君を包む海になりたい


 昨日から胸がザワついてしょうがない。
 なんていっても、今日は5月30日。
 花火大会当日だ。

 そして、俺が蒼に告白する日。

 緊張でお腹が痛い。
 心臓がキューッと縮こまっている。

 この日のために、ショッピングモールで買った浴衣をガサゴソと取り出す。
 紺色に近い青。あいつみたいに、綺麗な色。
 でも……俺に似合うか不安だった。だけど、買い物にあいつを呼んだら意味ないし。

「母さん、これ似合うと思う?」
「あんな浴衣なんて買ったの? 似合うと思うけど、着れるの?」
「き、き、着れない。母さんが着せて」
「しょうがないわねぇ……もう」
「あと蒼も後で着せてもらいに来るから、それまでに着させて」
「蒼ちゃんのも!? まぁ、いいけど……、出店の焼きそば買ってきてよね?」
「分かってるって! じゃ、よろしく!」

 俺はソワソワしていても立っても居れなかった。
 早く準備しなきゃと、髪の毛をいじってみる。

 鏡に映る自分は、ぐちゃぐちゃの髪で最悪だった。
 髪をまた洗う。なんでこんなことやってんだろ……。

 普段通り、ノーセットでいい。
 きっと、そのままの自分がいい。 

 母さんに着付けてもらう。
 意外と簡単で、自分で出来たかもなんて思う。

「はい、終わりね」
「あ、あ、……ありがとう」
「あんた、楽しんできなさいよ」

 約束の時間が刻一刻とせまる。
 俺は落ち着かなかった。
 あいつの浴衣姿を見れるのは嬉しい。
 けれど、告白しなきゃいけない緊張が迫ってくる。

「兄ちゃん、似合ってんじゃん」
「あれ、まだ居たの? ……お、お前」
「うん。蒼くんは?」
「待ち合わせの時間まではあと……5分くらい……やば」
「ん? なにが?」
「いや……な、なんでもない」

 その時、家のインターホンが押される。
 俺はそれを聞いて、腰を抜かすほどに驚く。

 5分前か……律儀だな。
 玄関に急ぐ。そして、息を整える。
 ドアを開けると、そこには白っぽい浴衣を着た蒼が居た。
 俺を見て、ぱっと笑顔になる。

 俺は息が止まりそうになる。
 顔にかかる前髪、いつもは見えない首元。不格好に編み込まれた横髪。
 その可愛くて、綺麗で、かっこいい……蒼の姿を見ていたら。

「あ、あれ……着てきたの?」
「なんか自分で出来ちゃった。お母さんにも申し訳ないから」
「に、に……」

 言葉がつっかえる。
 喉の奥に、何か邪魔者が居るように。
 でも、伝えなきゃ。
 今日は決めたんだ。言うって。

「似合ってるよ。蒼」

 その言葉に、蒼は顔を俯かせる。
 気に触ったか?でも、後悔はなかった。

「……ありがと。お前もな」

 小さな声だった。
 でも、嬉しかった。

「あら、蒼ちゃん……綺麗ね」
「蒼くん! 兄ちゃんのことよろしくね! 迷子にならないように!」
「あはは、ありがとう。行ってきます」
「帰りは連絡するからー」

 俺たちは出発した。
 開催地の土手に向かう道中は賑やかだ。
 所々に出店が並び、呼び込みを張り切る店員さんが話しかけてくる。

 俺たちの目当てはもう少し先の、屋台のりんご飴だった。
 少しだけ暗くなった辺りに、目立つように屋台が立ち並ぶ。

「あ! りんご飴!」
「あ、あったね……買うかぁ」
「1個でいいかな?」
「いやいや……さすがに2個で」

 蒼はいたずらに笑う。

「1個でもいいじゃん。シェアすれば」
「ば、ば、ばか! 俺は1個食べたいの!」

 蒼の手のひらの上だった。
 俺の気持ちなんてお見通しみたいに、その綺麗な瞳は真っ直ぐとこちらを見る。

 俺たちは2つりんご飴を買って、土手の方へと歩く。
 人混みの中ではぐれないように、途中でお互いを確認しながら。

 そんなことを思っていたら、人混みに蒼が飲まれていきそうになる。
 俺は咄嗟に蒼の手首を掴む。
 少しボコボコとした感触。ケロイドだろうか。

「大丈夫? 蒼」
「大丈夫大丈夫、悪い」
「こ、こ……ここの人混み抜けたら、地元民しか知らない人が少ない所に行こう」
「そうだね。その方が見やすいだろうし」

 俺はなぜか、その手首を離せなかった。
 蒼が俺から離れていきそうになった時を思い出す。
 もう離したくない。

 それを、きちんと伝えるんだ。

 土手のメインの場所ではない、俺が見つけた秘密の場所。
 そこにはベンチがあって、座って花火大会を楽しめる。
 なぜ知られていないのかは分からない。けど、俺が最初に見つけた場所。

 そこに蒼を案内する。

「じゃーん! ベンチもあります」
「最高かよ、アツ」
「早く上がらねぇかなぁ……い、今、40分か」
「19時からだっけ?」
「そ、……そ、そうそう。ま、まじで思ってるよりもすごいよ。早く見せてぇなあ」

 俺たちは顔を見合せ、笑った。
 優しい微笑み。俺にしか見せない、この顔が好きだ。
 口角を上げると、片側に少し見えるえくぼ。
 それさえも、俺には特別だった。

 俺は覚悟を決めた。
 胸がバクバクと鳴り響く。
 蒼が膝に乗せていた手に、手を重ねる。

 蒼の顔がこちらに向く。
 花火大会が始まる前に言わないと。
 絶対言えなくなる。

「あ、あの……俺……あ、あ、蒼のことが……」

 その瞬間、花火が打ち上がる。
 大きな音。最初の一発はいつも派手だ。
 タイミング……逃した……。

 そのまま俯くと、蒼が俺の顎を掴み、無理やり目を合わせる。

「ちゃんと言え。目見ていえ。大声で言え」

 その目は鋭かった。そして……綺麗だった。

「お、俺は……蒼のことが……す、す……」
「……」
「す、す、……好きだー!!!」

 その瞬間、また花火が打ち上がる。
 まるで、俺の溢れる気持ちが打ち上がったようだった。

 青い大きな花火があがる。

 蒼は俺の頭を撫でる。

「よくできました」

 俺は笑った。
 やっと言えた。やっと……言えたんだ。
 クシャクシャにされた髪の毛は直さなかった。

 そのまま、蒼の顔が近づく。
 ああ……しゅわりと溶けていく。
 俺は、こいつの海になれるのかな。

 花火は続く。
 色とりどりの綺麗な花火。
 俺たちは、それを並んで見ていた。

 蒼の手を握る。
 恋人繋ぎ……に直される。

 花火の落ちる場所で、俺たちは結ばれた。
 関係は変わらない。
 ただ、名前が付いただけ。