君を包む海になりたい


 フラフラとする蒼の手を引っ張る。
 それに黙ってついてくる彼は、今どんな顔をしてるんだろう。

 その時、俺のスマホが鳴る。

「ごめん、電話だ。もしもし」
「あんた、蒼ちゃん見つけたの?」
「うん、海にいた」
「なに? 海? そこに居なさい! 車で迎えに行くから」
「で、でで……でもまだ電車……」
「いいから!! 時間でも潰してな!」

 プープーと通話の終わりを知らせる音がする。
 一方的に切りやがって。

「蒼、母さん迎えに来るって」
「そんな……悪いよ」
「大丈夫。会いたいんだよ、お前に」
「……ごめん」
「ま、また……謝んなって」

 俺はやっと、蒼の顔を見る。
 蒼の少し晴れた目は、それでもキラキラと輝く。
 少ない街灯を味方につけて、天から光が降り注いでいるように見える。

 あぁ、ようやく気づいた。
 俺、こいつのこと……前からこんな風に見えてた。

「あ、あアイス……食べよ……」
「でも寒くない?」
「おめぇが奢るっつってたんだろ」
「……ふふ、怒んなって。分かったよ」

 俺たちはコンビニに入り、好きなアイスの味を知った。
 俺はチョコミント、蒼はソフトクリーム。

 コンビニのすぐ近くにある公園。
 少し気味が悪いが、そこしか座るところがないからしょうがない。

 ベンチに並んで、奢ってもらったアイスを頬張る。

「ちめて〜」
「だから言っただろ……」
「でも、うまい!」
「ああ、良かったよ」

 俺たちは、昨日のことが無かったみたいに振舞った。
 きっと、それが一番いいと思った。

「花火大会って……屋台でるの?」
「で、出るよ。チョコバナナとかりんご飴とか」
「へぇ……りんご飴か」
「お前好きそうだな。りんご飴。買おうな」
「うん」
「そうだ、蒼は浴衣とか着る?」
「え? なんで?」
「せっかくだし、夏っぽい格好したくね?」
「んまぁ、いいけど……俺一人じゃ着れねぇよ?」
「母さんがやってくれるに決まってんだろ」

 夏っぽい格好がしたいなんて、嘘だった。
 浴衣姿の蒼が、ただ見たいだけだった。
 その写真を二人で撮りたいだけだった。

 すると、見慣れた車が公園の前に止まる。

「あ、母さんだ。聞かれて嫌なことは言わなくていいからな」
「……ありがとう」
「蒼ちゃん! 海! 迎えに来たよ。後ろに乗りな」
「兄ちゃん〜、僕も心配で来ちゃった。やほ、蒼くん」
「皆さん……ご迷惑おかけして……」
「いやいや、迷惑なんかじゃないわよ。暗い中にこんな可愛い子置いておけないからね。はい、帰りましょ」

 俺の家族に囲まれ、ガヤガヤとした空気に包まれる。
 蒼は腫れた目を見られないように、俯いて話す。
 それがより、家族にとっては不安に繋がるようで、明るい話を振る。

「そうだぁ、花火大会楽しみね」
「そうだね。僕は彼女と行くけど」
「はぁ!? 空、彼女いんのかよ!」
「兄ちゃんとはちげーの」
「ま、ま、まじか……」
「ふふ、ほんとに仲良しですね」

 蒼は嬉しそうに笑う。

「蒼くんは好きな人とか居ないの?」
「……え?」
「おい、答えなくてもいいからな」
「……いや、居るよ。辛い時、悲しい時、嬉しい時、楽しい時、どんな時でもその人がそばに居てくれたらなって人」
「あら……そうなのね……」

 母さんはあからさまにテンションが下がっている。
 イケメン俳優の熱愛に凹むタイプか……。
 でも、俺のことか? ほんとに……そんなに思ってくれてんのか?

「へぇ。兄ちゃんは?」
「あ、あ?」
「兄ちゃんの好きな人はどんな人なの?」

 こいつ……わかってて言ってる……。
 くそ、ずる賢い野郎。

「お、俺の好きな人は、強そうに見えて、でも優しくて……いいやつ」
「分かった分かった! 兄ちゃんの聞くのは流石にグロかったわ」

 蒼、どんな顔してるんだろう。
 俺はそんなことを思いながら、蒼の方に顔を向けた。
 すると、蒼もこちらを向いていた。
 じっと、俺の目を見つめていた。

 俺も、彼の瞳から目を離すことができなかった。
 その時、俺の中で何かが落ちる音がした。

 俺は、前方の母さんと空にバレないように、蒼の手に手を重ねた。
 心臓が跳ねる。顔が熱くなる。

「はい。蒼ちゃんのアパート着いたわよ〜。短い距離だけど気をつけて帰りなさい」
「……っあ! ありがとうございます! し、失礼します!」
「蒼! 連絡しろよ!」

 そんな声をかけて、車から降りていく蒼の背中を見送った。

 その後、俺は急いで風呂に入った。
 そうして、蒼にメッセージを送る。

「今日の海もおもろかったな。また行こー」
「来週の花火大会もよろしく」

 すぐにスマホの電源を切った。
 返信が来るのを今か今かと待ちたくない。
 でも、通知を切ったら、あいつのメッセージを確認できない。

 電源をつける。
 すると、すぐに蒼からの返信が表示される。

「俺のこと、どう思ってんの?」

 やっぱり……そうか……。
 誤魔化せるものじゃない……よな。
 でも、メッセージで告白はダサいし……。
 ……そうだ! 花火大会があるじゃないか。

「来週に答え合わせ」

 含みを持たせた返信。
 それに対して、ぷりぷりと怒ったキャラクターのスタンプが送られてくる。

 花火大会。俺は人生で初めて告白する。
 生まれて初めてできた理解者に、告白する。
 関係が崩れるのは……望んでいない。
 けど、気持ちが抑えられない。

「りんご飴奢れよ」

 蒼からのメッセージ。
 でかい飴のお返しか。

 次の日の学校は、普通だった。
 泣き腫らした顔の蒼以外は。

「腫れてんねぇ、顔」
「うっせー」
「取れなかったかね、浮腫」
「水いっぱいのんだけど全然だめだったわ」

 俺たちは屋上のベンチで、ボトルフリップをしていた。
 暇つぶし。ただそれだけのために。

「てかお前、意外と泣き虫なんだな」
「うつですからね」
「な、な、何……脅し……?」
「ちげぇよばか」

 笑って過ごす昼休み。
 告白したら何が変わるんだろう。
 付き合えなかったら、どうなるんだろう。

 怖い。終わってほしくない。

 その時、ふと蒼の手首が見える。
 傷だらけで、痛々しい。
 恐らく、自分でつけたその傷。
 苦しくて、それが外面に出てきた傷。

 俺は抱きしめたかった。
 生きていてくれてありがとうって言いたかった。
 でも、出来なかった。

 いつかは、そう言ってあげたい。
 そう言ってあげられるのは、俺でありたい。

 スマホで日付を確認すると、5月25日。
 花火大会まで、あと5日。