◇
昼休みが始まってすぐ、手洗いに行って教室に戻る途中、廊下ですれ違った集団に話しかけられた。
「庵野」
「え?」
「前田と同中だっけ?」
「あ、うん。そうだけど」
同じクラスの陽キャグループだった。西野を含む五人連れ。いつもいる前田はどこかに行っているのか、一緒じゃない。
「どうかした?」
緊張しつつ尋ねると、西野はにやっとして俺を手招きした。
「なあ、前田が中学のとき、この子と付き合ってたってほんと?」
そう言って西野が見せてきたスマホには、見覚えのある女の子の画像が映っている。どこから手に入れてきたのか、修学旅行っぽいな、という女子が数人でいる写真だ。
覗き込んで、記憶を確認した。そういえば、前田がこの子と中三のとき付き合ってるって話を聞いたことがあったような。前田は中学でも明るいキャラだったからモテていた。半年くらいのスパンで、彼女は二、三人変わってたと思う。
見せられた画像の子は真面目で大人しいタイプだった。確か高校は別のところに行ったはず。前田と付き合うなんて意外だなって当時話題になっていた。
「うん、そうじゃないかな」
「まじ? ほんとなんだ」
「俺の記憶が合ってればだけど。それが?」
「いや、なんでもない。ありがと」
西野はぽんと肩を叩いてきて、俺の疑問には答えずに待っていた四人と話しながら去っていった。にやにや顔を見合わせて、俺が見送っているとそのうちゲラゲラ笑いながら歩いていく。
その雰囲気がなんとなく嫌な感じがしたから、今のやり取りが胸にひっかかった。
「庵野? どうした?」
教室に戻って、弁当を開いて待っていた黒木が聞いてくる。見てわかるほど、俺は微妙な顔をしていたらしい。
「ううん、なんともない。食べよう」
もやっとした感じは残ったものの、黒木と話しているうちにだんだんテンションが戻ってきて、昼休みが終わるころには俺は西野達と話したことを忘れていた。
「みずき」
と、呼び止められたのは放課後だった。
教室で黒木と別れて、委員会の当番もないので帰宅するつもりで靴箱に行ったら、前田が俺を追いかけてきた。
「なに?」
「ちょっといい?」
前田の表情が硬かったから、なんだろうと不思議に思う。
二人で校舎の外に出て、駐輪場の裏の人が少ない場所に移動した。
「前田?」
「あのさ、西野達に余計なこと言った?」
「え?」
突然だったからぽかんとしたけど、すぐに昼休みのことに思い至った。
「あ……昼休み、前田が付き合ってた子のこと聞かれた」
「伊藤さん?」
「あ、うん。そう、伊藤さんだったね」
「それでそうって言った?」
「うん。……違ったっけ?」
もしかして、二人が付き合っていたという話は間違ってたんだろうか。そしたら俺は嘘を教えたことになる。
青ざめたら、前田はそれには首を横に振った。
「違わない。付き合ってた。でもあいつら、伊藤さんの写真見て普通にブスとか言うから、ムカついて」
珍しく不機嫌な声の前田は明らかに怒っている。
普段の温厚な雰囲気とは違っていて、イラついたような顔を見たら胸の中がツッとつめたくなった。
「ごめん、俺」
「あいつら時々俺をいじってくんだけど、俺を下げるために伊藤さんを悪く言うからムカつく。関係ねーじゃん、あいつらに。元カノのこと悪く言われんの嫌だから、次西野達から何か言われても知らないって言ってくれる?」
「わかった。ごめん。俺勝手に答えちゃって」
「気をつけてくれればいいから。じゃ」
前田は険しい表情を崩さずに、それだけ言って校舎の方に戻っていった。
俺は頭の中で昼休みのやり取りを反芻する。
ヤバい。と、どっと冷や汗が噴き出した。
多分、前田は昼休みに西野達に揶揄われたんだ。グループの中心にいる西野は他人をいじって笑いを取るタイプの奴だから、仲がよくても標的にされたら面倒だということはわかる。
四月から半年以上経って仲良くやっているように見えたから、何の疑いもなく答えてしまった。これがきっかけでグループがこじれて、前田が孤立したらどうしよう……
前田が消えた方をしばらく眺め、駅までの道を歩きながらも、軽率なことをしてしまった後悔とショックで他のことを考えられない。
人間関係で悩むなんて久しぶりで、家に帰ってからも気分が晴れなかった。
前田に言われたことを何度も思い返して、自分が昼休みにしたことを後悔して、バカバカ俺のバカ、と頭の中で自分を罵倒する。
いつもなら本を読むか、先輩と話すネタを考えてたら時間が過ぎるのに、今日は本を開こうという気にもならなくて、ベッドに寝そべったまま意味もなくスマホをいじっていた。
春川先輩からメッセージが来ていて、開いて読んだけどいい返しが思いつかない。
いまいち盛り上がらずに、やり取りもすぐ終わってしまった。
明日、前田にもう一度謝った方がいいのかな。
でも西野達の前で話しかけない方がいいだろうし、前田はもう俺に話しかけてほしくないと思ってるかも。
気楽に話せる友達だったのに、今日で信頼を失ったかも。
不安になってしまって、どんどん悪い方に傾いていく。
これじゃダメだ、と考えるのをやめて、宿題と予習に集中することにしたけど、結局全然捗らなくて寝たのは夜遅くだった。
昼休みが始まってすぐ、手洗いに行って教室に戻る途中、廊下ですれ違った集団に話しかけられた。
「庵野」
「え?」
「前田と同中だっけ?」
「あ、うん。そうだけど」
同じクラスの陽キャグループだった。西野を含む五人連れ。いつもいる前田はどこかに行っているのか、一緒じゃない。
「どうかした?」
緊張しつつ尋ねると、西野はにやっとして俺を手招きした。
「なあ、前田が中学のとき、この子と付き合ってたってほんと?」
そう言って西野が見せてきたスマホには、見覚えのある女の子の画像が映っている。どこから手に入れてきたのか、修学旅行っぽいな、という女子が数人でいる写真だ。
覗き込んで、記憶を確認した。そういえば、前田がこの子と中三のとき付き合ってるって話を聞いたことがあったような。前田は中学でも明るいキャラだったからモテていた。半年くらいのスパンで、彼女は二、三人変わってたと思う。
見せられた画像の子は真面目で大人しいタイプだった。確か高校は別のところに行ったはず。前田と付き合うなんて意外だなって当時話題になっていた。
「うん、そうじゃないかな」
「まじ? ほんとなんだ」
「俺の記憶が合ってればだけど。それが?」
「いや、なんでもない。ありがと」
西野はぽんと肩を叩いてきて、俺の疑問には答えずに待っていた四人と話しながら去っていった。にやにや顔を見合わせて、俺が見送っているとそのうちゲラゲラ笑いながら歩いていく。
その雰囲気がなんとなく嫌な感じがしたから、今のやり取りが胸にひっかかった。
「庵野? どうした?」
教室に戻って、弁当を開いて待っていた黒木が聞いてくる。見てわかるほど、俺は微妙な顔をしていたらしい。
「ううん、なんともない。食べよう」
もやっとした感じは残ったものの、黒木と話しているうちにだんだんテンションが戻ってきて、昼休みが終わるころには俺は西野達と話したことを忘れていた。
「みずき」
と、呼び止められたのは放課後だった。
教室で黒木と別れて、委員会の当番もないので帰宅するつもりで靴箱に行ったら、前田が俺を追いかけてきた。
「なに?」
「ちょっといい?」
前田の表情が硬かったから、なんだろうと不思議に思う。
二人で校舎の外に出て、駐輪場の裏の人が少ない場所に移動した。
「前田?」
「あのさ、西野達に余計なこと言った?」
「え?」
突然だったからぽかんとしたけど、すぐに昼休みのことに思い至った。
「あ……昼休み、前田が付き合ってた子のこと聞かれた」
「伊藤さん?」
「あ、うん。そう、伊藤さんだったね」
「それでそうって言った?」
「うん。……違ったっけ?」
もしかして、二人が付き合っていたという話は間違ってたんだろうか。そしたら俺は嘘を教えたことになる。
青ざめたら、前田はそれには首を横に振った。
「違わない。付き合ってた。でもあいつら、伊藤さんの写真見て普通にブスとか言うから、ムカついて」
珍しく不機嫌な声の前田は明らかに怒っている。
普段の温厚な雰囲気とは違っていて、イラついたような顔を見たら胸の中がツッとつめたくなった。
「ごめん、俺」
「あいつら時々俺をいじってくんだけど、俺を下げるために伊藤さんを悪く言うからムカつく。関係ねーじゃん、あいつらに。元カノのこと悪く言われんの嫌だから、次西野達から何か言われても知らないって言ってくれる?」
「わかった。ごめん。俺勝手に答えちゃって」
「気をつけてくれればいいから。じゃ」
前田は険しい表情を崩さずに、それだけ言って校舎の方に戻っていった。
俺は頭の中で昼休みのやり取りを反芻する。
ヤバい。と、どっと冷や汗が噴き出した。
多分、前田は昼休みに西野達に揶揄われたんだ。グループの中心にいる西野は他人をいじって笑いを取るタイプの奴だから、仲がよくても標的にされたら面倒だということはわかる。
四月から半年以上経って仲良くやっているように見えたから、何の疑いもなく答えてしまった。これがきっかけでグループがこじれて、前田が孤立したらどうしよう……
前田が消えた方をしばらく眺め、駅までの道を歩きながらも、軽率なことをしてしまった後悔とショックで他のことを考えられない。
人間関係で悩むなんて久しぶりで、家に帰ってからも気分が晴れなかった。
前田に言われたことを何度も思い返して、自分が昼休みにしたことを後悔して、バカバカ俺のバカ、と頭の中で自分を罵倒する。
いつもなら本を読むか、先輩と話すネタを考えてたら時間が過ぎるのに、今日は本を開こうという気にもならなくて、ベッドに寝そべったまま意味もなくスマホをいじっていた。
春川先輩からメッセージが来ていて、開いて読んだけどいい返しが思いつかない。
いまいち盛り上がらずに、やり取りもすぐ終わってしまった。
明日、前田にもう一度謝った方がいいのかな。
でも西野達の前で話しかけない方がいいだろうし、前田はもう俺に話しかけてほしくないと思ってるかも。
気楽に話せる友達だったのに、今日で信頼を失ったかも。
不安になってしまって、どんどん悪い方に傾いていく。
これじゃダメだ、と考えるのをやめて、宿題と予習に集中することにしたけど、結局全然捗らなくて寝たのは夜遅くだった。
