに、余計なことして、すみません」
「待った。なんで謝る? みずき、ちょっとこっち来て」
先輩が真面目な顔になって俺の腕を掴んだ。近くの横道に引っ張っられる。
学生が歩いていない道でまで来て、先輩が俺の顔を覗き込んできた。
「引っ張ってごめん。せっかく来てくれたのに余計なこととか思わないけど、どうした?」
「……迷惑じゃなかったですか?」
「全然。さっさと逃げたのは、あそこで山﨑とかクラスの女子に絡まれたらみずきが引くなと思って」
「そうですか? 俺邪魔じゃなかったですか?」
「全く。俺が誘ったんだし、それで俺が怒ってたら俺の情緒おかしいでしょ。待ってる間誰かに絡まれなかった? 大丈夫?」
「は、はい……」
頷いたら、先輩がほっとしたように笑った。その笑みを見たら俺も力が抜ける。
「すみません、俺マイナス思考になっててうざくて」
「うざくないし、俺は朝だけじゃなく帰りもみずきに会えてラッキー以外ないけど」
「え?」
「とりあえずなんかあったのはわかった。行こう。俺の家でい?」
「はい!?」
さらっと言われたことに仰天する。今、俺の家って言った?
「駅前だと知り合いに会いそうだし、ゆっくり話すなら家がいいと思うけど」
「先輩の……家ですか?」
「うん。親仕事だし、妹はそのうち帰ってくるけどまだ時間あるから」
せ、先輩の家に、行っていいんですか?
そんな簡単に?
という心の声がして、心臓が大きく跳ねる。
「家以外だと……話せるとこ、公園とか? 寒くない?」
「そ、そうですね」
「俺の部屋来たら本棚あるよ」
「行きます」
つい即答してしまい、先輩が笑った。
「見てもいいんですか?」
「いいよ。そんなにたくさんはないけど」
本棚、という言葉につられ現金にもテンションが急上昇した。躊躇していた気持ちを容易く乗り越えて、一瞬で「行く」が勝る。なんなら色々な葛藤を忘れ去り「ぜひ」という副詞もそこに乗っかった。
「本見たら、みずき元気になるかなと思って」
「ほんとにいいんですか?」
「特に面白いものはないけど、みずきならいいよ」
気持ちがふわっと浮上する。先輩の言葉が嬉しかったから、ちょっと照れてはにかんだ。
「わ……た、楽しみです!」
「うん。可愛すぎてギュンだね」
「え?」
「え?」
何か今聞こえた?
聞き返したら、先輩もきょとんとしたから、俺は幻聴か? と首を傾げた。
気のせいか。先輩から可愛い、みたいな単語が聞こえた気がするけど、突然で意味わかんないしな。聞き間違いだろう。
「じゃあ帰ろう。こっちだよ」
先輩はさくさく歩き始めた。慌てて追いかけながら、俺は先輩の背中を見つめる。
ふと、こんなに間近で背中を見るのも初めてだと気づいた。一緒に道を歩くのも、よく考えたら初めてじゃない?
思っていたより、先輩は背中が広い。並ぶと俺よりも頭一つくらい背が高くて、スタイルがいい。腰の位置、明らかに俺と違うよな……?
でもすらっとして見えるけど体つきは結構しっかりしてる。さっき掴まれた手も、大きかった。
綺麗ってだけじゃなくて、男らしいところもあるんだな、と思ったら胸の奥が変にざわついた。
先輩の隣を歩けるのが嬉しいのに、同時に緊張して、なんだか落ち着かないような。
「みずき、定期だからチャージとかしなくて大丈夫だよね」
「あ、は、はい」
話しかけられて我に返り、先輩に続いて改札を通過した。
いつもは先輩が降りる駅で、今日は二人で一緒に乗る。
「春川?」
「じゃ、俺行く」
「えー? なに? ほんとに帰るのー?」
呼びかけに答えず、先輩は俺のところに小走りで駆け寄ってくる。門から覗く俺の視界を自分の身体で遮った。
「ごめん、お待たせ」
そう言うと、先輩が俺の肩に手を置いて、くるりと身体を回した。
「え?」
そのまま背負ったリュックを軽く押されるように促されて、来た道を引き返した。
急いで門から離れたいというような雰囲気に瞬きしつつ、先輩の手がリュックごしに背中に回っているのが気になってどぎまぎする。
「え、待ってだれ?」
「男? 男じゃん」
「なんだ、男か」
「どこの制服?」
「東高じゃない?」
「顔わかんなかったね」
後ろから賑やかな声がまだかすかに聞こえた。
そうか、俺の顔見られたくなかったんだ。とその声を聞いて思い至った。
校門が見えなくなるまで歩いたところで、先輩は俺から腕を離して軽く息をついた。
「あの、すみません」
「え?」
「勝手に来ちゃって」
俺はぺこっと頭を下げる。
きっと、学校まで来たのは迷惑だった。
よく考えたら、いくら仲がよくても冴えない見た目の俺が先輩の待ち合わせの相手だって見られたら恥ずかしいよな。ちゃんと考えればよかった。
前田のことがあってもっと気をつけなきゃと思ったのに、全然ダメじゃん、俺。
「駅で待ち合わせって言われたのに、余計なことして、すみません」
「待った。なんで謝る? みずき、ちょっとこっち来て」
先輩が真面目な顔になって俺の腕を掴んだ。近くの横道に引っ張っられる。
学生が歩いていない道でまで来て、先輩が俺の顔を覗き込んできた。
「引っ張ってごめん。せっかく来てくれたのに余計なこととか思わないけど、どうした?」
「……迷惑じゃなかったですか?」
「全然。さっさと逃げたのは、あそこで山﨑とかクラスの女子に絡まれたらみずきが引くなと思って」
「そうですか? 俺邪魔じゃなかったですか?」
「全く。俺が誘ったんだし、それで俺が怒ってたら俺の情緒おかしいでしょ。待ってる間誰かに絡まれなかった? 大丈夫?」
「は、はい……」
頷いたら、先輩がほっとしたように笑った。その笑みを見たら俺も力が抜ける。
「すみません、俺マイナス思考になっててうざくて」
「うざくないし、俺は朝だけじゃなく帰りもみずきに会えてラッキー以外ないけど」
「え?」
「とりあえずなんかあったのはわかった。行こう。俺の家でい?」
「はい!?」
さらっと言われたことに仰天する。今、俺の家って言った?
「駅前だと知り合いに会いそうだし、ゆっくり話すなら家がいいと思うけど」
「先輩の……家ですか?」
「うん。親仕事だし、妹はそのうち帰ってくるけどまだ時間あるから」
せ、先輩の家に、行っていいんですか?
そんな簡単に?
という心の声がして、心臓が大きく跳ねる。
「家以外だと……話せるとこ、公園とか? 寒くない?」
「そ、そうですね」
「俺の部屋来たら本棚あるよ」
「行きます」
つい即答してしまい、先輩が笑った。
「見てもいいんですか?」
「いいよ。そんなにたくさんはないけど」
本棚、という言葉につられ現金にもテンションが急上昇した。躊躇していた気持ちを容易く乗り越えて、一瞬で「行く」が勝る。なんなら色々な葛藤を忘れ去り「ぜひ」という副詞もそこに乗っかった。
「本見たら、みずき元気になるかなと思って」
「ほんとにいいんですか?」
「特に面白いものはないけど、みずきならいいよ」
気持ちがふわっと浮上する。先輩の言葉が嬉しかったから、ちょっと照れてはにかんだ。
「わ……た、楽しみです!」
「うん。可愛すぎてギュンだね」
「え?」
「え?」
何か今聞こえた?
聞き返したら、先輩もきょとんとしたから、俺は幻聴か? と首を傾げた。
気のせいか。先輩から可愛い、みたいな単語が聞こえた気がするけど、突然で意味わかんないしな。聞き間違いだろう。
「じゃあ帰ろう。こっちだよ」
先輩はさくさく歩き始めた。慌てて追いかけながら、俺は先輩の背中を見つめる。
ふと、こんなに間近で背中を見るのも初めてだと気づいた。一緒に道を歩くのも、よく考えたら初めてじゃない?
思っていたより、先輩は背中が広い。並ぶと俺よりも頭一つくらい背が高くて、スタイルがいい。腰の位置、明らかに俺と違うよな……?
でもすらっとして見えるけど体つきは結構しっかりしてる。さっき掴まれた手も、大きかった。
綺麗ってだけじゃなくて、男らしいところもあるんだな、と思ったら胸の奥が変にざわついた。
先輩の隣を歩けるのが嬉しいのに、同時に緊張して、なんだか落ち着かないような。
「みずき、定期だからチャージとかしなくて大丈夫だよね」
「あ、は、はい」
話しかけられて我に返り、先輩に続いて改札を通過した。
いつもは先輩が降りる駅で、今日は二人で一緒に乗る。
