神野政近は西の宮の花街を歩いていた。昼間は人気のない街は活気づいて、あちこちに灯りがともっている。4月の雨は冷たく、視界を覆うように降りしきっていた。足元はぬかるみ、歩くたびに泥がはねそうになる。雨粒が唐傘にあたるたびに、ばらばらと音を立てていた。雨粒が手のひらの中にある小さな鈴に当たり、ちりん、と音を奏でる。政近は鈴を目前にかざす。
彼女はこれを、喜んでくれるだろうか。
花嫁のすがたを脳裏に浮かべる。いつもの彼女らしく、遠慮がちに微笑む顔。早く会いたい。思わず口元をゆるめると、背後から声をかけられた。
「――政次」
国主になってから自分を名前で呼ぶものは、ほとんどいない。
警戒しつつ振り向くと、見知った人物が立っていた。
「ああ、君ですか」
そう口を開いた直後、何かが胸に突き刺さった。政次は呆然としたまま、視線を下げる。ずるり、と凶器が引き抜かれ、滴り落ちる血。倒れ込んだ政次の手から、傘が落ちる。水たまりがばしゃん、と音を立てた。水たまりが、じわじわと赤く染まっていく。朦朧とする視界の中、眼の前の人物が近づいてくる。その人物は身をかがめ、握りしめているものを奪おうとした。政近は手をぐっと握りしめる。これだけは。奪われてなるものか。何かが手の甲に突き刺さり、鋭い痛みが走る。しかし、政近は手の中のものを離さなかった。その時、人の声が聞こえてきた。その人物は諦めたのか、足早に去っていった。話し声がふいにやんで、悲鳴が響く。医者を呼べ、というざわめきを聞きながら、政近は目を閉じた。
彼女はこれを、喜んでくれるだろうか。
花嫁のすがたを脳裏に浮かべる。いつもの彼女らしく、遠慮がちに微笑む顔。早く会いたい。思わず口元をゆるめると、背後から声をかけられた。
「――政次」
国主になってから自分を名前で呼ぶものは、ほとんどいない。
警戒しつつ振り向くと、見知った人物が立っていた。
「ああ、君ですか」
そう口を開いた直後、何かが胸に突き刺さった。政次は呆然としたまま、視線を下げる。ずるり、と凶器が引き抜かれ、滴り落ちる血。倒れ込んだ政次の手から、傘が落ちる。水たまりがばしゃん、と音を立てた。水たまりが、じわじわと赤く染まっていく。朦朧とする視界の中、眼の前の人物が近づいてくる。その人物は身をかがめ、握りしめているものを奪おうとした。政近は手をぐっと握りしめる。これだけは。奪われてなるものか。何かが手の甲に突き刺さり、鋭い痛みが走る。しかし、政近は手の中のものを離さなかった。その時、人の声が聞こえてきた。その人物は諦めたのか、足早に去っていった。話し声がふいにやんで、悲鳴が響く。医者を呼べ、というざわめきを聞きながら、政近は目を閉じた。
