君を包む海になりたい


 俺は、高校に入ってもうだつの上がらない日々を過ごしている。
 友達もまともに居ない。そんな生活に、嫌気がさしている。正直。

 一番後ろの席。風でカーテンが俺の視界を妨げる。
 カーテンにも嫌われたのかと、ため息が出る。

 そんな時、ガラガラと教室の扉が開く。

「はい。転校生紹介しまーす」

 担任のやる気のない声が響き、教室がざわつく。チョークの音がする。
 俺はそんな教卓の方には目線を移さず、一人でカーテンと戦っていた。
 ダサいなんて、気にしない。俺のことなんて、誰も見ていない。

「神奈川県から来ました。髙木蒼(たかぎあおい)です」

 ぶっきらぼうな転校生の声。
 その一声とともに、ざわついていた教室は途端に黄色い声に包まれる。
 流石の俺も、どんなイケメンが来たのか気になった。
 俺は、カーテンを窓に叩きつける形で退けてしまった。その音は、教室に響き渡る。

「怖……柏木、ライバル視?」
「まさか」

 陽キャの声が耳に入り、自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
 痛みにぎゅっと瞑った目を開くと、転校生がこちらをじっと見つめていた。
 焼けた肌に、少し茶色がかった色の髪が目立つ。目つきは鋭いが、テレビに出ているなんとかっていう俳優に似ていた。
 少し怖かった。もう少し言えば、ボコされるんじゃないかと思った。それくらいに、髙木は目つきが悪かった。

「じゃあ、あのでかい音立てたやつの隣ね。よろしくー」

 担任の言葉に返事はせず、会釈だけをした髙木はこちらへと近づく。
 俺は、何か先制の一手を打たなければと思った。そうしないと、こいつになめられると思った。

「お、おお、お。俺、柏木海(かしわぎうみ)。よろしく……な」
「俺、髙木。よろしく」
「っぷ。柏木、きめー」
「なぁ、転校生。お前、部活決まってんの?」

 俺の渾身の挨拶は転校生には適当にあしらわれた上に、陽キャたちの笑いの的になってしまった。

「おお、俺。って」
「こいつの隣とか、気の毒だわー」

 そんな言葉は、慣れっこだった。
 俺は、いつも通りに頬杖をついて窓の外に目を向けた。
 もう、転校生なんて見れなかった。逃げ癖のついた自分が、恥ずかしかった。

「お前の隣って方が、だるいわ」

 先ほどと同じ、ぶっきらぼうな声。思わず、俺はそちらへと目を向ける。

「あ?」
「あと、部活は柏木くんと同じにするから。ごめんね」
「なんだてめぇ」

 転校生の顔は、陽キャに向けられていて見えなかった。
 でもきっと、あの鋭い目があいつを刺したのだろう。陽キャは彼を攻撃するのを早々に諦め、静かになっていた。
 前を向いた転校生の横顔は、同性の俺が見ても綺麗だった。
 少し角張った輪郭に、すっと通った鼻筋。切れ長の目。冷たい表情。
 それは……女子もキャーキャーいうよな。

 というか……部活、俺と同じにするって言った?帰宅部なんだけど……。

「ごごごめん……た、たた髙木。転校早々……」
「必要以上に謝らなくていい。大丈夫だし」

 髙木は、こちらを向かずにそう答えた。
 その声色は、心を閉ざしているようだった。

「学校案内は、柏木がしてなー。仲良くやれよ、お前ら」
「え? 俺っすか?」
「分かりました。よろしく。柏木くん」

 昼休みの始まる頃、俺は緊張でどうにかなりそうだった。
 こいつのこと……案内しないとだけど、さっきから女子が鼻息ならしながらこっちチッラチラ見てんだよなぁ。
 チャイムが鳴ると、やはり女子はこちらへ向かってきた。もちろん、目当ては転校生だろう。

 その時、腕を掴まれる。

「なんだよ!」
「お前、弁当?」
「ちち、ちげぇけど」
「よかった」

 髙木はそのまま俺の腕を引いて、教室を小走りで出た。
 ガラガラと激しい音を鳴らして、ドアはそのままで。
 そのまま、髙木に引かれて屋上へと連れていかれる。こんなところ……初めて来る。
 上には真っ青な空が広がっていて、さっきまでうっとおしいと思っていた風が気持ちよかった。

「なな、なんでこんなとこ?」

 俺は少し上がった息を整えながら、こちらを見ない髙木に話しかけた。

「ここなら、お前と二人になれるかなって」
「え……?」
「勘違いすんなよ。ただ、邪魔なやつがいないところで案内してほしかっただけ」
「ああ……そっか」
「……突然、連れ出して悪かった」

 その時、髙木と目が合う。
 瞳まで、薄い茶色だった。日に当たって、余計にそう見えた。
 俺は見入るように、そのままじっと彼の顔を見続けてしまった。

「柏木……? 怒ってる?」
「あ、いや。ごめん」
「だから、謝んなって」
「うん……でもさ、ここ俺初めて来たんだよね。なんつーか、髙木に案内されちゃってる状況で」
「あ? そうなの?」
「うん。プチ冒険だわ。……ありがとな。にしても、き、きき気持ちいいね。ここ」
「……そうだな」
「……ごめん。き、き、気持ち悪いよな。吃音」
「いや、そんな」
「わかってんだよ。自分でも。だから、高校入っても友達できなくて。俺の相手してっと、髙木まで友達できないよ。転入早々」

 俺は笑った。友達になれそうな気がしていた分、少し寂しかった。けど、もっと仲良くなってから急に突き放されるより、自分で離れた方が――

「気持ち悪くない。……少なくとも、クラスの中ではお前が一番マシ」
「は。それも失礼だけどな」
「っぷ。怒んなって。てか、部活なんなの?」

 その時、髙木の笑顔を初めてみた。
 くしゃりと笑うその笑顔は、普段の態度とはギャップがあって……可愛いと思った。

「帰宅部ぅ〜。残念でしたぁ」
「いや当たってっから。お前絶対帰宅部だと思って、俺あいつらに言ったもん」
「何おめぇ。さっきっから、失礼なやつ」

 髙木の広い肩を小突く。
 それを食らった彼は、妙に嬉しそうな顔をしていた。俺もきっと……こいつと同じ顔をしていると思う。

「あとさ、俺のこと。蒼って呼んで」
「いいけど」
「……なんでとか聞かねぇの?」
「別に。じ、じじ、じゃあ俺のことは海って呼べよ」

 少し気恥ずかしかった。でも、新しい友達。
 高校生になって、初めての友達ができたことが嬉しかった。

 俺たちはふざけながら、普通の高校生みたいに笑って校舎を歩き回った。

「ああ、あ、蒼がいっちゃん、行きそうな所、保健室な」
「え? なんで?」
「思ってるよりお前不良っぽい見た目してんぞ」
「あぁ、そういうことか。お前失礼」
「お返しだよ」

 出会ってから数時間、俺たちは随分打ち解けていた。
 でも、俺が帰宅部ってことと名前以外はお互いに何も知らなかった。
 それだけの情報で、俺たちは何か通じ合うものを感じていた。

 ガラガラと教室の扉を開ける。
 すると、黒板消しが上から落ちてくる。
 こんな古典的なイタズラ……。粉に咳き込んでいると、陽キャ共がゾロゾロと俺の前に現れて、俺にケツを向けて変な踊りをしだす。

 ああ、動画撮ってたんだ……。
 地獄って、軽い刑罰だったら陽キャのダンス見せられるとかなのかな。それくらい、そこは地獄だった。

 すると、俺の肩を引っぺがして蒼が教室に入る。

「てめぇら、何してんだよ」
「あ? さっきっから、柏木にベッタリでなんだお前? タイプなの?」
「あ?」
「んだよ。やんの? こいよ」

 陽キャは両手を前に出し、くいくいっとダサい煽りを見せる。
 それよりも……蒼がキレている。俺のためにそんな事する必要ないのに。

「蒼、やめろ。そいつら構っても意味ねぇから」
「海……」
「お前ら名前で呼びあってんのぉ? きんも!」
「おい、てめぇ」

 蒼が拳を振り上げる。
 その時、女子の悲鳴が鳴り響く。

 寸止めだった。
 それに、陽キャはすっかりビビっていた。

「ひ……こいつ……」
「次に海になめたことしたら、当てるから」
「も、もうやめとこ……。な、ヨシキ」
「蒼、もういいから」
「いや……勝手にやってごめん……」

 俺は粉だらけのまま笑った。
 そのまま、粉を吸い込んで咳き込む。

「ごほっごほ……必要以上に謝んな」

 その時、蒼の口角が少しだけ上がった。
 教室は、俺たちだけが居るみたいに感じられた。