君を包む海になりたい


 あれから、ずっとモヤモヤは消えなかった。
 自室の部屋で、ベッドに寝転びながら考える。

 蒼への気持ち、これはなんだろう。
 離れたくない。このまま、関係が終わるなんて嫌だ。
 けど……好きって言われて……。俺は、胸が締め付けられた。
 ずっと、その言葉を待っていたような気がした。
 でも、すぐには受け入れられなかった。それが、あいつにとってどれだけ悲しかったか。

 ……あいつのことを思うと、ドキドキする。
 あの綺麗な顔を思い出すと、心が高鳴る。
 これは……もしかして。でも、俺は……今まで……。

「兄ちゃん、ご飯できたって」
「ああ、ごめん」
「何? 考え事?」
「うん……今日、告白されて……」
「は!? やば! え、その話……あとで詳しく聞いてもいい?」
「ああ……うん。聞いてほしいかも」

 弟に恋愛相談か……でも、実際こいつしかまともに相談できそうな人居ないし、一人で悩んでも……しょうがないし。

 俺たちはご飯を食べ終わった後、皿を洗い、俺の部屋に集合した。
 こいつに蒼に告白されたというのは勇気が要る。知ってる仲だし、何より男だ。

「で、告白されたって……蒼くんに?」
「え……な、な、ななんで?」
「この前の蒼くん見てたら分かるよ。兄ちゃんのこと好きなんだろうなーって。兄ちゃんのこと見ては、はにかんで、時々恥ずかしそうにして……気づいてなかったの?」
「ええ……そうだったんだ……」
「ずっとダダ漏れだったと思うよ。兄ちゃんが鈍感すぎるだけで。あー、蒼くん可哀想」

 ずっと、俺のこと……。確かに、あいつも言ってた。

「ほら、兄ちゃんも満更でもないんだ」
「は?」
「ニヤニヤしてるよ。それも自分じゃ分かってないんだろうけど。もう付き合っちゃえばいいじゃん」
「い、い、いや……男だよ?」
「……兄ちゃん、好きなんでしょ? それこそこないだ分かりやすかったよ?」
「え?」
「兄ちゃんも蒼くんのことばっかり見て、見惚れてたじゃん」

 は?そうなのか?……俺って、あいつのこと……好き……なのか?
 その瞬間、あいつに頭を撫でられた時のことを思い出した。
 ドクドクと脈打つ心臓。赤く熱くなっていく顔。

「俺、あいつのこと……」
「はい。それは、蒼くんに言ってあげて。じゃあ、電話でもしてみなよ。僕は勉強するから。じゃあね」
「あ……うん」

 また一人になった。
 そうだ。俺も、ずっと前からあいつのこと……。
 スマホを握り締め、勇気を出して電話をかける。
 ……ダメだ。やっぱり、繋がらない。

 あいつ、思い詰めてないかな。
 心配だ……。でも、どこに……。

「ぜーんぶ包み込んでくれる気がすんだ。俺のやらかしたこととか、弱さとか、病気とか」

 もしかして……海に?
 でも、家にいるかも。まず、家に行ってみよう。
 それから、海に……。

 俺は居ても立っても居られなくなった。
 階段を駆け下り、玄関のドアを開けようとする。

「あんた! こんな時間にどこいくの!」
「あ、あ、あ蒼と……連絡取れなくて……心配だから探しにいく」
「……分かったわ。気をつけて行ってらっしゃい。帰りは迎えにいくから、連絡しなさい」
「え? いいの?」
「蒼ちゃん、何か事情があるんでしょう? あんたが支えてあげなさい」
「……わ、分かった。行ってきます」

 俺はチャリで蒼の家まで爆走した。
 自転車にスピード違反があったら、確実に捕まっていたと思う。
 蒼のアパート。ポストの名前を確認する。
 確か……3階だったはず。これだ、305!

 俺は階段を駆け上ると、息を切らせて305号室のドアの前に着く。
 緊張する。あの例のお父さんが出てきたら……。でも……。
 
 息を整え、チャイムを鳴らす。

「はい? ……蒼の友達?」
「こ、こ、こんばんは。蒼くん、いますか?」
「ごめんね。蒼、まだ帰ってきてないんだ」

 正直、拍子抜けした。どんなに怖いお父さんが出てくるかと思ったら、普通の人みたいだった。

「あいつ見つけたら、帰ってくるように言ってくれるか? 面倒かけてすまないね」
「い、いえ。探してみます」

 でも、この人は……蒼を殴るんだ。なんでだろう。もっと嫌な人だったらよかったのに。
 だから、きっと……蒼もずっと辛かったんだ。期待させるのが一番、残酷だ……。
 でも、そんなこと言ったら……俺のしていることも同じだったのかもしれない。

 俺は駅までチャリを飛ばした。
 駐輪場の値段なんて見ずに、適当に近くのところに止めた。
 そのまま改札を通り抜け、ちょうど止まっていた電車に飛び乗る。

 車窓かっら見える景色は、真っ暗だった。
 昼間に見たきらきらした街並みとは違った。
 暗くて、不安に駆られる。
 蒼も、この暗闇に一人でいるんだろうか。
 そんな蒼の姿を想像すると、胸が痛くなる。

 早く着け。あと一時間。
 暗闇に反射する自分の顔と、にらめっこしていた。
 早く会いたい。早く、誤解を解きたい。

 そうこうしていると、海辺の駅に着いていた。
 考え事をしていたら、意外と早く着いた。

 すぐに降りると真っ暗な街並み。
 街灯はほぼない。住宅地とはいえ、暗すぎるくらいだ。

 俺は記憶を頼りに、海へと向かった。
 
 浜辺が見えてくると、足が勝手に走り出す。
 早く会いたい。居てくれ……頼む。

 そこには……体育座りで泣きわめく蒼が居た。
 俺が近づく音にも気付かず、わんわんと泣いている。

「あ、あ、あ蒼……」
「……海?」

 蒼は焦って涙を袖で拭う。
 赤くなった目は、その事実をそのまま映し出す。

「良かった……こ、ここに居たんだ」
「どうして……どうして分かったんだよ」
「海が全部包み込んでくれるって言ってたろ?」
「そっか……」

 俺は黙って蒼の隣に座る。
 蒼は、不思議そうに俺のことを見つめる。

「気持ち悪くないの……」
「な、な、なにが?」
「俺がお前のこと好きって……」
「それが気持ち悪かったら、俺も気持ち悪くなるから」
「え……?」

 正直に口が動かない。
 気持ちを伝えたいのに、勇気がでない。

「てか、海綺麗〜」
「は……はぁ? そんな見えねぇよ」
「黙れ。心の目で見ろ」
「……ばか」
「お前もなー。一人で突っ走んな」

 空気は晴れて行った。
 俺が、こいつのことを包む海になりたいと思った。
 けど、そんな言葉は要らなかった。
 言えなかった。

 軽口を叩くだけが、俺の精一杯だった。

「一緒に帰ろ。まだ電車あるし」
「……いいの?」
「は、は、花火大会……行くんだろ? 勝手に居なくなんな」

 俺は蒼の手首を掴んだ。
 座り込む蒼を立たせ、引っ張って浜辺から連れ出す。

 蒼がどんな顔をしているのか見れなかった。
 けど、きっと……泣いてはいないと思った。