君を包む海になりたい


 時は過ぎて、冬。
 蒼とは相変わらず、親友のような、恋人のような、絶妙な距離感を保っていた。

 俺は初めての恋人で、よく距離感が掴めていなかった。
 妙な空気になると、ふざけて空気を変えてしまう。

「おはー」
「お、き、き来たな。デカ男」
「チビ。お前昨日のメッセ返せよ」
「つ、通知欄に残しとこうと思ったんだよ」

 授業中、横目に蒼を見ると俺のことを睨みつけていた。
 他の人から見れば、これは震え上がるほど怖い目線だが、俺にとっては子猫が睨みをきかせているようなものだ。

 昨日のメッセージをすぐに返さなかったことが、気に食わないらしく不機嫌だ。
 しょうがない。あとで、でかい飴でもあげるか。

 授業が終わると、俺を蒼は引っ張り屋上へ連れていく。

「お、おい。マフラーマフラー」
「俺のを一緒に巻けばいい」
「ば、ば、……ばか。お前が近づきたいだけだろ」

 屋上に着くと、蒼は真剣な眼差しで俺を見つめる。
 まただ。あの、妙な空気。
 赤らむ頬。それが冬のせいなのか、それとも蒼のせいなのかは……。本当は分かる。それは分かりきっている。

 蒼はじりじりと俺に寄る。
 背中に壁がどんどん近づく。

 ドンと、壁に背中がつく。
 すると、蒼は口を開く。

「近づきたいに決まってんじゃん」
「な、な……」
「俺たち、付き合ってんだよ?」

 俺はポッケをガサゴソと探り、飴玉を取り出す。
 それを無理やり蒼の口に放り込むと、にやりと笑った。

「そんなほっぺがボコってなってるやつに……な、何言われても……」

 蒼はそれでも、真顔だった。
 切れ長の目が、俺の心臓を刺す。
 バクバクと心臓が高鳴る。

 蒼は黙ったまま、俺を逃がさないように肩を掴んでいた。
 その目線が恥ずかしくて、蒼から目を逸らす。
 その瞬間、蒼は俺の顎を掴む。

 俺は無抵抗で、少し顔を上げ、無理やり目線を合わせるしかなかった。

「な、なんだよ……なに……」

 目の前に蒼が近づき、目を瞑る。
 蒼は飴を含んだまま、俺に口付けする。
 そのまま飴が、俺の口に移る。

「な、なんだよこんなとこで」
「……なに? 保健室でも行く?」
「……ばか」

 顔が熱くなって、恥ずかしくて。
 蒼の顔を見れなかった。
 甘い味と、蒼が口の中に広がる。

「ねぇ、手握って」
「は? なんでだよ」
「いーから、握ればか」

 俺は無抵抗で蒼の手を握る。
 すると、何か金属のような感触がする。

 手を開くと、銀色のネックレスがそこにはあった。

「え? なにこれ」
「プレゼント……。お前と付き合って、半年記念」
「え、え……俺……用意してな……」
「お前には、もっといいことしてもらうから」
「え……?」
「お前ん家でゲーム。新作やらせろよ?」
「は、はぁ!? 変な言い方すんなよ」
「お前こそ、変なこと考えんなよ。まぁ、さすがに実家ではな……」
「こ、こえぇよ! まだ心の準備出来てないの!」

 そんな言葉を交わしていても、俺は少し、後悔していた。
 記念日……か。そんなの考えていなかった。
 帰りに、駅ビルでも行ってみようか。

 授業終わりに、蒼は案の定話しかけてくる。

「一緒に帰るだろ?」
「うーん、今日は行きたいところあってぇ……」
「は? どこ?」
「……んー……ゲーセン……」
「じゃあ一緒に行こう」

 まずい。それじゃあ、プレゼントにならないじゃないか。
 でも、こうなると蒼は絶対に来る。
 どうしようかな……。

「あ、柏木」
「お、おう。あ……篠田! 今日ゲーセン行ける?」
「はぁ?」
「は? 何言ってんのお前」
「い、いやぁ……三人でゲーセン行こうかなって……」
「なんでだよ。髙木と……あんま仲良くねぇし」
「こっちから願い下げ。篠田くん、海のこと変な目で見てるし」
「お、おい……だからさ……仲良くなるためにも……」
「せっかくの記念日なのに……」

 蒼の表情は、いつにも増して真顔だった。
 小声で呟いた言葉は、ちゃんと聞こえていた。
 だからこそ、篠田が必要なんだ。

 俺は廊下に篠田を連れ出す。
 すると、篠田は呆れたような顔をする。

「なに? なんか企んでんの?」
「い、い、いや。あいつへのプレゼント買いたいんだけど……あいつがついてまわるから買える時間無さそうでさ。篠田に時間稼ぎしてほしいんだよ」
「……それはさ、都合良く扱いすぎじゃない? 俺のこと」
「ご、ごめん……」

 確かに、そうかもしれない。
 自分への好意を……良いように扱いすぎているかもしれない。

「まぁ、もうお前のこと好きじゃないけど。キッパリ振ってくれちゃったからさ。……だし、お前には悪いことしてきたから、協力する」
「え、まじ!?」
「……うん」
「よ、よかったぁ……ありがと! じゃあよろしく!」

 教室に戻ると、蒼はまた不機嫌そうな顔をしていた。
 しょうがない。でも……今日のプレゼントで巻き返す。

 帰り道は、気まずかった。
 俺の横にピッタリと付き篠田を睨みつける蒼と、苦虫を噛み潰したような顔をする篠田。
 それに挟まれる俺は、どんな顔をすればいいのか分からなかった。

 それよりも、ゲーセンでどう立ち回るか考えないと。

「篠田くん、海の隣歩かないでくんない」
「なんでだよ」
「海は俺……」

 少し高い位置の蒼の口を焦って手で塞ぐ。
 俺たちが付き合っていることは、慎重に扱わないと。

「わー! わー! ほらほら、もう着くよ! 何しよっか?」
「海……お前、後で覚えてろよ」
「大丈夫か……? 柏木」

 俺たちはゲーセンに足を踏み入れ、賑やかな店内に身を任せる。
 そのまま奥のクレーンゲームのコーナーに足を運ぶ。
 よし、蒼はこういうの夢中になるタイプだ……篠田に時間稼ぎさせれば、十分な時間が稼げるはず……。

「あ、こ、こ、これ……俺の好きなやつ」
「え? そうなの? 俺が取ってやろうか?」
「え? いいの?」

 よっしゃ……狙い通り。
 張り切る蒼は、早速両替機に急ぐ。
 俺は篠田に大げさなアイコンタクトを送る。

「今居ないから喋ってもいいだろ」
「あ、あ……あいつがあれに100円入れたら、俺がトイレ行くって言って駅ビル行ってくるから、適当に時間稼いどいて」
「海ー、3つのうちどれほしいの」
「この青い猫。す、好きなんだよね」
「よーし。見てろよ」

 蒼は筐体に100円玉を5枚入れる。
 こいつ……張り切りすぎだろ……。でも、可愛い。
 クレーンゲームで奮闘する蒼を見たい気持ちを抑えて、俺は口を開く。

「あぁ! ごめん、トイレ行く!」

 その言葉と同時に、俺は走り出した。
 そのままゲーセンを出ると、たまたま近かった駅ビルに走り込む。

 重いドアを開けて、息を整える。

 何やればいいんだろ……。なんの考えもなしに、メンズ向けのアクセサリー屋に入る。

 怖めの店員さんが居る古着屋に併設されたアクセサリー屋は、リーズナブルな割に凝ったデザインが多かった。

「いらっしゃい。何か探してる?」
「あ、あの……恋人に記念日のプレゼントを……」
「ああ、いいね。ここに来たってことは、相手の子は男の子だ」

 驚いた。すんなり受け入れるこの人に。
 大人って……皆こうなのか?

「そ、そ、そうです。ネックレスを貰ったんで、俺もアクセサリーあげたいなと思って……」
「そっかぁ。じゃあ、ネックレス返すか……それか指輪とか? 重いかな?」
「……い、いや、喜びそうです」
「なら良かった。予算ある?」
「い、い、1万円くらいなら……」
「頑張るねぇ。でも、これとか半分の値段でいい感じじゃない?」

 勧められた指輪は、銀色でシンプルだった。
 でも、波の模様が描かれていた。
 それが、蒼にピッタリだと思った。

「こ、こ、これにします!!」
「元気だねぇ。はい。じゃあ、ラッピングするね」

 即決だった。
 5分くらいで決めちゃった……。
 でも、それだけ蒼にピッタリのものを見つけた。店員さんのおかげだ。

「はい。頑張れよ」
「はい! ありがとうございます!」

 俺はまた走り出した。
 ゲーセンに走り込む。
 そして、息を整えながらクレーンゲームコーナーへ急いだ。

 すると、篠田と蒼は……青い猫を取るのに必死になっていた。

「おい! 違ぇよ! 今のはもっと左だろ!」
「ばか。タグに引っ掛けんだよ」
「お、お待たせ〜?」
「あ、海。ごめん……全然取れなくて」
「ちょっと待ってて」

 俺はその筐体に100円を入れる。
 左に行くボタンを長押しして、奥に行くボタンは少しだけ押す。
 すると、確率が来たのかアームはそのまま青い猫を持ち上げる。

「はい! 取れたぁ」

 俺は笑顔で蒼にそれを差し出す。
 そのまま、4回でそこにあった2つの猫を狩る。

「よっしゃー、全部取れた」
「え……海……こういうの得意だったの?」
「うん。ぼっちの時、クレーンゲームばっかやってたから。はい、これは蒼、これは篠田ね」
「俺にもいいのかよ」
「ち、ち、ちょうど3つだし」

 俺たちはしばらくの沈黙と、顔を見合せた後に、弾けるように笑った。

「あんなに苦労したの、なんだったんだよ」
「ははは。海の意外な特技だな」

 ゲーセンからの帰り道、篠田は空気を読み俺たちを2人にしてくれた。
 俺はリュックに入った指輪を、公園で渡すことにした。

「なぁ、ちょっと公園で喋って行こう」
「いいよ? 珍しいね。お前から」
「まぁ、いいじゃん」

 そのままベンチに座る。
 そして、息を整える。緊張で、アイドリングのための会話は出来なかった。

「ふぅ……」

 ガサゴソとリュックから、指輪の入った紙袋を取り出す。

「は、は、はい! 記念日のプレゼント」
「……え? 俺に……?」
「そうだよ。蒼以外に誰がいんの?」
「う、嬉しい……」

 蒼は俯き、顔を赤らめた。
 可愛い。素直にそう感じた。

「開けていい?」
「もち」

 蒼は指輪を取り出す。
 すると、俺の顔を見てパァっと笑顔になる。

「可愛い! めっちゃいいんだけど!」
「良かったぁ……サイズは?」
「……ピッタリ。しかも薬指に」

 にやりと笑う蒼は可愛かった。
 俺は気持ちが抑えられなかった。

 そのまま、蒼を抱き締める。

「え? え……?」
「あ、あ、蒼のこと……やっぱり……大好きです……」
「な、何言ってんのお前」
「好きなの! だから、ちょっとこのままで居させろ」

 蒼の広い肩に顎を乗せる。
 俺は、どんなに穏やかな顔をしてるんだろう。
 幸せだった。こんなに、可愛い恋人が居るなんて。

「……海、俺も大好きだよ」

 耳元で聞こえる声。吐息でくすぐったい。
 広い心で俺を包み込む蒼は、俺とっての海だった。

 そして、明日も俺たちはくだらない事で笑い合うんだろう。